ロードバイク乗りなら興味をもたないわけにはいかない。それがケイリンである。競輪は避けて通れない。
ここでは競輪場の体験記をお送りしています。
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このブログの作者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』のご紹介
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードをガチンコで競うようになるところまでを描いた自転車エッセイ集です。
※書籍の内容
●スピードこそロードバイクのレーゾンデートル
●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。体重ライディング理論。体重ペダリングのやり方
●アマチュアのロードバイク乗りの最高速度ってどれくらい?
●ロードバイクは屋外で保管できるのか?
●ロードバイクに名前をつける。
●アパートでローラー台トレーニングすることは可能か?
●ロードバイククラブの入り方。嫌われない新入部員の作法
●ロードバイク乗りが、クロストレーニングとしてマラソンを取り入れることのメリット・デメリット
●ロードバイクとマラソンの両立は可能か? サブスリーランナーはロードバイクに乗っても速いのか?
●スピードスケートの選手がロードバイクをトレーニングに取り入れる理由
初心者から上級者まで広く対象とした内容になっています。
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はじめてのケイリン。イメージは「賭け事」「おじさん」「女子いない」
妻イロハを競輪に誘ったら、ものすごく嫌がりました。
イロハ「絶対、行きたくない~」
ハルト「え? 何でよ?」
イロハ「だって競輪って賭け事だよ。どうせオジサンしかいないよ。女子なんて誰もいないよ。いやだ~。行きたくない~」
まあ確かに女性はいないかもしれないなとなんとなく私も思いました。
しかし私は賭けがしたいのではありません。速い自転車が見たいのです。自分と比べて賞金何億の人たちがどれだけ速いのか、それがこの目で見てみたいのです。
ホビーレーサー(アマチュアのロードバイク乗り)の最高速度ってどれぐらい?
ロードバイクならば人類最速ウサイン・ボルトに走り勝つことができる
競輪場に、みなさんは行ったことがあるでしょうか。
私は行ったことがありませんでした。これは「はじめての競輪」体験記です。
妻イロハが嫌がっているのは、女性が自分しかいなくて居心地が悪そう、というだけではありませんでした。そもそも彼女はそんなことには慣れっこです。
ラーメン屋や松屋や吉野家のようなどんぶり屋に二人でしょっちゅう行っているが、ほぼ女性はいません。たいてい男ばかりです。
「賭け事が嫌いなのよ、私」
とイロハは言った。
「あれほどベガスが気に入っていたのに…」
と言いかけたがそれはやめておきました。
ラスベガスのカジノは、日本の公営ギャンブル場よりはディズニーランドに近いと思います。女こどもがたくさんいます。全く別物です。
しかし私は凄いスピードで走る自転車がどうしても見たかったのでした。同じ下ハン握りのロードバイク乗りとしては、競輪に興味をもたないわけにはいきません。ケイリンは避けて通れないのです。
あのピストバイクがどれほど走るのか。
別に金をかけなくたっていいのです。見ているだけでも十分楽しめます。
「自転車を見に行こう」
そう言って妻イロハを口説き落としました。彼女とは幕張メッセの「サイクルモード」に一緒に行っています。美しい自転車を見ることに抵抗はないはずだと思いました。
サイクルモードのトレンド。バーチャルトレーニングゲーム。電動モーターアシスト自転車。旅行仕様自転車
脚を見れば、体幹を見れば、フォームを見れば、誰が速いのかわかる
自転車を見るだけならば、幕張のサイクルモードに何度も一緒に行っているのだから、反対する理由はありません。
しかし私の本心は、見るだけではなく、賭けるつもりでいました。正直、ホビーレーサーで誰が速いか、だいたい予想することができます。その眼力で勝てる気がします。競馬や競艇じゃ誰が勝つかわかりませんが、自転車ならば誰が勝つかわかる気がします。
すくなくとも自転車に関してはド素人ではありません。走っている選手を見れば、およそ誰が勝つかわかるはずです。
すくなくとも市民レベルのロードレース大会に参加してきた経験から、選手の体形を見ればどっちが速いかたいてい外れずに当てることができると思いました。脚を見れば、体幹を見れば、フォームを見れば、誰が勝つかわかるのです。
その予想に金をかけてもいいだなんて、百発百中ではないだろうか??
競輪場から帰ってきたら、大金持ちになっているのではないだろうか。そんな気がしました。
松戸競輪場。おっさんたちの貧困と堕落と酒の匂い。
北松戸駅から歩いて行ける場所に松戸競輪場はありました。会場はイロハが想像した通り、オッサンばかりです。おそらく競馬と同じ人種が集まっているのでしょう。赤鉛筆を耳に刺したオッサンが競馬新聞片手に、、、あの雰囲気がそのまんまです。服装も同じ。においもおなじです。貧困と堕落と酒の匂いがする。
すくなくとも休日は趣味でロードバイクに乗っています、というマッチョな人たちが大多数ではなかった。
イロハがすぐにでも帰りたそうにしているので手をつないで中に入ります。大阪のあいりん地区でも同じことですが、女一人だとからかわれても、男連れとわかればそれほど気後れせずに済むはずです。別に女人禁制の場所ではありません。どんぶり屋と同じです。
中山競馬場などでは女性や家族連れが観戦しに行くと聞きます。ケイリンだってやがてはそうならなくてはならないはずでしょう。
怒髪天を衝くオッサンの本気の激怒。ものすごい罵声におもわず失笑
もうすでにレースが始まっていました。目の前をものすごい勢いで自転車が走っていきます。ラスト一周で鐘が鳴らされ、勝負は決しました。
「てめえバカヤロー。八百長野郎。帰れコノヤロー」客席からオッサンがものすごい罵声で怒鳴っています。ちょっと街中ではめったに聞かないような怒鳴り声でした。イロハがビビってしまっています。こりゃあ、ここに連れてきたのは失敗だったかな、と思いました。
ところが「ぷっ」と突然イロハが笑ったのです。おじさんたちが、あまりにもマジに怒っているので、思わず笑ってしまったようです。
「生活がかかっているんだね。あのおじさんたち」
私はちょっとホッとしました。すぐに帰らずに、ちょっと観戦できるかもしれないな。
怒髪天を衝くオッサンよ、笑わせてくれてありがとう。
ケイリンというのはオリンピック種目にもなっている日本発祥の自転車競技。ケイリンを見に来る来日外国人。男女問わず。
おそらくイロハが「ちょっと見てもいいかな」と思ったのは、思わず笑っちゃうほど切れているオッサンのせいばかりではなかったと思います。
「賭け事やるオッサン以外はお呼びでない」場所かと思っていたら、そんなこともありませんでした。
やたらと外国人観光客がいたのです。男性ばかりではありません。女性もいます。そうとうな数の白人観光客がケイリンを見に来ていました。
なるほど、と僕は思いました。
ケイリンというのはオリンピック種目にもなっている日本発祥の自転車競技です。西洋にはないものなのです。だからわざわざ外国人観光客が見に来ているのでした。松戸ならば都内からすぐ来ることができます。
もしかしたらツールドフランスやジロデイタリアのファンが、ニッポンのケイリンを見に来ているのかもしれません。
競輪場がわざわざ外国人が観光のために立ち寄る場所だと知って、イロハもすこしケイリンを見直したようです。自分が海外旅行で観光のためにわざわざ立ち寄る場所と同等の価値ある場所と知って、すこし見てみようという気になったみたいです。
ハルト「これはラスベガスのシルク・ド・ソレイユみたいなもんだな」
イロハ「それ、言い過ぎだからね」
競輪は、試走がない。レース前に選手の走る姿を見ることができない
競輪は見るだけでも楽しい。そこがルーレットとは違うところです。ルーレットは見てるだけじゃ全く面白くありません。賭けてこそ楽しいものです。
「おれ、賭けてみようと思うんだ」
ケイリンは見ているだけでも楽しいですが、しかし賭けたらもっと楽しくなります。もっと真剣に見るようになります。罵詈雑言のおっさんたちは賭けに負けてお金を失ったからこそ、あれだけアツくなれたのです。一緒に大声を出したければ、自分も賭けなければ。
今日、おれは小金持ちになって帰るのだ。えっへん。
そして実際に賭けてみることにしました。
イロハよ、夕飯はビュッフェでいいぞ、ラスベガスのように。
ところがここで衝撃的なことがわかりました。
なんと試走がないのです。レース前に選手の走る姿を見ることができないのです。どんな体形の、どんなフォームの人が走るのか、賭ける前にさっぱりわからないのです。
これではロードバイク乗りとしての私の眼力も使えません。
長年ロードバイクに乗り、ロードレースにも参加してきました。強豪チームで多くの速い仲間を見てきました。これまでの経験から、ひと目見れば、誰が強いかわかる自信がありました。しかし試走がないのでは、選びようがありません。ただの確率ゲームでしかありません。
出走表からわかるのは年齢だけです。せめて身長、体重が乗っていれば、参考になるのですが……。本当は「競争得点」から過去成績がわかるらしいのですが、おそらく勝負を分けるのは勝負をかけるタイミングでしょう。
レースの距離は2015メートルでした。自転車目線でいえば「短距離走」です。
はじめてなので賭け方がわかりませんでした。車番と枠番があって、マークシートを鉛筆で塗りつぶして投票券を買います。
まごついていると「ああするんじゃない? こうするんじゃない?」とイロハが教えてくれました。
「どうしてわかるんだよ?」「競馬場に行ったことがあるから。同じでしょ」
出走を待っている間、いろいろイロハと話しました。イロハの弟は一時、競馬にはまっていたそうです。それも借金するほどハマってしまったそうです。街金で借金をして、とうとう返済できなくなり、裁判所で適正な利子にしてもらい、なんとか地獄を抜け出したそうです。
「それでギャンブルが嫌いになったの?」「それもあるけど、もともと賭け事が嫌いなんだってば。コツコツ真面目なタイプでしょ、私」
確かに楽して稼ごうというタイプではありません。
「ハルトってパチンコとか競馬とか賭け事そのものは全然やらないよね。生き方が賭けなのが問題だけど」
あの街ではクラップスで勝った。倍掛け法で勝った。
しかし勝った金はすべてジャックポットに捧げてすっからかんになって帰ってきました。しかし日本では一切賭け事をしません。なんででしょうか。
たぶん私が好きなのは賭け事そのものではなく、放浪者としての体験それ自体にあるからなのでしょう。
心地いいほどあからさまな原始的な感情表現も、競輪場なら許される
年齢だけでは誰が勝つか当てられるものではありません。賭けには負けてしまいました。でも楽しかった。
みんな大声を出して、喜んだり、勝者を讃えたり、悔しがったり、呪いの言葉を吐いたりしています。罵声も、仕事や家庭のストレス解消なのかもしれない、と思いました。
人前であれだけ大声で呪怨の毒を吐く機会は、普通の人には一生ないかもしれません。でも競輪場の中なら許されます。
大声でよろこび、声を限りに怒る。それもまた生き甲斐かもしれません。
100円から賭けられます。トータルでも二人で映画を見るほどのお金は使っていません。それでいて映画を見るよりも面白かったです。
会場にいたのは賭けに生きるおっさんばかりでした。もうすこしサイクルジャージとサイクルパンツのビンディングシューズの男が投票券を買っているかと思ったのですが……。ロードバイク乗りはほぼ見かけませんでした。
出走表にせめて身長、体重だけでも乗せてください。できれば勝負の前に数周でいいから試走してください。
ロードバイク乗りなら、走っているのさえ見れば、誰が勝つか当てることができるから。
選手だってウォーミングアップが必要でしょうに? ローディーのみなさん、競輪場に行ってみましょう。そして賭けてみましょう。ケイリンは、ロードバイク乗りに向いています。
ラブコメ映画見るよりずっと面白いですぜ。