9月19日から22日まで、敬老の日と秋分の日で四連休となったので、さっそく車中泊の旅に出かけることにした。
移住先を探す旅である。私はアパート暮らしなので、何も終生そこに住む必要はないのだ。
まだ残暑厳しいので、移住先として最も人気のある県、長野県を中心にめぐることにした。
もちろん標高による避暑効果を期待してのことである。

山ヤは戸隠よりも北アルプスを愛す



戸隠忍者の人気で戸隠は大人気、大渋滞であった。

もともと私とイロハは、雰囲気のいい場所を朝散歩したかっただけなのである。
大きな神社というのは、外れのない散歩コースなのだ。
ただ散歩がしたかっただけなので、なにもわざわざ人混みの戸隠神社に行く必要はない。
戸隠は素通りして、北アルプスに向かうことにした。
こちらも外れのない散歩コースだ。
長野オリンピックの白馬ジャンプ競技場は信州三大観光施設のひとつ
八方尾根の白馬ジャンプ競技場を観覧する。
夏場もジャンプできる施設である。
この施設を見る時は、実際に人が飛ぶところが見られるから、本当はジャンプの練習をしている人がいた方が断然面白い。
残念ながら、私が行ったときにはジャンパーはいなかった。
それでもたくさんの観光客が無人のジャンプ台を上から眺めようと並んでいた。
白馬ジャンプ競技場は信州三大観光施設のひとつとされているらしい。他は善光寺と、松本城だそうだ。
そのうち戸隠も入って四大観光施設になるかもしれない。たしかに人が多いが、戸隠ほどではない。
有料リフト(460円)で上に上がり、さらにエレベーターでジャンプする地点まで上がる。
ものすごく高く、おそろしい。
細かいグレイチングのような鉄鋼で床がつくられているのだが、下がまる見えで足がすくむ。
実際に、恐怖のあまり、その場で動けなくなってしまった女性がいた。
パートナーの男性もこまっただろうな。
ジャンプのスタート地点を見た。
こんなところからとても滑り降りる勇気はない。
ほぼ陰から突き落として殺す処刑である。
そして、ランナーとしては「着地の瞬間よく膝を壊さないものだ」と思う。
トイレの表示がジャンパーになっていて面白かった。
長野オリンピックの記憶
長野オリンピックの展示も充実していた。
日の丸飛行隊が金メダルを獲った大会だ。
実際にジャンプ台に行けばわかるが、日の丸飛行隊のプレッシャーはそうとうなものだったろうと思う。。
下の方に大歓声を送るの日本人が自分たちのジャンプを待っている。
大の大人がオムツつけて、自分たちが金メダルを獲るのを寒い中、じっと待っているのだ。
そりゃあ金メダルを獲った時は、ホッとしたろうな。
「ふ~な~き~」とヒーローとは程遠いなさけない声も出るだろう。
長野オリンピックの他にも、歴代の冬季オリンピックのポスター表示があった。
札幌オリンピックのポスターも展示されてあった。
ハルト「おっ。札幌オリンピック(のポスター)だ。大倉山のジャンプ台、見に行ったね」
イロハ「誰が出たか、知ってる?」
ハルト「さすがに札幌(1972年)のことは知らないなあ。有名な選手が出たのかなあ?」
そんな私たちの会話を聞いて、老夫婦が声をかけてきた。
老夫婦「笠谷、今野、青地で金メダルを獲ったんですよ。私はね、ずっとテレビにかじりついて見ていましたよ。金メダルを獲ってね」
なんと札幌オリンピックのジャンプ選手は、70m級では金、銀、銅を日本選手が独占した元祖日の丸飛行隊であった。
それでもおれが彼らの顔をひとりだって脳裏に描けないのは、実際にテレビで見ていないからである。
ということは、船木や原田の勇姿も、実際にテレビで見ていない今の子供たちには誰のことだかさっぱりわからないってことになるんだろうな。
やはり時代は移り変わり、永遠のものなんてないんだなあ……。


ヘルシンキのザ・ランナーといえばエミール・ザトペック
ためしにイロハにヘルシンキオリンピックのポスターを見せて「ヘルシンキのランナーといえば誰?」と聞いてみた。
イロハ「さっぱりわかんない」
ハルト「ヘルシンキのザ・ランナーといえば人間機関車エミール・ザトペックだろうが!!」
イロハ「全然しらん」
インターバルトレーニングの創始者にして、5000m、10000m、マラソンのすべてで金メダルを獲った長距離界の英雄のことをイロハは知りませんでした。
……やっぱり永遠のものなんてないんだなあ。
それぞれの時代に、マイヒーローがいて、世代以外の人たちは忘れ去られるというのがスポーツ選手の宿命のようだ。
それがすこし寂しい「夏草やつわものどもが夢の跡」の長野オリンピックの白馬ジャンプ競技場なのであった。