イロハです。
スノーボードを捨てた私は、医務室で教えられた病院へとタクシーで急ぎます。
病院の診察室の向こうからは、ハルトの泣き声が聞こえてきます。
「力を抜いて!」
「痛て! 痛い!」
「ちからを抜かなきゃ腕がはまらないよ」
やがてハルトの泣き声は静まりました。
どうやら全身麻酔で眠ったようです。
全身に汗をかいたドクターに治療の完了を告げられました。
医者と言うのは頭脳労働者だけれど、肉体労働者でもあるみたいです。
目覚めたハルトはぼーっとしていました。
痛みもマヒしているみたいです。
シップと痛み止めの薬をもらい、腕の吊られたハルトを連れて、町中のホテルを探します。
放浪の旅人としての経験が、こういうときはものを言います。
旅の予定変更には慣れています。
無事にホテルをさがし、
翌朝、北陸新幹線で帰宅しました。
まさか、こんなことになるなんて。
こうなる未来がわかっていたら、出かけなかったと思います。
誰も好き好んで事故やケガをする人はいません。
事故やケガはしないだろう。
そう思ってスキー場にでかけました。
楽しい思いだけができるだろう。
そう思って出かけました。
しかし、楽しい思いだけではありませんでした。
とくにハルトは痛い思いと、後々まで残る傷を負ってしまいました。
しかしだからと言って出かけなければよかったのでしょうか。
ときどきハルトと話をすることがあります。
たしかにケガをしました。けれど、だからといって、出かけなければよかった、ということにはならないね、と。
ケガをしたくなければ、何もしなければいいのです。出かけなければいいのです。
けれど、私たちにその選択はなかった。
たしかに失ったものもあります。
けれど多くのものを得てきました。それらを「なかったこと」にするなんてできない。
たとえ傷ついても、得たものの方が大きい。
得たものと一緒に傷つくこともあるのならば、どちらも緒に受け入れたい。
そんな風に思っています。
だから再び旅立つことができるのです。
すばらしいことばかりでなくてもいい。
それを受け入れる勇気が、旅立つには必要なのだと思います。