トロイ戦争その後。オデュッセイアの表ルートと、アエネーイスの裏ルート

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書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

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ふたつのストーリー。トロイア戦争後の王道ルートと、裏ルート

物語の元祖ホメロスの『イリアス』。ギリシアとトロイアとの戦争を描いた物語でした。主人公はアキレウス。アキレウスの怒り(という感情)にフォーカスして描いたからこそ、『イリアス』はただの戦争記録ではなく文学だと言えるのです。

小説のはじまりは「怒り」。詩聖ホメロス『イリアス』は軍功帳。神話。文学

紀元前〇世紀に描かれた『トロイ戦争』は、ながらく伝説(架空の物語)だと思われていましたが、現実のことだと証明されたのはシュリーマンの発掘があったからです。

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さて、トロイ落城後、物語には二つのルートがあります。

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このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。

「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」

「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」

※本作は小説『ツバサ』の前編部分に相当するものです。

アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。

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トロイ落城後、物語には二つのルート(王道ルート、裏ルート)がある。

王道ルートは、同じくホメロスの描いた『オデュッセイア』。ギリシア軍のオデュッセウスの後日譚を追いかけるルートです。同じ作者だし、同じギリシア軍の後日談なので、普通はこちらのルートを読むことになります。

ユリシーズとオデュッセイア

そしてもう一つの裏ルートが、ウェルギリウスの描いた『アイネーイス』。トロイ軍のアイネイアスの後日譚を追いかけるルートです。違う作者だし、これまでギリシア軍目線だったものが、急にトロイア目線に変わるため、一般的なルートではありません。

三国志でたとえていうと、劉備の『蜀』目線で読んでいたのに、司馬懿のあたりから急に『魏』目線で読むとなったら、ふつう読者は混乱するのではないでしょうか? 思い入れってものがありますからね。

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ダンテ『神曲』の縁から、ウェルギリウスの『アエネーイス』を読む

わたしがどうして一般的なルートではない『アエネーイス』を読んだのかといえば、ダンテの『神曲』の縁からです。このルートからアエネーイスにたどり着く人は多いのではないでしょうか。

ダンテの『神曲』はキリスト教文学の最高傑作に数えられている作品です。ダンテが地獄と天国をめぐる見聞録のような作品ですが、その地獄世界の案内人としてダンテの詩の師匠としてウェルギリウスが登場するのです。

谷口江里也・ギュスターヴ・ドレ。ダンテの『神曲』の素晴らしさ

そのウェルギリウスが書いたのが『アエネーイス』。トロイ戦争後のトロイ側の裏ルートを描いた物語なのでした。主人公はアイネイアスアエネアースと表示されることも多いのですが、いいにくいので以下アイネイアスと呼びます。

タイトルの『アエネーイス』はアイネイアスの物語という意味です。『オデュッセイア』がオデュッセウスの物語という意味であるのと似ていますね。

わたしは小説風に翻訳したものを読んだのですが、本来は詩として読むべきものなのでしょう。神曲ではダンテにウェルギリウスは詩の師匠として扱われています。

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『イリアス』『オデュッセイア』に登場していたギリシアの神々がローマ名で登場

タイトルの付け方からして酷似しているように、『アエネーイス』は『オデュッセイア』と似た作風です。オレ版オデュッセイアぐらいの感覚でウェルギリウスはアエネーイスを書いていると思います。

『イリアス』『オデュッセイア』に登場していたギリシアの神々がローマ名で登場します。

ゼウス→ユピテル。ヘラ→ユノ。アフロディーテ→ビーナス。ポセイドン→ネプチューン。ヘルメス→メルクリウス。クロノス→サトゥルヌス。パラス・アテナ→ミネルヴァなどです。なぜかアポロンはギリシアでもローマでもアポロン。

ギリシア名の神名の方が馴染みがある方は、脳内で名前を変換して読みましょう。

ハルピュイア、キマイラ、スキュラなど怪物たちもホメロスと同じように登場します。怪物の名前にギリシア、ローマで違いはありません。

人々の風俗、残酷な描写、信心ぐあいなども似ています。たとえばアキレウスに殺されたヘクトルの妻アンドロマケ未亡人は、アキレウスの息子ピュロスの愛人奴隷にされ、その後、ヘクトルの弟ヘレノスに払い下げされるという「えぐい人生」を送ります。義経の母の常盤御前みたいだな。

アポロンの神託がひたすら尊重され、大切にされています。

キリスト教以前の作品であるため、作者ウェルギリウスもアイネイアスなど登場人物も、ローマの神々を信仰しています。キリスト教文学だったダンテの神曲でウェルギリウスが「天国には行けない設定」となっているのは、キリスト教の洗礼を受けていないからです。エホバを信仰していないからです。

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藤子不二夫の『T・Pぼん』。『トロイが亡びた日』に登場するのはアイネイアス

トロイア落城のとき、老人を背おい、子供の手を引いて逃げる男がいたら、それがアイネイアスです。

藤子不二夫の『T・Pぼん』というタイムパトロールをあつかったSF漫画があります。『T・Pぼん』の中にはトロイ落城をエピソードに扱った回があります。『トロイが亡びた日』というエピソードです。その場面の挿絵に、トロイ落城の場面で、老人を背おい、子供の手を引いて逃げる男が描かれていますが、これがアイネイアスです。父アンキセスは別の戦争で下腹部を刺されたため足が不自由だったのです。

この挿絵の男がアイネイアスだとわかる人はとても勉強している人か、イタリア人でしょう。ちなみにどうしてイタリア人にはわかるのか、については後述します。

もちろん藤子不二夫先生は前者です。『T・Pぼん』を読んでいると、ものすごく勉強されていることに驚かされます。『カンビュセスの籤』など歴史的なことを詳しく勉強した上でマンガに落とし込んでいることがわかります。

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ブラッド・ピットがアキレウスを演じた映画『トロイ』にもアイネイアスがチョイ役で登場

ブラッド・ピットがアキレウスを演じた映画『トロイ』でも落城のシーンにアイネイアスが登場します。チョイ役、脇役ですが、アイネイアスが本当の主人公になるのは、この先の逃避行からなのです。

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トロイア落城の謎。石造りの城砦がどうして劫火に包まれるのか?

しかし石造りの城がどうして猛火に包まれるんだろうな(笑)? そこは私にはいつも謎です。

木馬は燃えても城壁は燃えないと思うのですが……まさか城壁の中は木造住宅が密集してたとか(笑)?

映画『トロイ』でも木の部分だけが焼けたことになっています。

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阿刀田高さんの『新トロイア物語』現代風にリライト

『イリアス』『オデュッセイア』を読んだことがないのに、ウェルギリウスの『アエネーイス』に興味をもってしまった方は阿刀田高さんの『新トロイア物語』がおすすめです。原作では「人の運命は神のきまぐれ」であるかのように描かれている三作品を、なるべく現代風の解釈で納得できるような書き方をされています。

たとえば美の神ビーナスの子アイネイアスは、阿刀田版によれば、正妻の子でない妾や奴隷の子を、そうとは公言できないので、祭司に神を積んで「神の子」だと神託してもらうことで出世のための箔をつけられたのだ解釈しています。もちろんばく大なお礼が祭司に支払われました。それを王に認められて、正式に半神の子へロス・ヒーローとなったのでした。

海の神テティスの息子アキレウスもウソで、貴族の子で、あきらかに才能のある子だけが、神の子という地位を祭司から買うことができるという風に描かれています。地位を金で買うことは昔からどこにでもありました。このように現実風に描かれているので、ひじょうに読みやすいのです。

ケンタウロスとかスキュラキマエラゴルゴン姉妹ハルピュイアキュクロプスなどが当然の存在として実際に登場する原作アエネーイスとは趣を異にしています。「そういう怪物が出るという噂がある」という程度に抑えらえて荒唐無稽の空想物語になることを避けています。

エーゲ海から逃避行する美女ヘレナの「船酔い」までもリアルに描いています。

通常、アキレウスを主役とすることが多いトロイア物語の主人公にアイネイアスを据えたのは、もちろん阿刀田さんがアエネーイスを意識しているからです。王道ルートではなく、裏ルートの方を描いているからです。

現代の中学生がアキレス腱が断裂したって死にませんから、不死身の勇者アキレウスがアキレス腱を射られて死ぬのは不自然です。阿刀田版ではアキレス腱と胸に刺さった槍で死ぬことにしました。映画『トロイ』も致死傷となった胸に刺さったパリスの矢はすべて抜いたが、死体にアキレス腱に刺さった弓矢だけが残っていたことにして「アキレス腱が勇者の弱点だった」伝説を外さないようにしています。

また腹に人がひそんでいる巨大な木馬を城内に引き入れるのはあまりにも不自然です。阿刀田版では木馬をまじないで神への供物として燃やして、トロイの城壁は地震で崩れたことにしています。その代償としてバチカン美術館の彫刻で有名なラオコーンが登場しません。ラオコーンは木馬を城内に引き入れるのに反対したために、神意によって海から来た巨大な蛇にしめころされてしまうという神さま系のエピソードなので、阿刀田版にはなじみませんでした。カサンドラの予言力も同様の理由で省略されています。

アガメムノンの娘イピゲネイアは普通に犠牲に捧げられて死にます。また原作だとトロイア最大の英雄ヘクトルは、アキレウスに追い回されて城壁を三周も逃げたのですが、阿刀田版では「逃げの計略」ということにして英雄の体面を保っています。

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このように不自然さを解消しつつも、負けた側の女性が性奴隷にされるなど、リアルにホメロス、ウェルギリウスの世界を展開しています。小アイアスによるカサンドラのレイプなど、毒はけっして薄められていません。

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『アエネーイス』は『古事記』。アイネイアスは神武天皇

ほとんどホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』では活躍することのないアイネイアスですが、主役を張る『アエネーイス』では「パリスと一緒にスパルタを訪問しヘレナ略奪に立ち会う」「プリアモスのヘクトルの遺体返還の懇願に同行してアキレウスを見る」「トロイ落城」の三場面ではそれなりに活躍を見せています。

トロイ落城の場面で、老人を背おい、子供の手を引いて逃げる男が描かれたら、それがアイネイアスです。それがわかる人はとても勉強している人か、イタリア人だと先ほど言ったのはどうしてでしょうか?

それはイタリア人はみんな『アエネーイス』を知っているからです。『アエネーイス』はイタリア人にとって自分たちの国の歴史のはじまりを記した物語。日本人にとっては『古事記』みたいなものだからです。

トロイアが陥落した際、アイネイアスはトロイを逃亡します。そしてトロイ再建の夢をいだいて、旅に出るというのが『アエネーイス』の展開です。最終的にはイタリアのテベレ川河口の都市にたどり着き、そこのラティウムの王女と恋をして、周辺諸国を平らげて、トロイアの再興は夢は成る、という物語なのです。

ラティウムはラテンの語源です。アイネイアスの子どもユールスから、ユリウス氏(『ガリア戦記』のユリウス・カエサル)ができたとされています。さらにその子孫のオオカミに育てられたというロムルスがローマの建国者となります。

つまり、ローマ帝国とはラテンとトロイの血から成った帝国だということです。そのローマ帝国は現在のイタリアにつながっています。ですからアイネイアスは国父、日本でいえば神武天皇みたいなものなのです。イタリア人にとってはは『オデッセイ』よりも、アエネーイスのほうが王道ルートかもしれません。

ラテン語で書かれており、ラテン文学の最高傑作と呼ばれています。

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最終的に勝ったのはトロイア? アイネイアスはまさかの勝ち組

ローマ帝国はトロイアの後継国家ということになるのです。見方を変えれば、トロイア側の壮大な復讐劇のようなものです。いったんは破れた源氏が捲土重来してやがては平氏を滅ぼすように、いったんは破れたトロイはローマ帝国になって最終的にギリシアを圧倒します。歴史を大きく見ると、最終的に勝ったのはギリシアなのかトロイアなのか(源氏なのか平氏なのか)わからなくなります。

最終的に勝ったのはトロイアで、アイネイアスは勝ち組なんじゃね?! とさえ思います。

物語の元祖、トロイア戦争の「その後」は表ルート(オデュッセイア)も面白いが、裏ルート(アエネーイス)も負けず劣らず面白かったです。すくなくとも苦心惨憺たる航海の末、やっとのことで故郷イタキ島に戻り、愛妻ペーネロペーと夫婦生活を取り戻しただけのオデュッセウスよりも、アイネイアスの方が歴史的には大きな存在だったといえるかもしれません。

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このブログの著者が執筆した純文学小説です。

「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」

「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」

本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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×   ×   ×   ×   ×   × 
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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×   ×   ×   ×   ×   × 
◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

Bitly
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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