『ノートルダムの鐘』が面白くない理由

漫画-映画-アニメ-書物
スポンサーリンク

京都劇場に劇団四季『ノートルダムの鐘』を見に行ってきた。

そもそものきっかけはパリのノートルダム寺院の火災である。

ノートルダム寺院の火災事故。パリ市民の悲嘆を思う
な、なにぃ!? 朝から衝撃的なニュースを聞いた。ノートルダム大聖堂が火災で焼け落ちたというのである。 ノートルダム大聖堂の火災事故は日本なら「東大寺大仏殿消失」ぐらいの衝撃 ノートルダム寺院といえばフランス屈指の名所である。私の...

街を女性にたとえて、

「一夜のアバンチュールならニューヨーク、恋をするならパリ、結婚するならバンクーバー」

そう思っていた私は、あの火事でパリを、ノートルダムを、恋しく思い出してしまったのだ。

スポンサーリンク

ディズニー映画『ノートルダムの鐘』で音楽を予習する

まずは予習ということで、ディズニー映画『ノートルダムの鐘』を見ることにした。

劇団四季がミュージカルであることはわかっていたので、音楽を覚えるためである。

クラブでも同じだが、流れている音楽を知っているのと知らないとでは、ノリに大きな差が出る。

ディズニー映画を見て、音楽を耳になじませておくことは、その後のミュージカル舞台を見るときにいい効果をもたらす。

ディズニーに限らず、ワーグナーだって何だって、音楽は知っていた方が絶対に盛り上がる。

アーティストのコンサートだって知らない曲ばかり演奏されてもガッカリするばかりだ。

 

スポンサーリンク

悪役フロローがそんなに悪い奴じゃないという物語上の欠点がある

………ところでみなさん、ディズニー映画の『ノートルダムの鐘』って、面白いですか?

私はそれほど面白くないと感じた。すくなくとも他のディズニー映画にくらべると。

どうしてそんなに面白くないと感じたのだろうか。

自分なりに分析してみると、いろいろなことがわかった。

ここではわかりやすく同じディズニー映画『アラジン』との比較で分析してみたい。

まず第一に、悪役であるはずの聖職者フロローが「思っているよりも悪い奴じゃない」ことが挙げられる。

ディズニーの悪役は『アラジン』のジャファーのように徹底的に悪役で、強く、容赦なく悪い奴だからこそ逆に人気があったりするのだが、フロローは、意外といいやつなのである。

結構頻繁にカジモドを訪問して決してネグレクトではない。

色っぽいエスメラルダに情欲を抱く気持ちも、男なら誰も否定できないだろう。

フロローは、そんなに悪い奴じゃない。

そして憎たらしいほど強い奴でもない。

これは物語上では欠点である。

ヒーローがさほど強くないのはいいが、悪役がさほど強くないのは物語上は致命的な欠点だ。

竜王やシドーが弱かったら、ドラクエが面白いだろうか?

悪が徹底的に悪でないために、正義も完全無欠の正義には見えないのである。

スポンサーリンク

キャラクターに感情移入できない

『ノートルダムの鐘』がいまいち面白くない最大の理由は、主役のカジモドやエスメラルダに感情移入しにくいためだろう。

他のディズニー映画にくらべると、二人とも表情豊かでないのだ。とくに目に表情がない。

ディズニー映画の特徴のひとつに表情豊かな愛すべきキャラクターがある。

『アラジン』でいえばジャスミンは目に表情がある。愛嬌がある。

しかしエスメラルダはそうではない。エメラルドの瞳の謎めいた美女にしようとするあまり、エスメラルダは愛嬌をうしなってしまっているのだ。

カジモドも顔が歪んでいるせいで表情豊かとは言い難い。『アラジン』のアラジンのような愛嬌のある表情豊かな男ではない。

ガーゴイルたちも感情移入しにくいクリーチャーである。『アラジン』の魔物ジーニーがむちゃくちゃ愛嬌たっぷりだったのとは違って。

登場人物たちが感情移入しにくいために、あまり面白くないと感じたのではないだろうか。

スポンサーリンク

劇団四季『ノートルダムの鐘』

劇団四季の『ノートルダムの鐘』は音楽こそディズニー由来だが、ストーリーはディズニー映画とは少し違っていた。

悪役フロローは、弟を愛し、その弟が堕落したために、自分は品行方正を貫こうとする。

愛する弟がジプシー女で身を持ち崩したと信じるから、荷馬車で暮らす流離の民族ジプシーを憎むようになった。

ゆがんだ愛ゆえに、憎しみを抱くようになるのだ。

しかも弟の遺言を守り、その遺児カジモドを育てるのだ。

こんな悪役を徹底的に敵視することなんてできない。

しかもその育ての親フロローを、カジモドが投げ殺しちゃったので私は非常に驚いた。

育ての親にそんなことしちゃいかんよ。

東洋的には恋人を捨てて親を取っても美談とされるレベルだぞ。

火あぶりにされたエスメラルダが死ぬのはいいが、ラストシーンでカジモドが死んじゃうのは何故だろう。

人は絶望で心臓が止まるのだろうか。

そういう問いかけを投げかけているのだろうか。

もしかしたらビクトル・ユゴーの原作小説がそうなっているのかもしれない。

それはいつか小説を読んで、このブログの中でレポートしていきたいと思っている。

ブサイクなロミオと、色っぽすぎるジュリエットの物語をユゴーは描こうとしていたのかも知らない。

だから最後は折り重なるようにして死んだのか。

帰国子女です。応援よろしく
ポチっと応援してください
プロフィール


温人ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のある物書き。サブスリーランナー。グランドスラム達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。台湾・玉山。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。西天取経の旅人

このサイトについて

はたして放浪のバックパッカーは社会復帰できるのか!? 自由と社会との折り合いを模索するブログです。

漫画-映画-アニメ-書物
スポンサーリンク
arikuraをフォローする
ドラクエ的な人生
タイトルとURLをコピーしました