FIREよりも「ご隠居」。定年退職者の希望の星。伊能忠敬
車中泊の旅に行ってきました。小江戸・水郷さわらを散策してきました。
ここは定年退職者の希望、ご隠居の星。伊能忠敬がご隠居前に住んでいたところです。
伊能忠敬(1745-1818)は、香取市佐原の伊能家に婿入りし、名主として活躍します。ここまでは単なる地方の名士として歴史上無名の存在でした。1794年に49歳で隠居した後、江戸の暦学者(天体観測)に弟子入りした後、従来の地図とは一線を画す正確な日本地図をつくりあげたのでした。
この地図作成は自分の足で歩いて歩幅で計測するというローテクなものでしたが、現代人の目から見ても見事な出来栄えのものでした。忠敬は隠居人生を日本地図の作成に捧げて73歳で没します。
日本各地の海岸線を歩いて測量したウォーキングの専門家でした。海岸線は入り組んでいますのでものすごい距離を歩いたはずです。このウォーキングは決して快適なものではなかったはずです。アスファルトを歩くわけじゃありません。海岸線の崖や岩場など悪路を歩いたはずです。それでも伊能忠敬は歩きつづけました。
このご隠居のことを最近ではFIRE「Financial Independence, Retire Early」と言ったりしますね。金銭に困らずに早期リタイアするという意味ですが、私には「ご隠居」といった方が心に響きます。伊能忠敬にファイアは似合わない(笑)。
FIRE! 隠居の本質は仕事を辞めることではなく、人間関係の位置を占めることを望まないということ
私は若い頃から「ご隠居暮らし」に憧れがありまして、第二の人生こそ本当の人生だと考えているところがあるのですが、隠居してから大仕事を成し遂げた人って実はあんまりいません。鴨長明などの作家系の人は隠棲後の執筆で名を成していることが多いのですが、文筆業以外で成功したご隠居というと、伊藤若冲や、伊能忠敬などごく一部の人しかいませんでした。
遺伝子DNAは変わらないのに、どうして寿命が延びたのか?
ところでここで書きたいのは、ご隠居暮らしのことではありません。どうして現代人の寿命は江戸時代よりも伸びたのか、ということです。
私たちは圧倒的な科学文明の進歩の先にいますので、どうしてもインターネット以前の過去の人たちのことをバカにしてしまいがちです。現代人の目から見ればアリストテレスは間違ったことばかり言っているし、コペルニクスはアンドロメダ大星雲のような大宇宙のことはなにひとつ考えていません。ドストエフスキーやダンテは人間の最後の究極の救済はキリスト教だと思いこんでいるし、コロンブスはアメリカ西部の島のことをインドだと信じ込んでいました。伊能忠敬の事業だって人工衛星からの写真にくらべたら劣るに決まっています。
でも昔の人も、現代人も遺伝子DNAレベルでは今の人と何も変わらないのです。DNAレベルでは旧石器時代の人間も、今の人間と何ひとつ変わりません。脳の遺伝子も、肉体の遺伝子も変わっていません。それなのにどうして現代人は昔の人たちよりも長生きできるようになったのでしょうか? そこが謎なのです。
昭和生まれの人よりも、令和生まれの人の方が、平均身長が高くなっていることはデータが証明しています。遺伝子は同じなのに何で身長が伸びていくの?
考えられる理由として、いちばんわかりやすい説明は「食べ物」ですよね。これはやっぱり食べ物の違いでしょうか? 食生活はここ100年ほどでめちゃくちゃ変わっただろうと思います。
(背が伸びたいと)「願えば叶う」的な考え方は信じられません。「願い」は遺伝子には影響をあたえないでしょう。「せめて平均身長になりたい!」とみんなが強く願って競争しあえば身長はどんどん伸びていくはずです。しかしこの理屈が正しいなら、昔から人は「長生きしたい」と強く願っていたはずです。江戸時代の人は現代人ほど強く「長生きしたい」と願っていなかった、という証拠はどこにもありません。むしろ同程度に強く願っていたはずだと思います。すなわち願ったから寿命が延びている説明にはなりません。
メタボリック症候群。スーパーフード和食を食べながら短命であることの謎
現代人はメタボ気味だといわれます。生活習慣病ともいわれるメタボリックシンドロームは、糖尿病や高血圧、痛風や肝臓病や腎臓病などさまざまな病気を引き起こす原因になるといわれています。
病院に行くと病気になる。病院ぎらいのはじめての人間ドック体験記。
でも病気の原因になるメタボリック症候群の割合はどんどん増えているにも関わらず、平均寿命はどんどん増えていますよね? これもおかしくないですか? メタボが増えれば病気が増えて平均寿命は短くなるはずでは?
メタボ気味だと言われると、生活改善の提案をされるはずです。食べすぎ飲み過ぎを避け、ストレスを避けて、たくさん運動すること。とくにいいのはたくさん歩くこと。食生活の改善と運動を中心とした生活改善の提案を受けます。食事は肉やバター中心の豪華な西洋料理よりも、発酵食品中心の粗食な和食がいいといわれます。
和食中心で、たくさん歩くこと。これはまさに伊能忠敬のことではないでしょうか。ストレスを避け(隠居)、よく歩くこと(測量)。伊能忠敬は昔ながらの和食を食べていたに決まっています。だから伊能忠敬は長生きできたのでしょうか? 享年73歳というのは、当時の平均寿命が50歳ぐらいといわれていますのでかなりの長命です。
でもさ……でもさ。当時としては長命だと思いますが、現代人から見るとけっこうな若死じゃないですか? 2021年の日本人男性の平均寿命は81歳だそうですから。
人間ドックなどで、メタボリック症候群の診断を受けた人が、長生きするために受ける指導内容である「和食中心、たくさん歩く」を実行していた伊能忠敬よりも、現代のメタボさんの方が長生きなのです。なぜでしょうか?
本当に、食品添加物は体に悪いのか? 医者のメタボリック指導は正しいのか?
伊能忠敬の生涯と享年を見ていると「和食中心、たくさん歩く」という医者のメタボリック指導はほんとうに正しいのか? と言いたくなりますよね?
現代は、食品添加物の害についてあれこれ言われることがあります。江戸時代には「食品添加物」なんてものはなかったはずです。天然のものしか食べていなかったはず。それなのになんで現代人の方が江戸時代の人々よりも長生きなんでしょうか?
食品添加物はほんとうに体に悪いんでしょうか? 和食しか食べなかった江戸時代の人たちが、どうして現代人より寿命が短かったんでしょうか? 歩くことは本当に体にいいんでしょうか?
こう考えると、なにか腑に落ちないと思いませんか?
人間の寿命が延びているのは、医学の進歩だけが原因なのでしょうか?