ここではチャールズ・ディッケンズ『大いなる遺産』の内容紹介をしています。
ほんとの友だちが言うんだから、ようく胸にしまってろよ。もしまっすくになって偉くなれねえなら、曲がったことをやったって、絶対にえらくなんかなれっこない。だから、ピップ。立派に生き、しあわせに死ぬんだぞ。
→主人公の少年ピップが脱獄囚を助けるところから、物語が展開します。この脱獄囚は少年のやさしさに感謝して、自分が捕まるときにピップをかばうような男でした。
かわいそうに。だれの敵でもなくて、自分自身の敵になっているなんて。他人から憎まれる敵だったら、そのほうがずっと自然だ。
→貧しい身の上のピップは、お金持ちのエステラという少女に恋をします。
もう二度とあなたのことで泣きたくないからです。
わたしの希望に対して何か援助してくれるかもしれないと期待した。むしろ彼女はわたしが無知のままでいる方を好んでいるようだった。
→そしてピップはお金持ちの紳士になりたいという夢をいだくのでした。
厚いカーテンが私の人生のあらゆる興味やロマンスの上に味気なく垂れ下がり、あらゆるものから遮断されてしまい、残されたものは、退屈極まりない忍従というもの以外にはない。
今の僕を見てごらんよ。不満だらけで、不愉快で、粗野で、下品なんだ。他人からあらわに下品よばわりされなかったとしても、同じことなんだ。
→紳士になるのはかなうはずのない夢でした。しかしある日ピップは莫大な遺産の相続人に指定されていると聞かされます。
自分に幸運を授けてくれる人のことを詮索したり触れたりしてはならない重大な義務をもっている。ある未知の恩人によって大遺産の相続予定者とされたということ以外は何も話してはならない。
ビディー、きみは妬いて、ねたんでいるんだ。きみはぼくだけが出世したのが不満なもんだから、それを表に出さすにはいられないんだ。すこしでもジョーを進歩させてくれって頼むつもりだったけど、もうやめよう。
→鍛冶屋の徒弟になるしかないはずだったピップの未来が急にひらけました。果たして彼は幸せになることができるでしょうか?
ジョーにだって誇りがあるかもしれないって考えたことなくて? 誇りをもっているから、自分がちゃんと立派に敬意を払っている勤めから誰にも引き離されたくないと思ってるでしょうよ。
→ピップはロンドンに出て成長しますが、エステラにはふられてしまいます。
エステラ。ぼくはあなたが好きです。ご存じのはずです。ずっと、心を込めてあなたを愛し続けてきたんです。
エステラは顔色を少しも変えずにじっと私を見つめた。
自分の将来は見当もつきません。しかしそれでもあなたを愛しています。
あなたのおっしゃろうとすることわかるんですけど、それはただ言葉の上だけの話しで、それ以上のことではないのよ。あなたの言葉はわたしをうごかさないの。私の胸の奥まではとどかないのよ。あなたから何を言われても、私には全然感じないのよ。
エステラ。ぼくの生涯が閉じるその日まで、あなたはぼく自身の一部であり、善の一部であり、悪の一部でありつづけるでしょう。ぼくの受けた傷がどんなに悲惨なものだったとしても、それでもあなたはいいものをあたえてくだすったといえるからです。
将来ぼくはいったいどういう環境になるのか、金に困るのか、どこへ行くことになるのか、自分でも皆目見当がつきません。それでもあなたが好きです。
→愛する人に裏切られて隠遁生活を送っているミスハヴィシャムは、ピップとエステラの恋愛を自分のなぐさめにしていたのでした。
残酷です。哀れな子供のもろさにつけこんで、ずっとむなしい望みで僕をもてあそんで苦しめてきたんですからね。ご自身の試練に耐える苦しみのあまり、僕の試練など忘れてしまったんですよ。
エステラは私の未来の相手ではなかったのだ。絞首刑に処せられるこの囚人のために自分はジョーを捨て去ったのだ。彼らの素朴で誠実な心こそ、この世のどんな知恵にもまさる大きな慰めをわたしにあたえてくれた。私が犯したあやまちは、どんなにもがいても、もとにもどすことはできないのだ。
そのときハヴィシャムさんの姿は、憐れみと後悔の化身と変じてしまったかのようであった。すべては終わった。
→ピップを援助してくれたのは、かつてピップが助けた脱獄囚のマグウィッチでした。悪いことをした結果のカネで紳士になるということにピップは複雑な思いでした。
おれはといえば鉄の足かせをはめられ、終身流刑の身だ。
あの男がもし生きてりゃ、きっとおれのほうこそ死んでいりゃいいと思っているだろうな。
→マグウィッチはオーストラリアで事業に成功し、自分がなれなかった紳士にピップをしたてあげるという夢をもって、追放されたイギリスに戻ってきたのでした。
自由どころか命さえも危うくするなんて。危険の伴わない自由というのはありふれたことじゃないんだ。
金持ちになってみたところであっちにいたんじゃ、誰ひとりとしてマグウィッチさまがどこに来ようが、どこへ行こうが、頭を悩ましたりする人間は一人もいなかったさ。
マグウィッチに対する嫌悪感。自分が逮捕されるよう手引きした人間を死に至らしめた男なのだ。ぼくの恩人になろうとした男。善良な男の姿をただそこに見出した。
一か八かやってみて、もう大満足しているさ。俺の坊主にも会えたし、立派なジェントルマンになれるんだからな。
いや、そうはならない。
→お尋ね者のマグウィッチは逃亡劇の末、死んでしまいます。マグウィッチはエステラの実の父親でした。ピップは大いなる遺産を相続するドリームが、なんのいい結果ももたらさなかったと感じています。やさしかった義兄とはよそよそしくなり、自分を愛してくれた人に求婚しようと帰郷しても、彼女は別の人との未来を決めていました。
ピップは堅実に働くことを決意します。数年後、思い出の地でエステラと再会します。傲慢だった彼女はいまや未亡人でやさしい女性になっているのでした。そしてピップに友情を求めてくれるのでした。
忘れちゃいませんよ。心の中で一番重要な場所を占めていたことをきれいさっぱり忘れてしまうだなんてそんなことあるわけないじゃないですか。
あのときのきみの気持ちがどうだったかを理解できるようになった今だから、どうか昔と変わらず、今でも友達だって言ってちょうだい。
エステラさんとの別れを暗示する影はなにひとつ見あたらなかった。
微妙な終わり方ですが、いちおう未来形のハッピーエンドと解釈するのが正しいようです。ディッケンズの初稿を読んだ友人がハッピーエンディングにしろとアドバイスして書き直したという話しが伝わっているからです。
ちゃんと労働して生計を立てるまともな大人になったピップと、人生の荒波を経て傲慢さがなくなり丸くなったエステラ。友情を求めてきた初恋の人に対して、ピップはそれにこたえることができます。ふたりを邪魔するものはなにもありません。
エステラは本心では友情以上のものをもとめていたのかもしれません。そしてピップはそれにこたえることができるのでした。