ハングル

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どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

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世界遺産スウォンファソン(水原華城)

水原華城=スウォンファソンに行ってきた。

知人の帰化韓国人(現在は国籍日本人)によれば、昔は危険で近寄れなかった場所だったというが、今では世界遺産に登録され、とくに危険はない。ソウルから電車で1時間とかからずに行けるメジャーな観光地である。

水原華城は日本人がイメージする場合、お城というよりは城塞都市といったほうがイメージしやすい。ドラクエ的にいうと城塞都市メルキドである。古いタイプの都市は、漫画進撃の巨人の都市のように街全体を壁で覆っていたのである。街から出入りするためには城門を通らねばならず、門は定時に開閉されていた。そういう城塞都市は三国志を読めば出てくる。英雄・曹操孟徳は若い頃、洛陽の門番をしており、身分が高いものであっても法令違反は許さず、決して城門を通さなかったのだそうだ。

そういう城塞都市が世界遺産に登録されている。本来はそこに遷都するはずだった幻の首都なのだそうだ。日本でいえば福原京のようなものであろうか。

だが、今回、書こうとしているのは世界遺産、水原華城のことではない。幼い頃をソウルで過ごした僕のトラウマ体験のひとつであるハングル文字のことである。

水原には博物館があった。そこには古文書があって、その古文書や命令文書は漢字で書かれていたのである。ハングルではなく。僕はある感慨を抱かずにはいられなかった。

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ハングルは表音文字

ハングルというのは現在、韓国で使われているかの国独特の文字であるが、その歴史は比較的新しい。1446年にできたとされている。それではそれ以前はどんな文字が使われていたのか? 漢字を使っていたのである。韓国の公文書は全部漢字だったわけだ。

漢字・仮名混じりで表記された『源氏物語』の成立は1008年だから、もし紫式部が韓国人だったらオール漢字で書かれていた筈である。逆に仮名があったばかりに世界文学になるのが遅れてしまったと言えるかもしれない。中国人が読めないわけだから。

ハン(偉大なる)グル(文字)という意味であり、ハングル文字といったら正確には重複表現ということになる。

現在、韓国の街中ではほとんど漢字は見かけない。看板などの表記は全てハングルである。

ハングルというのは表音文字であり、音だけを表し、文字それ自体には意味を持たない。

文字それ自体が意味を持つ表意文字の漢字とはその点がちがっており、ローマ字やひらがなに近いものだ。

水原華城は韓国語では「수원 화성」と書くがこれは「スウォンファソン」と読む。スウォンは水原、ファソンは華城だ。

しかし日本人にはスウォンファソンと言われてもさっぱりイメージが湧かないのではないだろうか。

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漢字は表意文字

漢字で水原華城だったら、水原にある華麗な城なんだろうな、と日本人には想像できるが、スウォンファソンでは何のことだかさっぱりわからない。

ではこれが韓国人にはわかるのかと言えば、知人の帰化韓国人(現在は日本人)によれば、やっぱり音だけで、非常にわかりにくいのだそうである。

「日本語だって、全部カナ文字じゃあ、読みにくいでしょう? それと同じです」

たしかに「ヒメジシラサギジョウ」と書いてあっても何のことだかわからない。姫路白鷺城と書くから、姫路にある白鷺のような城なんだろうなと想像できるのである。

スウォンファソンと表音文字で発音だけされても、詳しい意味がわからないことは韓国人でも同じなんだそうである。なるほど。

その帰化韓国人(帰化日本人というべきか??)は年齢も50を超えていて、漢字がわかる。そういう人がハングルだけの本を読むとわかりにくくて仕方がないんだそうだ。

彼は農業関係者なのだが、学術書などを読むときはたいへんらしい。農業関係の学術書は日本のものを韓国語訳していることが多いらしく、日本語でせっかく意味のある漢字を使っているのを、全部表音文字(ハングル)に直してしまうから、せっかくの意味が消えてしまうんだそうだ。

たぶん耕運機とか二毛作とか、それ自体に意味があるものを、コウウンキとかニモウサクとか表記されても意味が分からなくなってしまうという意味だろう。

もっとも英語をはじめ表音文字というのは世界中にあるから、ハングル文字ばかりの表記の中で育った若い人は不便とは感じないんだそうだ。

知人のように漢字がわかる人間にはオール・ハングルだととてもわかりにくいと言っていた。

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海外旅行初心者におすすめなのは韓国ではなく台湾

どうしてこういうことを書くのかというと、日本人にとっての地下鉄の駅名などの記憶定着度が、漢字と現地読みでは全然違ってくるからだ。

先日のソウル旅行でそれを如実に感じた。

たとえばチュンムロでは覚えにくいが忠武路なら簡単に覚えられる。意味が想像できるからである。物語を連想することができる。たとえば忠武というのは将軍のおくり名か何かだろうな、とか。その人物は朝鮮王への忠誠のために戦死した武将だろうな、とか勝手にイメージして記憶が定着する。間違いなく大きな幹線道路が通っている場所だろうな、とか。字からいろいろ想像するのは楽しい。

だが、そういうことが表音だけだとできないのだ。意味が消えてしまうからである。

また慣れ親しんだものは覚えやすいから「日本語読み」は覚えやすい。マオツァートンでは覚えにくいが毛沢東(もうたくとう)なら覚えやすいのと同じだ。もちろん「もうたくとう」なんて中国の偉人はいないのだから現地の発音マオツァートンで呼ぶべきだ。しかし表記は別である。毛沢東や忠武路という表記自体は間違いではないのだからハングル충무로だけでなく漢字で忠武路と表現してくれると中国人・日本人にはどんなにわかりやすいか! 先日のソウル旅行でそう感じたから、ハングルだけだと韓国人にも読みにくいという帰化知人の言葉がスッと腑に落ちたわけである。

そういう意味で海外旅行初心者にもっともふさわしい国は、いちばん近い韓国ではなく、むしろ台湾だと僕は思っている。台湾は看板などもオール漢字で少なくとも何を売っているお店なのか漢字のおかげで理解することができる。西洋人にくらべて圧倒的なアドバンテージで旅行をすることができる。

韓国ではかつて入学試験から漢字が排除されてしまったことで、若い人が漢字を読めなくなったらしい。しかし政権によっては漢字の勉強が復活したりしたんだそうだ。

ハングルというのは表音文字としてはスゴイ文字なのだが、残念ながら本来の漢字がもっていた意味が消えてしまった。中国人とは筆談で会話ができるが、韓国人とそれができなくなってしまった。

中国の観光地で、英語と漢字が併記されている場合、読んでも英語の方が全体の意味がより理解できると分かっていても、すうっと漢字に目が吸い寄せられる。漢字の方に目が行く。それが日本人である。漢字というのは偉大だ。

地下鉄の地図もハングルのみで書かれた地図は日本人には使えない。英語のみの地下鉄地図も僕には使えなかった。漢字が書きこまれていてはじめて地下鉄地図として使えた。

僕が通っていたソウル日本人学校では週に一回韓国語の授業があった。文部省管轄の義務教育に基づくれっきとした公立小学校だったのだが、外国校だけにそういうカリキュラムがあったのだ。ところが僕はハングルを習得できなかった。クラスメイトの中には読めるようになった子もいたのに。難しかったから、というよりは、勉強不熱心な子だったからだ。

そのことを今更ながらに思いだした韓国ソウルの旅だった。

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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【この記事を書いている人】

アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。
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