免許取り消し欠格期間の過ごし方(車を捨てると行動範囲が飛躍的にひろがります)

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心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

このページでは私サンダルマンハルトの過去の大悪夢。運転免許一発取り消しの実体験について述べています。

もう思い出したくもない昔の話しですが、しかし他人から見れば興味津々の話題ではないかと思います。

他人の不幸は蜜の味といいますからね(汗)

このシリーズは、

①運転免許一発取り消しの実体験

②一年間の免許取り消し欠格期間(車を捨てると行動範囲がひろがります)

③免許取消処分者講習会と運転免許一発試験(反吐が出るような思い出したくもない体験)

④一発試験合格後の車社会とのつき合い方、距離感

と4回シリーズでお届けします。

「1トリップを二重に罰していないか? 同じ行為が北海道なら罰せられないというのはどうか?」

簡易裁判所の判事にいいたかったあの時の叫びが、この記事を書かせるのです。

同じ殺人が、北海道なら懲役で済むが、本州だと死刑になるとしたら、その法は不公平ではないでしょうか?

県警単位でスピード違反を取り締まっているために、ひとつのスピード違反がそれぞれの県で別のもののように扱われて、それぞれで罰せられてしまうのです。

たとえば化学工場が有害汚水を河川に放流した時、その河川が流れている都道府県でそれぞれ別個に罰するとしたら不公平が生じます。

同じ有害汚水の放流という罪に対して、河川が流れている都道府県の数で量刑の重さが違ってくるからです。

毒の放流は同じ行為なのに河川が単独の県内ならば罪が1で、河川が4県にまたがっていたら4の罪でしょうか?

これでは同じ罪には同じ罰という原則が成り立っていません。

ヨーロッパの河川のように国をまたいで流れているなら国ごとに企業を訴えてもいいかもしれません。しかし日本はひとつの国なのです。

都道府県ごとにそれぞれ罰することは正当なことでしょうか?

運転免許一発取り消し実体験。1トリップを都道府県で重複して罰していないか? 
一つの行為をそれぞれの場所で罰する今の交通法の制度(都道府県単位の縦割り)は正しいといえますか? 同じ殺人が、北海道なら懲役で済むが、本州だと死刑になるとしたら、不公平ではないでしょうか?  県警単位でスピード違反を取り締まっているために、ひとつのスピード違反がそれぞれの県で別のもののように扱われて、それぞれで罰せられてしまうのです。
免許取り消し欠格期間の過ごし方(車を捨てると行動範囲が飛躍的にひろがります)
ずっと車社会にどっぷりとひたってきた人物は、急に車に乗れないとなると禁断症状がでます。しかし車から電車や飛行機に乗り換えれば行動範囲は飛躍的にひろがります。 慣れれば、車社会と縁を切ることも可能です。
免許取消処分者講習会と運転免許一発試験の合格のノウハウ
わたしが運転免許一発試験に合格できたのは、インターネットのおかげです。ネットで情報を収集していなかったら無理だったと思います。試験官のチェック項目さえわかっていれば、免許取消・再取得の人なら一発試験で合格できます。
車を手放す。車社会と縁を切る。運転免許再取得後のクルマ社会との距離感について
車を捨てたら行動範囲が飛躍的にひろくなりました。車で熱海や箱根に行く代わりに、飛行機で台湾や香港に行くようになったのです。 そしてその方がずっと面白かった。 車を維持して国内旅行しかできないのと、車を捨てて海外旅行に行くのだったら、私は車を捨てる方を選びます。
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交通事故で他人を傷つけても免許を失わない人がいる不公平感。

青森県から千葉の自宅に帰る東北自動車道で二回オービスを光らせて、私は、運転免許一発取り消しとなりました。

簡易裁判所で私は主張したくてなりませんでした。

「この裁きは公正なのか?」「1トリップを二重に罰していないか?」と。

「パーソントリップ調査の定義でいう1トリップなのに、縦割り行政のために、一つの行為を二重に罰していないか?」

しかし裁判沙汰になることは避けたいのが本音でした。

いくら争っても、きっと判例というものがあるはずです。

インターネットでいくら探しても事例が出てきませんでしたが、私が初めてのケースとは思えない。

過去に同じ行為をした人と同じ量刑でオートマチックに裁かれるのが判例法です。同じケースはごまんとあるように感じました。

万が一、私が最初のケースだとしても、争って最初に判例をつくる事例にはなりたくありませんでした。

最初の事例としてマスコミ沙汰になったりするのも避けたかったのです。

もうひとつ私が判事にいいたかったことがあります。

世の中には、交通事故を起こして、他人の身体をめちゃくちゃにしても、免許取り消しにならない人がたくさんいます。

無免許運転、酒酔い運転、スピード違反したわけじゃありませんから、人を傷つけても、免許を失わない人がたくさんいます。

「おれは速く走っただけ。誰も傷つけていないし、何も壊していない」

スピード違反で免許取り消しになった人は、みんなこういいたいのだと思います。

他人の血を流し、他者の骨を折って耐えがたい痛みや苦しみをあたえても、免許取り消しにならない人がいるのです。その一方でスピード違反の私は誰にも痛い思いをさせていません。

ただ空気を速く動かしただけです。

「これが公平な裁きですか?」

速いことは、そんなに罪なのでしょうか。

いや、罪ですよ。罪は認めます。でも他人の足の骨を折って走れなくするような人でも免許を失っていない一方で、どうして風を速く動かしただけで免許を失わなければならないのか。公平さにおいて納得ができません。

免停ではありません。免許取り消しです。欠格期間一年です。

交通事故で他人を傷つけても免許を失わない人がいる一方で、何も傷つけていない自分が免許取り消しとなるのは不公平だと感じずにはいられませんでした。

運転免許一発取り消し。言葉には聞きますが、あまりそんな人を見たことはないのではないかと思います。

その滅多にいない人がここにいます。それが私です。

いいたいことはたくさんありましたが、すべてを呑み込みました。

「認めます……」

私は言いたいことを呑み込んで判事の前で罪を認めました。

叫びだしたいほど主張したいことがありましたが、すべてを呑み込み、免許取り消しとなったのです。

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免許取り消し欠格期間の過ごし方(車への禁断症状への対処法)

免許は失いましたが、車は残っています。

当時、これで車社会と縁を切るという選択肢は考えませんでした。

あまり運転が好きではないとはいえ、車社会にどっぷりとつかっていたのです。

「免許を再取得しよう」

漠然とそう思いました。

免許を再取得するためには、一年間の取り消し期間(欠格期間)を経た後に、免許取消処分者講習を受けなければなりません。

この講習を受けると、ようやく運転免許試験を受ける資格が得られるということでした。

私は速すぎる相棒・愛車シルビアを駐車場に封印しました。

こうして徒歩と自転車と電車と飛行機の日々がはじまったのです。

免許取り消し期間中は一度たりとも車に乗りませんでした。

ずっと車社会にどっぷりとひたってきた人物は、急に車に乗れないとなると禁断症状がでます。

日常のルーティーンに組み込んでいた車が急に失われたため、日々が断絶してしまったように感じるのです。

時々テレビで「事故を起こした人が無免許運転だった」ニュースが流れることがありますが、私はちょっと気持ちがわかるような気がします。

若者の場合ははじめから免許をもっていない無謀な運転でしょうが、運転者が中年の場合はたぶん免許取り消しになった人でしょう。

その人物がどんな違反をして免許取り消しになったのか知りませんが、免取り(めんとり)なのに車に乗ってしまった心理プロセスは私も経験しましたから。

青森までの一般道があまりにも遠く「もうしばらく運転はしたくない」と思った私ですら、車への禁断症状が出たのです。

もともと運転する技術はあるのです。そして車もあるのです。

ただ返納していますから免許証だけがありません。

これまでの免許不携帯で車に乗ってしまったことは何度もあります。その状況とあまり変わらない気がしてしまいます。

普通に運転していて、免許証の提示を求められることなんてまずありません。車社会での経験値があるため、「そこらへんまでなら問題なし」と判断してつい乗ってしまうのでしょう。

一度乗ってしまうと、禁断症状に負けた麻薬中毒患者のように、次から次へと乗ってしまいます。

家族などに免許取り消しのことを隠していると、見栄から乗ってしまう人もいるかもしれません。

家族サービスのちょっとした買い物など、車がないと不便なことは多いからです。

そうして誤魔化してきたことが、ある日、事故を起こしたことで表面化してしまうのでしょう。

私は一度たりとも乗りませんでしたが、免取りなのに車に乗ってしまう気持ちはわかります。

その対策ですが、私の場合は、免許取り消しになったことを周囲に隠しませんでした。

もう乗れないのだ、ということを認識してもらって、運転手としての頭数に数えられることを期待しないでもらったのです。

免許取消を隠していて、周囲から運転手の役割を期待されるのは辛いものがあります。

自分から役割を降りてしまうのがいいと思います。

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免許取り消し欠格期間の過ごし方(車を捨てると行動範囲が飛躍的にひろがります)

最初の一二カ月は時々禁断症状に襲われました。これまでクルマでしたことの数々が思い出されます。

買い物。デート。どこへ行くのもクルマでした。大きな買い物をするときには本当に車は便利でした。

しかし突然車に乗れなくなったのです。

これから今まで通りのまともな生活をしていけるのだろうか。そう思いました。

とにかく乗れないものが仕方がありません。

さいわいにして私の場合は「どこまでだって走っていける脚力」がありました。

書籍『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』まえがき
ヘルメスの靴のように、神さまからもらった宙に浮くための装置が、あなたの足には備わっているのです。これからその使い方を教えます……といわれたら、本当に宙に浮くのか、走り出して試してみたいとは思いませんか? これらの表現は、入力ワードです。脳ミソから筋肉への指令が、生き生きとした表現によって活性化して伝わり、速く走ることができるようになります。

自慢の脚力をフル活用することにしました。

買い物は近くのスーパーでしかしません。買ったものは足を使って手で運ぶのです。

それはスポーツクラブで運動しているようなものでした。

私は頭を切り替えることにしました。

世の中にはわざわざお金を払って自分の時間をスポーツクラブでのトレーニングに割いている人たちがいます。

トレッドミルの上を歩いたり、重たい鋼鉄を持ち上げたりしています。

そう考えると、買い物に歩いたり、買い物かごを持ち上げたりすることは、スポーツクラブに通っているようなものです。

基本、どこへ行くにも走りました。

走るのが面倒なときは、自転車です。

ロードバイクならば人類最速ウサイン・ボルトに走り勝つことができる
ロードバイクで本当に速く走りたかったら、回転数で勝負するという鉄則を捨てて、重ギアを血の味がするまで力の限り踏み抜いてください。重たいペダルが軽く感じられるように筋力を鍛えることが速く走る唯一の道です。ホビーレーサーの勝負は実はいつでも短距離勝負です。だから短距離走向けの走り方に変える必要があるのです。

ちょっとした用事はママチャリに切り替えました。

ママチャリ・ダンシング最強伝説
立ち漕ぎ+車体をよじるテクニックのことを「ダンシング」と言います。ママチャリは遅いというのは、錯覚です。あなたの足が遅いのです。オートバイじゃないんですから、「自転車のエンジンは人間だ」ということをこの際はっきりと認識すべきでしょう。

取り消し免許期間中、一度たりとも車の運転をしませんでした。

車社会と強制的に縁を切られたのです。

すると不思議なことが起こりました。なんと行動範囲がひろくなったのです。

とくに旅行先の範囲が圧倒的にひろがりました。

車に乗れない以上、公共交通機関を利用するしかありません。

どこへいくのも電車です。

するとこういうことが起きたのです。

これまでは車で熱海や箱根に旅行していたものが、電車で京都や広島に行くようになりました。

車で福島や山形に旅行していたものが、飛行機でイタリアやハワイに行くようになったのです。

車で行けるところは所詮は近場です。

自分で運転する以上、寝て行くわけにはいきません。

車は確かに便利な乗り物ですが、車によって人間の行動範囲がひろくなるというのは人によっては誤りです。

私の場合は、車を捨てて行動範囲がもっと広くなりました。

車の代わりに飛行機に乗れば、海外に行けます。

車がなくてもできること、車がないことのメリット、そういうものを見つめることにしたのです。

いつしか私の車に対する禁断症状はなくなっていました。

×   ×   ×   ×   ×   × 

このブログの作者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』のご紹介
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードをガチンコで競うようになるところまでを描いた自転車エッセイ集です。

※書籍の内容

●スピードこそロードバイクのレーゾンデートル

●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。体重ライディング理論。体重ペダリングのやり方

●アマチュアのロードバイク乗りの最高速度ってどれくらい?

●ロードバイクは屋外で保管できるのか?

●ロードバイクに名前をつける。

●アパートでローラー台トレーニングすることは可能か?

●ロードバイククラブの入り方。嫌われない新入部員の作法

●ロードバイク乗りが、クロストレーニングとしてマラソンを取り入れることのメリット・デメリット

●ロードバイクとマラソンの両立は可能か? サブスリーランナーはロードバイクに乗っても速いのか?

●スピードスケートの選手がロードバイクをトレーニングに取り入れる理由

初心者から上級者まで広く対象とした内容になっています。

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×   ×   ×   ×   ×   × 

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免許がないと顔写真つきの公的身分証明書がない時代だった

免許取り消しになって一番困ったのは「身分証明」でした。

いまではマイナンバーカードという顔写真付きの身分証明書があります。これは高齢者が免許を返納しやすいように作られた一面があります。

当時は運転免許証以外に公的に有効な顔写真付きの身分証明書がなかったのです。

海外での身分証明書といえばパスポートですが、パスポートの問題は現住所の記載がないことです。

たとえば新規にビデオ屋さんに会員登録したかった時に、顔写真付き身分証がなくて入会を諦めたことがありました。

ビデオ屋さんとしては返却のために現住所が知りたいのです。パスポートには「日本国」としか書いてありません。パスポートは国内の身分証明書としては使えないところがあります。

免許停止の場合は車に乗れないまでも免許証は手元に所持しているので身分証明書としてつかえるのですが、免許取消の場合は免許を返納していますので、手元に有効な公的な身分証がないのです。

社員証なんかでは、公の身分証明書とはいえません。

困ったり、諦めたり、そのようにして何とか車のない社会と折り合いをつけて生きていたところ、反省期間(欠格期間)の1年間が過ぎていました。

私は免許を再取得しようと思いました。

もう一度車に乗りたいという禁断症状があったわけではありません。

車への禁断症状はすっかり抜けて「べつに車なんかなくても生きていける」とさえ思っていました。

「仕事と身分証明さえクリアできれば免許証なんかいらない」

車社会と縁を切ってもいい。そんな境地になれたのも、スピード違反一発免許取消のおかげでした。

あのような強制的な荒療治でなければ、今でも惰性で車に乗り続けていたのではないかと思います。

しかしそれでも免許は再取得しようと思いました。

ひとつには仕事で使う可能性があることと、もうひとつは公的な身分証明証として非常に便利な免許証は再取得しておいた方がいいという気持ちが強かったです。

事故で車をオシャカにしたわけではありません。スピード違反でしたから、車は健在です。

もう日常的に車に乗る生活にまた戻ろうとは思わないが、まあ何か困ったことがあったら乗ればいい、と思いました。

免許を再取得しよう。

そうして、私はいわゆる免許取消処分者講習会に参加することにしたのです。

運転免許一発取り消し実体験。1トリップを都道府県で重複して罰していないか? 
一つの行為をそれぞれの場所で罰する今の交通法の制度(都道府県単位の縦割り)は正しいといえますか? 同じ殺人が、北海道なら懲役で済むが、本州だと死刑になるとしたら、不公平ではないでしょうか?  県警単位でスピード違反を取り締まっているために、ひとつのスピード違反がそれぞれの県で別のもののように扱われて、それぞれで罰せられてしまうのです。
免許取り消し欠格期間の過ごし方(車を捨てると行動範囲が飛躍的にひろがります)
ずっと車社会にどっぷりとひたってきた人物は、急に車に乗れないとなると禁断症状がでます。しかし車から電車や飛行機に乗り換えれば行動範囲は飛躍的にひろがります。 慣れれば、車社会と縁を切ることも可能です。
免許取消処分者講習会と運転免許一発試験の合格のノウハウ
わたしが運転免許一発試験に合格できたのは、インターネットのおかげです。ネットで情報を収集していなかったら無理だったと思います。試験官のチェック項目さえわかっていれば、免許取消・再取得の人なら一発試験で合格できます。
車を手放す。車社会と縁を切る。運転免許再取得後のクルマ社会との距離感について
車を捨てたら行動範囲が飛躍的にひろくなりました。車で熱海や箱根に行く代わりに、飛行機で台湾や香港に行くようになったのです。 そしてその方がずっと面白かった。 車を維持して国内旅行しかできないのと、車を捨てて海外旅行に行くのだったら、私は車を捨てる方を選びます。
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★★

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

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●◎このブログの著者の書籍『市民ランナーという走り方』◎●
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか? いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状打破、自己ベストの更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。 ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何? ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? 本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 ※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

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●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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