登山の難易度は標高ではなく標高差で決まる
私は登山をやるのですが、山の高さを表現するときに、標高何メートルという言葉を使います。もっとも有名な富士山の標高は3776mです。
しかし登山の難易度というのは標高ではなく標高差で決まります。実際に登り始める登山口から、山頂までの落差が実際の自分の足で稼ぐ高さになります。つまり標高差です。
標高だけでは山の難易度はわかりません。実際、富士山の登山難易度はさほど高くありません。五合目2300mぐらいまでは公共交通機関を利用して登れてしまうからです。
登山の難易度というのは山の高さとは違うのです。バスで行ける上高地の標高は1500mです。バスから降りた時点で、すでに筑波山よりも高いというわけです。
海抜と標高ってどう違うの?
ところで標高とほぼ同じ意味で使われている言葉に海抜というものがあります。
標高100mと海抜100m、違いがわかりますか?
実はほとんど違いません。どちらも海面を基準にしています。東京湾の平均海面を基準としたものが標高。近隣の海面を基準にしたものを海抜といいます。
海抜というのはよく津波の避難所などで目にしますね。「この避難所は海抜15mに位置しています」なんて書いてあります。津波の場合、近隣海面との高低差が問題になるからです。
山の場合は標高を使います。基準は日本全国で統一しないとおかしなことになりかねません。北岳3193mと穂高3190mの標高はわずか3mです。標高と海抜でひっくりかえったりして(笑)。
スエズ運河に海面差はない。海の高さは一定。
じゃあ東京湾と、別府湾の平均海面がそんなに違うかというと、そんなに違いません。つまり標高と海抜はほとんど変わりません。日本第二位の高峰・北岳と三位の穂高が基準によってひっくりかえることは残念ながらありません。そもそも海はつながっており、つながっている場合、水面の高さというのは一定になるのです。
有名なのは富士五湖の西湖、精進湖、本栖湖は地下でつながっているので常に水面の高さが同じです。
もっともいい例はスエズ運河です。スエズ運河とは地中海と紅海をつなぐ人口の河です。
もともとアフリカ大陸をぐるっと一周するぐらいふたつの海は離れていますが、それでも海は繋がっています。だから海の高さは同じなのです。スエズ運河を通過する船は海面差を気にすることなくアフリカ一周分をショートカットしています。
東武ワールドスクウェア。パナマ運河の水のエレベーターの謎。
ところがパナマ運河になると謎があります。パナマ運河というのは太平洋と大西洋をつなぐ人口の河です。この運河がなければ船は南アメリカをぐるっと一周しなければなりません。そういう意味で性質はスエズ運河にそっくりなのですが、このパナマ運河は水門でしきったスペースに水を注排水してエレベーターのように船を上下させて通しています。
パナマ運河を通過する船は、海抜を気にしなければならないのです。なんで?
私がこれを知ったのは東武ワールドスクウェアでした。東武ワールドスクウェアにパナマ運河のモデルがあります。水門で運河を仕切って、水のエレベーターで船を上下させて通していました。
なんで水のエレベーターが必要なんでしょうか? 太平洋と大西洋の海面の高さが違うとでもいうのでしょうか?
太平洋と大西洋の海の高さは同じ。
つながっていれば水面の高さは同じという理屈からいえば、太平洋も大西洋も海面の高さは同じはずです。それなのにどうしてこんな水のエレベーターが必要なのでしょうか?
答えは工事上の理由でした。船である以上、水が必要です。運河を通すときに、海抜26メートルのところに川をせきとめた人工の湖をつくって、それを利用してもともと陸地だったところを通過しているのでした。
つまり太平洋と大西洋の海の高さが違うわけではありませんでした。お金と時間をかければスエズ運河のように水門なしで通すことも可能だったでしょう。でも、それよりも簡単な方法があります。河をせき止めて巨大な湖をつくってしまいそれを利用するという方法です。海抜マイナス10メートルぐらいまでぜんぶ掘り下げる(船底を擦らないようにしなければならない)よりもこちらの方がずっと簡単で安上がりです。その人造湖ガトゥン湖が海抜26メートルにあるために、海抜0メートルから水のエレベーターで昇降しなければならない、というのがパナマ運河を通過する船が海抜を気にしなければならない理由でした。
スエズ運河とパナマ運河の違い。地形と工法の違い
そもそもパナマ運河の水のエレベーターの存在を太平洋と大西洋の海面高さが違うためと思ったのが、そもそも間違いだったようです。
大平洋と大西洋。つながっている以上、海面の高さは同じです。ただし月の重力で干潮、満潮というものがあるように、厳密には一時的には海面差が存在するようです。
そうなると海抜マイナス10メートルぐらいまでぜんぶ掘り下げる(船底を擦らないようにしなければならない)スエズ運河工法でパナマ運河をつくった場合、海水が行ったり来たりすることになります。潮目が変わるはずですね。しかし現行の水のエレベーターで人口湖を通すパナマ運河工法の場合は、潮の流れは関係ありません。そもそもガトゥン湖は川のせき止めて作った人造湖なので淡水です。
海を行く船が一時的に淡水湖を通過するというのがパナマ運河のしくみでした。
スエズ運河は平坦な地形で掘削しやすかった。パナマ運河は山岳地帯で川で人造湖をつくりやすかった。そういう地形と工事上の違いがスエズ運河とパナマ運河の違いを生み出しているのです。