小説『結婚』作者:アリクラハルト。第十九章から最終章まで

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

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第十九章

 

心の中の何かがはち切れそうになっていた。ミナトセイイチロウに会いたい。会って話しがしたい。こんなときになぜミナトの顔が浮かぶのだろうか。ツバサは自分の心の流れを不思議に思った。向こうは演劇界の大物、それにくらべて自分はまだ何もなしとげていないかけだしだ。いくらいつでも会いに来いと言われているからって、こちらから連絡して会ってもらうというのは、あまりにも図々しい願いだと思う。

ところが連絡はミナトの方からやってきた――正確には病院の事務員から。

「もしもし○○病院の○○という者ですが、フジワラツバサ様でしょうか?」

「そうですが、何か?」

「ミナトセイイチロウ様をご存じでいらっしゃいますか?」

「もちろん知っています」

演劇関係者でミナトを知らない者はひとりもいないだろう。

「ただいまミナト様が当病院に入院されております。ご存じでしたか?」

「いや――」

まったくの初耳だった。どこか体がよくないのではないかとは思っていたが、入院していたとは。

「ミナト様があなたとの面会を希望しておりますが――」

ガン。と、頭を何かで殴られたような衝撃が走った。

なぜおれを? とは思わなかった。なぜかそうだろうと思った。当然のような気がした。

そうか。そうだったのか。

なぜ自分のところに電話がくるのか、入院先の病院の住所をメモしながら、彼にはわかったような気がしていた。人が死に目に呼ぶ関係はひとつしかない。そうか。そうだったのか。

心のどこかでわかっていたような気がする。

そうか。こういう運命だったのか。

いつか、会えるような気がしていた。

そうか、こういうことだったのか――

 

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第二十章

 

病室の白いベッドの上に痩せこけた男が横たわっていた。長年の潮風に焼けてぼろぼろになった肌、彼の生涯を働き抜いた丸太のように太かった腕は今は細く皺を刻んでいた。白い無精髭を伸ばし放題にし、かさぶたのようなしみを肌に刻み込んだ老いた男――ミナトセイイチロウ。

ツバサが世界で一番尊敬する男が、彼の時間の終わりをむかえようとしていた。あんなに一世を風靡した男なのに、誰からも顧みられず、まるで波打ち際に打ち寄せられた流木のように今は一人ぼっちで病室に横たわっていた。

点滴のチューブを腕に刺して病室の天井を睨むように眺めていた。荒海を渡った冒険家の肉体が、病室のベッドの上で静かに横たわっていた。

近づいてベッドサイドの椅子に腰かけて、おそるおそる声をかけた。ミナトは目を開けて、なつかしい思い出でもツバサの顔の上に見るように、目尻に皺を寄せて微笑んだ。

何をどう切りだせばいいのか――

言葉を探してうなだれていると、何かやさしいものがツバサの髪を撫でた。

おれは、頭をなでられている? 子供のように――

ミナトが苦しそうに上半身を起こして、彼の頭を撫でているのだった。

おれは……おれは……。

こみ上げてくる何かで喉が詰まりそうになった。

静かな時間が流れた。

ミナトはもう何も隠そうとはしていないのだろう。何も言葉で確認しあわなかったが、お互いにわかっていた。彼は黙って頭を撫でられていた。長い時間ずっと――

ミナトはずっとこうしたかったのかも知れない。そう思うほどツバサは手のひらに愛情を感じた。 おれもずっとこうされたかったのかもしれない。

そうだったのか。おれは一生忘れない、今この瞬間を。

「どうだ。元気にやっているのか」

やがて手を戻したミナトが、枯れた声で聞いてきた。

ツバサは顔を上げてはにかむ。見栄をはることはもうないのだ。

「今は戯曲を書いているんだ。上演できるかはわからないけれど……」

「おまえならできるだろう」

ミナトは言った、と同時に咳き込んだ。いやな咳だった。この人はもうあまり長くはこの世にいられない。そう直感した。

咳き込んだことをごまかすように「がんばれよ」とミナトは笑ってみせた。笑った顔が誰かに似ていると思う。誰だろうか? だが思い当たらない。どっかで見たような顔だが……

「そうだね。頑張るよ。うん、頑張る。もちろん頑張る。

だけど難しいよ、ものづくりって。世の中に出ているものって凄いよ。自分がやってみて本当にそう思った。何もない真っ白な舞台に世界を創りあげ、そこに人の心を刻むのだから。

まだまだ未熟なおれが、みんなが観たいものをつくるって本当に難しいよ。人に望まれるってことは本当に難しいことだ……」

ミナトの老いて濁った瞳孔に海への郷愁のような何かの感情がよぎった。この人はおれの母にどんな思いをよせていたのだろう。死んだ母もまたこの人にどんな思いを抱いたのだろうか。

「世界を否定しても自分を正当化したい瞬間がある。作品の中で自己弁護したくなっても、書けないこともある。つくろうとしているものは個人の日記なんかじゃないのだから。かといって書くべきではないのにどうしても書かずにいられないこともある。イメージにせりふはなかなか追いつかないし、エネルギーを消耗するばかりで、なかなか完成しない。構成を間違えると部分がよかった作品も死んでしまう……だけど楽しいよ、作品に全精力を傾注するってことは。それだけは本当だ」

「一人前になったな」

ミナトはじっとツバサを見つめて言った。

「みんな通ってきた道だ。おれもキリヤもものづくりを志す者はみんな」

その顔を見て、やっと誰に似ているのか思い当たった。

おれだ。そうだ、おれに似ているんだ。あたりまえだ……

「本当は病室の手前で迷ったんだ。会って何を話せばいいんだろうって。逃げ帰ろうかとさえ思った。でも勇気をだして扉を開けてよかったよ」

原稿に向かうツバサの興奮や不安を、ミナトほど正確に理解してくれる人間は他にいないだろう。

「考えてみれば不思議なことだった。たいして読書家でもない母があなたの本だけはもっていた。あの海の冒険の物語の数々をいつも読んでいた。

そしておれも自然とあなたの作品を読むようになり、その中で呼吸しながら育った。あなたの冒険の物語、ずっとその作品世界でおれは呼吸しつづけた。夢を育み、おれもあんなロマンをいつか書きたいと思うようになった……」

ミナトは黙って何も言わなかった。思いだしているのかもしれない、あの海を、母の顔や小さな男の子の姿、自分の生きてきたこれまでのすべてを。

「最近思うんだ、自分の限界ってやつを……ひとりでは本当に限界があるんだなって。

別に弱音を吐いているのではなく、単なる事実認識として、ひとりの人間としての自分の限界ってものが見えてきたっていうことだけで、別に誰かに何かを頼ろうとしているわけじゃないし、そうとわかっても頑張ることに変わりはないけれど。

言いたいのは、おれはひとりで何かをできる人間じゃない、それはおれが弱いからとか情けないからとかじゃなく、別に悲しいわけでもなく、それがおれの限界なんだ、ということを知ったんだ。作品を書いていて本当にそう思った……」

まるで真昼の月のように、目には見えなくてもいつも存在していた、おれの心にはこの人が。

「これまではっきりと自覚できなかったけれど、やっとわかった。おれはミナトセイイチロウのように生きたい。ミナトセイイチロウのようになりたいんだ」

この人に近づきたい。そしていつの日にか超えてゆきたい。これまでおれの全てに影響をあたえ続けてきたこの人を。

「おれの夢はこうして引き継がれていくんだな……」

ミナトは静かに目を閉じて言った。

彼の作品の中の登場人物は、きっとミナト自身の分身だったのだろう。そして自分も同じような生き方を貫こうとしたのだろう。生身の人間が物語の中の夢に生きることがどんなに困難か……少年の日の夢に生きようとした男の生き様にツバサは胸が熱くなる。

海の彼方から届いたメッセージに応えて故郷を旅立つ少年。ミナトの小説『ココ・ウェーブ』あれはおれのための物語だったのかもしれない。故郷を飛び出してきたおれと、あの小説の主人公はよく似ている。ミナトはおれのためにあの小説を書いてくれたのかもしれない。

ここに来い、と。おれのところに――

熱いものが目からこぼれ落ちそうになる。なんてことだ。おれはいつも親父に育まれてきたんじゃないか、今までずっと……

すべてを捨てて故郷の町を飛び出してきたことも、芝居に憧れを燃やしたことも、みんなこの人の血の影響だったのか。この人からすべては流れだしていた。やっとわかった。おれの『流れ』をつくったものの源流が。

夢想していた父親は、いつも港から船に乗り込み海へと旅立って行くのっぺらぼうの男だった……

こんな顔だったのか。

それは見慣れた顔だった。家に転がっていた冒険小説の背表紙にはこの男の写真があった。憧れて眺めた顔だった。幼い頃から何度も見てきた。一緒に育ってきたといってもいいほどに。

「……本当に引き継げるのかな、こんなおれで。こんなちっぽけなおれの力で」

ツバサはじっと手のひらを眺めた。

ミナトは何も言わずもう一度、かつてはたくましかったはずの腕を伸ばして、彼の頭にふれた。

死ぬのだ。この人は――

そう直感した。そしてそのことが自分でよくわかっているからおれにこんなことを言うのだろう。最期の別れを言おうとしているのだ……

幼い頃、故郷の海岸で、大きな男の人が手を引いて散歩してくれたことがあったっけ……そうだ、思い出した。あれはこの手だった。あの男が父親だったのか。あのときも同じように頭を撫でてくれたっけ……

下を向いてツバサは必死に涙をこらえた。だがこらえようとしてもだめだった。泣いているのを必死で隠そうとした。ミナトに気づかれないようにしたかったが無理だった。全身が震えだす……

どうしておれたち母子を捨てたのか。ずっとその理由が聞きたかった。でも、そんなことはもういい。

顔を上げた瞬間、ミナトは激しく咳こんで、血の色をした痰を吐いた。雷に打たれたようにツバサは立ち上がってミナトの背中に手を当てた。

「大丈夫ですか。看護士をよびますか?」

ミナトは手の甲で唇をぬぐい、首を振った。

「もういいんだ、おれは好きなことをやって勝手気ままに生きてきた。そのために迷惑をかけたり、傷つけた人がいることも知っている。いつどこで死んだって後悔はない……」

ミナトはベッドサイドの引き出しから原稿用紙の束を取り出して、その表紙をしばらく眺めた後、

「この原稿をおまえに託す。どうやらおれには完成させられそうにない。続きはおまえが書き上げてくれ」

体の震えを必死でこらえながら、ツバサはそれを黙って受け取った。

永遠の別れが近い。やっと会えたのに……

何度か推敲した跡の見られる原稿用紙――物語の後半部分はまだ書きかけで、空白のマス目が並んでいた。

苦しそうな息を吐いて、ミナトはまたベッドに横になって目を閉じた。遙か彼方に残してきた思い出のかけらを網膜に思い浮かべているのかもしれない。

ミナトセイイチロウの世界は理解しているつもりだった。これまでミナトはたくさんの海と冒険の物語を残してきた。ツバサはそれらすべてを読んでいた。読みながら育ったといってもいいほどだ。芝居の世界で、彼が多くの人にセンスを認められてチャンスをもらえたのも、幼い頃からミナトの作品を読んで、そのロマンが心血に注ぎ込まれていたからだったといってもいい。

それ以上、父から何を望もう。それで十分だ。もう十分すぎるものを親からもらっていたんだ、おれは。

「さあ、もうゆくんだ」

ミナトが促した。苦しむ姿を見せたくないのかも知れない。強い父親の姿を息子の目には残したいのかもしれない。

「また来るよ。たくさん話したいことがあるんだ。聞きたいことがある」

生きてくれ。本当はそう言いたかった。

「がんばれよ、ツバサ」

病室を出るとき、彼の背中に短くミナトは言った。

その言葉を全身で彼は受け止めた。

 

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第二十一章

 

病室の扉を閉めると、ツバサは声を殺して泣いた。声を出すまいとしても、喉から絞り出すような嗚咽が漏れてしまう。

廊下を通った看護士が驚いて「大丈夫ですか」と声をかけてきた。演技でなく本当に泣いた。

あの北の寒い漁港で、彼はいつも思っていた。

この不幸な家族に立脚して人生を切り開いてゆくのではなくて、自分という素材としてのベストな幸福を掴もう、と――だけど、そういうものから切り離された自分なんてものはありえないのだ。そのことが痛いほどよくわかった。

あの人がいたからおれがいたのだ。それを否定することはできない。

人はそんなに違っているわけじゃない。誰もが似たりよったりだ。それなのに人はかけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。

むしろ、こういうべきだった。

その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない――

 

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第二十二章

 

ミナトはパソコンにつながった三D眼鏡をユキの頭にそっとセットした。

舞台が暗転する――

ユキの見ているものと同じものが、プロジェクターで舞台上に映し出されて、観客にも見ることができる仕掛けになっていた。

そこに次々と映されるのは、流星群、オーロラ、海嵐や吹雪、珊瑚礁やヒマラヤなど、ありとあらゆる自然のファイルだった。崩れ落ちる氷河、おそろしく澄んだ清流、砂嵐、鍾乳洞などの奇岩、溶岩がつくった奇観など。

両手で三D眼鏡を支えて、無言で見入っているユキ。

 

ミナト『これらは君の存在以前にも在り、君がいなくなった後にも存在するものなのだから、これらに自分の心情を投影させてはいけない。ただ受け入れることだ。風景の中に溶けていくように、無私の自分を風のように漂わせるんだ……』

 

声に呪術的な響きを込めて、ミナトはユキの耳元で囁く。

ツバサは舞台の袖でじっと自分が書いて演出した舞台の成りゆきを見守っていた。

主役のふたりの名前はもちろんミナトセイイチロウとフジワラユキからとった。オヤジとオフクロの名前からだ。

本当は観客全員に三D眼鏡を渡して、本物の立体映像を見てもらいたかった。しかし予算も技術もかなわなかった。今はこれで仕方がない。

プロジェクターに俯瞰写真、水平写真、あるいは人間の目線、昆虫の視点から電子顕微鏡で映したミクロの世界の映像まで、ありとあらゆる視点からの巨大な映像を次々と連続して映し出していく。

 

ユキ傍白『次々に映し出される映像に、私は声をだすこともできずにいた。

火を噴く海底火山、大地を削る灼熱の豪雨、海のように広い湖、千年の凍土を覆う氷塊、間欠泉が吹き上げる熱湯、そして私……

そのとき私は風に吹かれて、意識だけを残して身体が世界に散らばってしまったように感じた。

風に運ばれ、私は世界を流れる。

世界の中に溶けていくように、魂が身体から離れふっと宙に浮かんだように感じた。自分が世界になるようでもあり、世界が自分の中に入ってくるようでもあった……』

 

やがて宇宙の映像が映し出された。虹色に光かがやく宇宙星雲――

 

ユキ傍白『その時わたしは世界がどうやってできていて、自分がどんな存在かわかったような気がした。それを言葉以前のものとして感じ取ったのだ。自分の意識を消さなければこの気持ちにはなれない。自分自身が消えて宇宙の感覚だけが残ると、まるで自分が「ただ見る」だけの存在になったような気がした』

 

海底で硫化水素を噴き上げる熱水鉱床、血液の中を流れてゆく赤血球、そして精子が卵子に到達しカルシウムイオンの波が走った受精の瞬間……

 

ユキ傍白『これが世界……私とは何の関わりもなくそれ自体として存在しているもの。これが世界……私なんてちっぽけな徒事。これが世界……悠久なるもの。

私は流れ、去ってゆくもの……

私とは無関係に世界は存在している。自分を際立たせて考えることは間違っている。私たちはこの流れの中の一部でしかないのだ。

そう思えたとき、頭上から天井を突き抜けて降ってくる宇宙からの超微粒子が、私のからだを突き抜けていったように感じた。

ニュートリノ。宇宙線が自分の中を透過していく。

幽体離脱して意識だけの存在になったように、この世界に起こったすべてのできごとを自分に起こった出来事のように感じた。そこには何の違いもなかった。私は溶けていく。私はただ見て聞いて匂いを嗅ぐだけの存在となる。私は星や風と同じものになる。私は流れてゆく……』

 

ユキは肩を震わせて感動に泣いていた。

不倫相手のミナトにユキは妊娠していることを告げてはいなかった。だが観客はそれを知っている。

 

ユキ傍白『こら、ユキ、悲しむな。

風のようにあの人は行くのだから。あの風を手の内にとどめておくことなどできないのだから。あの人はいなくなるのではない。ただ宇宙から射す光のように世界中に散らばるだけ。これから私は至る所で彼を発見するだろう。どこもかしこも彼の匂いがする。

私はこれまでと同じ生き方をつづけてゆけばいい。私たちは同じ大地を踏みしめて立っている。あの人と私は同じ風の中、同じ太陽に照らされて海と山と川を隔ててつながっている。同じ星を眺め、同じ宇宙を漂う。同じ世界の中にいる。

あの人と私には決して断つことのできない絆がある。あの人はいつでもそばにいる……』

 

背筋を伸ばして、ユキは立ち上がった。プロジェクターが急にシャットダウンして、舞台は真っ暗になった。

やがて照明が灯されると、そこには誰もいなくなっていた。

主の出ていった部屋。机やプリンタ、ファイルなどが素っ気なく置かれてある。ノートパソコンと三D眼鏡がぽつりと置き去りにされたまま。

ミナトは彼自身の人生へと立ち戻り、ユキははじめから自分がいた場所がどこであったのか気づいたのだった。

 

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第二十三章

 

雪片が舞うように降る、ごつごつした岩の岬。

ユキは岩の上に座り込んで膝を抱えたまま、雪が次々に海に吸い込まれてゆくのを見ている。

 

ユキ傍白『海に雪が溶けてゆく……。すべてが雪に覆われる……。冷たい……

世界が白く変わる。世界に溶けて消えることができるように私は周囲と同じ温度になることを望む。雪の温度に……

自分が自分でなくなっていくように、あのときのように。

体が冷え切って無防備な生命だけが剥き出しにされたように感じる。やがて意識さえも冷やされていく。筋肉と関節が固まる。皮膚がこわばり表情を失ってゆく。動けなくなる。意識が凍っていく。

やがて雪と同化してゆく……宇宙とひとつになる……』

 

誰にも知られない場所でユキは妊娠したまま死のうとしていた。

ミナトは海の向こうへと去っていった。ぽっかり空いた心の空白は何をもってしても埋めることはできなかったのだ。

ツバサは舞台の裾から会場の様子をうかがっていた。

客席にはミカコがいた。アスカも観ていた。そして憧れ追い求めた男の姿も――ミナトセイイチロウ、その男は決しておれを忘れて去っていったのではなかった。いつもそばにいた。心の中にいた。

その三カ所だけがスポットライトを浴びたように眼に映っていた。

めぐり会えてよかった。おれは今、人生に心から感謝できる。ありがとう。

すべてが流れ去り、消えていくものだとしても。だからこそ謳おう。絆を。燃える命の輝きを。

 

ユキ傍白『全身が凍りついてゆく……。石のように冷たくなった私の体……

そんな私の体の中に宇宙とひとつになりきれない部分がある……

雪を溶かすほどの熱で、体の内側から眩しい光を放っている。ドクドクと熱く血が脈打っている場所がある。そこだけが熱く鼓動し、喘ぐように呼吸している。死や闇を望まぬ爆発するような光を発して輝いている。その存在が、私が雪となり宇宙となることを拒んでいるようだ。子宮だけが熱い……。

宿すもの。それが私だ。私の中には海があり、森がある、水があり、火があり、光があり、愛がある。私は大地だ。私は風だ。

今、それを信じることができる。それを私はこの子に伝えることができる。

私のおなかの中には南風の子供がいる。南の海からやってきた風の子が。

産み、育てるということが、私の答え……』

 

ユキのセリフを聞きながら、ツバサはミナトの姿に見入っていた。

病み衰え、小さくなってしまった偉大な男――看護師のような人が介添えについている。

何かに導かれるようにして自分はここに辿りついた。

上京して以来、そのことをどこかで知っていて、おれの成長する姿をずっと見まもっていてくれたのだろう。その暖かい光をどこかで感じていたからこそ、おれはここまで来ることができたのかもしれない。

あなたに恥じない舞台ができただろうか?

立派に引き継げただろうか。書きかけの自分の作品の結末に、満足してくれただろうか。

主役の名前をミナトとユキに変えた。それがおれの心だ。わかってくれただろうか。

見てくれ。これがおれだ。こうしておれはここにいるのだ。

とうさん……ただの一言も言えなかった。けれどお互いにわかった。

それでいい。心の中でわかりあうことができた。それだけでいい。

 

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第二十四章

 

大きな拍手で舞台は終幕となった。劇団の後輩たちにうながされて、ツバサは舞台にあがった。

古くからのファンたちは、この作品を作・演出したのが、劇団に復帰したフジワラツバサであることを知っていた。

傷だらけの翼でももう一度飛ぼうと、旅にでる勇気をくれた男の姿をもう一度よく見ようと目を移すと、そこにもうミナトセイイチロウはいなかった。

舞台の上に何かを確かめ、そして立ち去ったのだろう。誰かに何かを告げずとも、己の中で確認すればそれでよかったのだろう。

拍手する大勢の生きた観客たちの姿よりも、空席となったその座席に彼の心は釘づけだった。

かつて壮健な身体で世界中を冒険し、小説を書き、人々に称えられたその男は、小さくしぼんだ渇いた血色のない肌をしていた。

その男の夢を、おれは引き継ぐ。

大きな熱気の渦が、客席から舞台の上に流れ込んでくる。どこに流れていくのか。この吹き抜ける風の心がわかるまでこれからもおれは流れ続ける。

 

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第二十五章

 

数日後、誰に看取られることもなくミナトセイイチロウは死んだ。

楽屋に転がっていた新聞でツバサはそれを知った。肌寒い静かな白い朝だった。

ただ無色の涙があふれた。

舞台の上では『流れて』の稽古が始まっていた。劇団の中でようやく彼は実力を認められつつあった。

人生は短い。いずれ自分は消えていく。そのとき何が残るだろう。誰かの心に何かを残せるだろうか。ミナトがおれに残してくれたように――

手のひらで涙を拭って、しずかに新聞紙を置いた。

矢の如く光陰は去って戻らない。彼には次の戯曲が求められていた。何の腹案もなかったが、きっとおれにはできるだろう、そんな自信があった。

やれるだけやろう。行けるところまで行ってみよう。父がくれたロマンを胸に。父の夢を継いで、自分を信じて。

「さあ、みんなキリヤマサキの名前に恥じない芝居をしよう」

大きな声を出して、毅然とした態度でツバサは演出指導をした。自分を信じて。

果てしない景色、雲を掴むようなこの気持ち――

この大きな流れはどこへ向かっているのか。

流れて……どこに行くのか。

おれを生み、アスカやミカコと引き合わせ、キリヤやミナトと巡り合わせた、この奇跡の世界に自分のすべてを委ねて生きていこう。

楽屋にある姿見に自分の姿が映った。そして髪の毛の中に白髪を見つけた。

ふっと小さく笑った。

自分の面ざしは確かにミナトに似ている。

その姿を愛おしむように彼は小さく自分に微笑んだ。

 

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第二十六章

 

ミカコからの手紙。

 

『ツバサ。あなたの気持ちは分かりました……悲しいけれど、もう、平行線だね。

あなたは他のことは立派だし、とてもとても尊敬してるけれど、愛に関してはとても未熟だね……。

こんなことを言ってしまってごめんなさい。納得できないあなたの顔が眼に浮かぶようです。そう、きっとこれに対してもあなたは反論すると思うの。

そうなの、人ってそう簡単には変われないのよ、議論や方法論、教えや諭しでは変われない。「性格が運命」って本当にそのとおりだと思う。

私はこの性格で、今までの人生の中、いろいろな人と本心でぶつかりあってきた。でもね、誰ひとり変わらなかった。

「自分を変えたいから、お願いだから助けて。ミカコみたいになりたいから助言して」と拝むように頼み込んできた人も含めて、誰一人、笑っちゃうくらい変わらない。みんな自分を変えられない、曲げられないのよ。それはどうしてだと思う?

ピンチぐらいじゃまだ人は本当には変わることができない。「いろいろあるけど自分は正しい」っていう論理に最終的に舞い戻ってしまう。逃げられる余地がある時は、徹底的に逃げるんだよね。もちろん本人は逃げているなんて思っていないし、どうしても未来を完全には見通せないから「自分の場合は違う」という認識で、命を取られる訳じゃないし、そのまま行けちゃうから、現状のまま変わらない。

けれど、それでも多くの人に変化の時は来る。それは「自分」が実際の「損害」を受けたとき。

自分自身が人生が変わってしまうほどの損害を受けた時、どんなに自己肯定したくても、それどころではない「事態」ってものに、自分が間違っていたことを無理やり突きつけられるんだ。

そして「修正しなければ! でないともっと自分が損害を受ける」と、あさましいくらいに自己修正を始めるの。

だけど、たいてい上手くいかない。というか、うまくいった人を私は見たことがありません。

もう手遅れ、なんだよね。そして自分の中に物凄いエゴがあったことに気づかされる。勝手だったのは相手ではなく、自分だったんだなってことに……

ツバサも私も、今回のこの決断がもたらす結果には、やがて責任をとらされる。

私が本当に真理だと思い知ったのは、いいことも悪いことも、めぐりめぐって本当にすべて自分に還ってくるっていうことよ。別に脅かしているわけじゃないけれど、それは本当に真理よ。

だから逆に言うと、自分を不当に攻撃してきた人は、相手が間違っていれば、自分のその時の力では成敗しきれなくても、必ずその人の人生に影を落とす。つまりはバチが当たるってこと。

いくら自分こそ正しいと思いこんで生きていても、本当に間違ったものには必ず運勢の下降が訪れる。黙っていても本当に、歴史というと大きな単位すぎるんだけど、人生という時の流れの中で、奇跡のように成敗される。

その事例を知るたびに、何か大きな不思議な力を感じる。神の見えざる手と言うか……ツバサの言う「流れ」のようなものを。

だけど、それでも、そこまで思い知っても、やっぱりそれまで変われなかった人って、その後もなかなか変われないんだ。ただ、事態により勢力としてはおとなしくなってしまって、対外的には変化しているのだけれど。

なんで、皆、そんなに変われないんだろうね。

きっとそれは「苦い水」をできるだけ飲みたくないからなんだ。だって変化は苦しく、苦さがつきまとうものだから。

だから見てよ。変われない人たちはみんな結局は「ありのままの自分」で肯定してしまう。そして自分を大きく査定してる。そうでなければ、自分こそが正しい、と周囲の流れに反発してまで思い込めるはずがないもの。

 

本当のことを知っている人は、人生には「不可能」と「不可避」があり「不完全」であることを知っている。自分が正しい、と流れに逆らってまで思い込める強さはないの。

ツバサがよく口にしていた「流れ」――「流れ」というものは、やはり、きちんとそれなりに、すべて意味があるもの。私もいろいろなことに反発してきた人間だったけれど、今はそう思える。

結局、人は、助言なんかじゃ変われない。

だから、あなたにも、言うのはやめようと思ったの。

正直言って、どうせ伝わらない。あなたが私を嫌いになるだけ。

仮にツバサが「ミカコの意見も分かるんだよ」と言ってくれたとするでしょ? それでも人は変わらないのよ。本当にそうだと自分が被害を受けて思い知るまでは。

みんな自分に自信がある。それなりの人生経験もある。社会的な地位もある。収入もある。あなたのように個人の才能で社会から認められている人はなおさらだよね。そんな人たちは特に、頭では理解してくれても、結局は自分が正しいというところに舞い戻ってしまうのよ。

だから私のこの手紙も、ただの自己満足でしかない。この手紙によって、私とあなたの距離が縮まることはない。それは今までの話し合いでよく分かったことだもの……

あなたはあくまでも自分が自分でありつづけたいと思っている。

だけど私が「それでも」って思うのは、あなただからじゃない。他の人なら、私はこういう選択はしなかった。

幸せはあたえるものだというけれど、あたえるって自分を切って差し出すことだから、楽なことばかりじゃないんだよ。誰が相手でもできることじゃないの。

たぶんあなたは人にあたえるってことの本当の意味をまだ知らない。あたえたゆえの喜びのことを知らない。だからきっと結婚のよさがわからないんだよ。

ひとりで生きることを幼い頃から突きつけられてきたから、かわいそうだけどそういう生き方しか知らないのよ。

だけど、いつまでもそのままではいられない。どんなに人に傷つけられた過去があっても、過去に傷つけられていても、私たちは人のあいだで生きてゆかなければならないんだもの、すべては人対人の問題だもの、そうそう自分の思うようなカードは巡って来ないんだよ。たとえ外面上その形が適っていても、違った負債がまた来るんだよ。そうでなければ私、こんなにまであなたと一緒にいたいなんて思ったりしない。ここまで相性が合うのは珍しいと私なりの実績の中で判断したからに他ならないの。

誰だって、より幸福になりたい、と人のことを考えず願ってる。正直本音を言えば、きっと恋人よりも自分が大事。

 

ツバサはね、自分が強いの。

確固たる己を持っているという意味ではなく、自分が嫌なものを受け入れたくないと強く強く思っているの……

こんなことを言って、ますます私、嫌われちゃうね。

でも、嫌われても言っておくのが、私のどうしてもおせっかいがでちゃう私の、あなたにはそう思えないと思うけれど……捨て身のプレゼントです。

はっきり言って、ツバサは「ミカコこそ」と反論すると思う。それはもうしかたがない。そういう反応で別に私、驚かないよ。皆、そうだったから。皆、反撃してきただけ。「心のどこかに私のこんな捨て身の言葉を残して」と願っても、みんな本当に悲しいくらいに同じだった。

 

私はね、自分の人生がマイナスから始まったと思ってる。下を見ればきりがないけれどね……

でも今はかなりプラスになったみたい。世の流れ、大筋も見えてきた。とてもとても時間がかかったけれど、少しずつ試行錯誤して、苦しくても自分を曲げて、試行しぶつかり、泣いて試して変えてきた。その時の現状からよくなるために、自分を捨てて捨て身で変わる努力をしてきたの。なぜなら本当に真実を知りたかったし惨めな自分が悔しかったから。

私は、それで救われてきたんだと思うの。普通は年齢と共に下降しがちな運勢が、どんどん上昇しているもの。

そして、知った。

大切なことは知識じゃないんだよね、知識として知っただけでは、わかったことにならないものが世の中にはあるなあって。まず、それが一歩。

そして、次に知った。

世の中、人の感情そして自分の感情すら掴めず、複雑。けれどその中に、一筋、まるで一定の法則みたいなものがあるなあって。

それは自我の強い人には、正直、見えないと思う。罰は巡ってくだされるっていうのもその一種だけれど、もっと単純な……法則みたいなものがある。

それは口ではうまく表現できないし、表現しても、わかっていない人にはきっとごく浅い認識で「そんなのあたりまえだよ」と聞き流されてしまうようなことなのだけれど。

それは、うん、なんて言ったらいいかなあ。やわらかい自分で夢をみるとでも言ったらいいのか……感覚的で伝わらないかもしれないけれど。

けれど、ある一定の人には、わかっているなあと感じた。

それは自活し、苦労の経験があり、雑多な人間関係に揉まれ、苦悩し、そして責任を抱え、人にあたえて、あたえられた人。愛し愛された人。人生に成功した人。そんな人たち。男でも女でも、不意に出会う本、メディアの中で、最終的に到達する場所ってああやっぱりそこであったのか、といつも私は確かめるの。そういう考えって私一人の結論じゃなくて、みんなやっぱりそうなんだなあって思い知るの。

だから人が宇宙論に行きつくのも頷ける。それを神と表現する人もいるけれど。

タイプの差、仕事の差はあっても、なぜか同じ考えに到達してる。経済人でも政治家でもそうよ、存命中に成功した芸術家とかはとくにそう。成功できなかった芸術家は、それを知る前に不遇に死んでる場合が多い。

それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則。

私が過去の不幸から運気をあげて来られたのは、小さい頃からなんとなく無意識にこの大前提を知っていたからだと思うの。体に馴染んだというのかなあ。

はっきり言っちゃうと、今のツバサには絶対に見えない。理屈としては理解できても、生き方にはならない。あなたが将来人にあたえることの喜びを知り、愛されて人生に成功しなければ、理解することはできないと思う。

今のあなたにはどれだけ話しても汲みとれないこと。もしわかっても、法則と生き様を分けて考えてしまう人は、結局のところわかっていないのと同じことなの。知識として知っただけ。役に立てずにそのうち忘れちゃう。

何故ならそれを知ればまずあたえる喜びを知り、さらには責任をもつ喜びを知るはずだもの。

そして不思議と、ひとりで生きるということの本当の意味も知るの。

ツバサの自立はしょせんは不完全なもの、あなたの愛は幼いままなの。誰でもその個所は通るんだよね。私もそうだった。

でもそのまま幼いまま一生を終える人もいる。あなたは、それでいいの?

 

別に逆に私のことを非難してもいいの。攻撃されたらやり返す、そして自分は変わらない。それが人間だもの。そうでしょ、わかってる。

でもね、かつて私はあまりにも現状が苦境で突破したかったから、騙されたと思って、今のツバサのことを言う私みたいに、私に意見してくれる先輩女性の言うがまま、自分の意志を捨ててあやつり人形のように生きたという経験があるの。前の彼と別れた後にね。

「人形のように? 自分の意志を捨てるなんて、それで生きているって言えるのか。自分と言えるのか」

たぶんツバサはそう言うよね。繰り返すけどね、だから人は変われないのよ。

私は自分の人生を良いものにしたかったから、周囲をよく見たの。幸せに見える人たち……何かやり方、法則、性格があるはずだって。

幸せに見えた人たちは、私とはとても考え方が違っていた。私はその憧れの発想に近づくために自分を曲げることにプライドなんてなかった。

というより自分の中の防衛本能が、このまま自分を曲げなかった「先」の未来は暗いぞと耳元で囁きつづけたんだよね。私の直感が、今の発想のままでいる自分は危険だと囁きつづけたから自分を曲げることに悔しさも屈辱もなかった。そしてその直感は当たっていたと今でも思うの。

正直に言うとあまりにそれをやりすぎて、人に振り回されすぎたこともあったの。やっぱり人の意見って勝手だもの。だけどそれらも私にとっては必要な道程だったと思う。人の発想のまちがいも体感できたし、だんだん私の中で一筋の光みたいなもの、方針というか法則が見えてきたんだ。悟ってきた、というか……

当時は珍しがられたよ。私が何でも、どんな人のアドバイスでも真剣に実践しちゃうから。バカなんじゃないかって、摩訶不思議な光景に映ったみたい。

だけどそんな私も二十代後半になると自分をあまり曲げなくなった。前の彼で愛を手に入れ、その時までに得た自分の幸せの法則がもう決定版なのかと思っていたから。自分の生き方に自信があったの。必死に生きてきた中で手に入れた法則だったから。

だけど今思うと、それは若く、りきんだ考え方だった。そして愛はもろくもこわれた。

苦しくても私は、人のやらないことまで、人のやれないことまでやってきた自負があったから、前の彼と別れたときに、尊敬していたその年上の女性から助言されたある言葉が、どうしても飲み込めなかったの。

「なぜ私がそこまで言わなければいけないのかわからない。私だって悪いところもあったけれど、彼だって悪いじゃないか」って。そうしたら、

「わからなくてもいいから、騙されたと思って、とにかく私の言うとおりにしなさい」

彼女はそう言ったの。だけどその言葉は、私にはまったくカケラも理解できない、まるで宇宙人の言葉のようだった。普通だったら、

「ああ。この言葉、反論もできるけどわからないわけじゃない。でもこんなことするの、悔しいなあ……」

ふつうはその程度じゃない? だけど、それは本当に、その言葉の出所も、発想も、まったくすべてが私には理解できない思考のアドバイスだったの。まるっきり、わからなかった。

理解できず反発する私に、

「彼を取り戻したくないならすることはないわよ。だけど本気で取り戻したいんなら演技でもいいから素直にそうしなさい」

理想的な家庭生活を営んでいるように見えた年上女性にそこまで言われて、あまりにその言葉の意味が理解できない私は、その人の言った言葉を紙に書きおこしてブツブツと丸暗記したんだ。それくらい意味がわからなかったから。肌で理解することなど、まるっきりできなかったから。

そして私はね、その年上の女性の言葉どおりに彼に伝えたの。暗記したセリフを棒読みしたっていうのかな。その通りにしてみたの。

そうしたら、彼が軟化したのがわかった。

それでもそのアドバイスの根底にある思想が、私には結局、わかってはいなかった。ただその言葉に反発しながらも、その根底に横たわる法則を理解する必要があるなあって、自分の中の防衛本能みたいなものがまたほんの少しだけ働いたんだ。彼が軟化したのは事実だったからね。だけどどうしてそんな理屈になるのか、いくら頭をひねっても本当にわからなかった。当時、あまりのわからなさに、アドバイスしてくれたその女性に、私は泣きながらくってかかったんだ。

「私はあなたとは経てきたものが違うのよ。あなたの人生だってどれほどのものなのよ!」

ってさ。自分の幸せの法則に自信があったから。

でもね、その人は少し涙ぐんで静かに言ったのよ。

「誰も好きで助言しているんじゃない。いい加減、助言する気持ちも分かって」って。

そう言われてさえ私にはわからなかった。ただ相手の涙に反抗・反論を一時引っこめただけ。

だけど、その人の言った言葉は心に留めた。何かが心に引っかかっていた。

望む人生にならないなあ。自分は正当なはずなのにどうして?

それは自分の意見にどこか流れに逆らった力みがあるからなんだ。

ツバサとつきあってからも、私はそのアドバイスをことあるごとに読み返していたの。わからなかったけれど、お昼休みにふっと。理解できないけれど、お風呂からあがってふっと。納得いかなかったけれど、今日わからなくても、二週間後にはわかるかも……

変わろうとしている人にとって、状況に変化がなくても、事態は必ず変化しているものだから。私なりにそれは体得してきた真理だったからさ。

あなたとつきあいはじめた頃も、実はまだ半信半疑だった。その言葉の表面じゃなく、言葉の裏の思想がさ。

言おうか? もう、こんなになっちゃったし……その、アドバイスの言葉を。

最大の秘密だったけれど、核心を、さ。

 

私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。

一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。

私は反論したんだ。「そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか」て。そうしたらこう言われたの。「奴隷でいいから、とにかくそうしなさい」って。

ツバサと出会ってからも、そのことは納得いかないながらも、いちおうは頭にはあったの。でも、やっぱり、うまくできなかった。まったく理解できないことは実践できないもの。私のプライドにひっかかる。やっぱり自分は変えられない……

けれど、あなたとの相性の良さがとても起因したんだと思うけれど、そのうち少し納得いかないことでも、すべてあなたにまかせられるようになったの。前の私だったら「なんで私が……」と反抗していそうなことまで、あなたとならすんなりとできた。

そうしているうちに、私の中で変化が起こった。そしてあのアドバイスの意味が、少しずつ自分のものになっていったの。

あれは女が奴隷になれって意味じゃない。異性との共存の中で、更なる自分を自由に解き放てって意味だったんだ、って。

 

仮にあのとき、はじめから言葉でそんなふうに言われても、当時の私には実感できないし、真髄が理解できなかったと思うの。生き方の指針とはならないというか。

だから、とにかく相手の言うなりになれ。まず不本意でも動いて、その中で後から真理を知れっていう教えだったんだなあと今ではわかるの。

それと同時期に様々な事態が溶けてきてどんどん単純化し、いろんな真実がはっきりと見えてきたの。昔読んだ本も更なる深い所に本当の意味があったんだなあとわかった。そして自分が望みながらも反発してきた「結婚」の意味も今更ながらに知ったんだ。

人って、やっぱり不完全。

前の彼は、生まれ育った沖縄の家族はとても仲良く、幼い頃から愛情は十分にあたえられたけれど、長男としての責任を背負っていた。愛情や安心を弟たちにあたえなければいけない立場にあったんだ。

けれど彼は、あたえた後の成果、意味、意義を知ってた。だから自由が好きだったけれど、私との結婚を望んだ。

だけど、違った個所が欠けてた。

ツバサはね、彼のようなつまずきは、きっとしない。だけどあなたはきっと違った箇所でつまずいちゃう。たぶん……あなたは「自分」につまずいちゃう。すべてがうまくはいかないのよ。

 

あなたは、きっとそのつまずきを上手く回避する予定だろうと思うの。それができるかどうかは、いかに自分を曲げて改革を起こしたかによる。そしてその時に対面しているパートナーによる。友達はどうとでもなる。親も老いてやがて消えてゆく。自分にとって最大のキーパーソンは、唯一、伴侶だけだ。それは「いい人」「悪い人」なんてカテゴリーに分類して判断できるものじゃない。そんなに簡単なら、失敗はないよね。

「ならばそんな危険な賭けはしない。一生、独身だ」

それも選択だけれど、そのまま意外と一生いけない。そりゃあ命を取られる訳じゃないから、どこまでを満足とするかだけれど。楽を選んだツケってやがて必ず来るのよ。

いつか必ずあなたにも自分という地盤が揺れるときがくる。人はやることをやっておかなかったツケは、本当に巡ってくるの。

 

こうやって、一生懸命書いても、あなたにはきっと伝わらない。ツバサは以前の私ほどには変わろうと思っていないから。

たぶん、機嫌を損ねてしまうだけ。

でも、いいの。もう慣れてるから。

これが私の、最後になっちゃう、かな……愛情表現です。

ほかの人にだったら、私もこんなことはもうしない。

いいの、自己満足、です。

きっと「人それぞれだろ。生き方も人それぞれ」で、片づけられてしまう。

うん、それでいいの。みんな、そうだもの――

 

反論はいいの。

きっと私が憎たらしくて私を打撃する言葉をたくさん考えつくと思う。お互い自分の体で自分のツケを払うだけ。自業自得。本当にこれは真理の中の真理というか、まさしくこれだけで世の中が回っているのか、と思うくらいの真理だから。

私はね、結婚するだけならすぐにでもできるの。相手が誰でもいいのなら。

彼ができたと言っているのに、いまだに結婚してほしいとプロポーズしてくる人もいる。なかなか私、嫌われないみたいでさあ。

だけど私は探してた。誰でもいいのでは決してなく「この人だったらついて行きたい」って心から思える、心から惚れきることのできる男性を。

やっとそんな人を見つけたと思った。だけど……

また、この先、そんな人が現れるのかなあ。それとも「惚れぬくことのできる男性」よりも「あたえあえる相性」のみを追求してゆくべきなのかなあ。それは、この先、ゆっくり見ていきたいなあと思っているの。

 

本当に、人は、変わらないもの。

ツバサの地盤が揺れて、変化の時が来るまで、私、待てないし。

それに人って、結局、思い知っても、あんまり変わらないんだよね。

どんなに苦境でも「自分に有利な」という箇所を少し減らしただけで、結局、変われないの。

最大によくいっても、いちおう表面上のお礼をいわれる程度で、相手は私の本当の意図を理解しないし、私たちの仲が「おまえそんな生意気なこと思ってたのか!」ってなるだけで、それか「これも愛情だよ」って逆に説教されちゃうだけで、結局なんにも変わらないの。

もう、いいの。知ってるもん。そんなこと。

だけど、それでも言ったのは、私の愛情、です。

 

私だって何も憂さを晴らしたかったり、相手を攻撃したかったり、そんな自分の都合で一生懸命言っているわけじゃ決してないのに、絶対にわかってもらえないのよ。「おまえこそわかってるのか」とか「おまえだって××だろ」とか「おまえの方こそ間違ってる!」とか……それで、おしまい。

わかってる。でも、いいの。

私が、あなたと、本音でつきあった、あ・か・し、です。

ケジメっていうかな……

お互い自分の人生の中で、見えざる流れによって、いいことも悪いことも、自業自得でおしりをふかされちゃう。今はどっちが正しいか論じあって傷つけ合うのはやめようね。いずれおのおのに結論は出るから……

私達、本当に刺激しあえたし、楽しかったんだもん……

 

私は、また頑張らなくちゃいけない。また少し、勇気を出して踏み出さなくちゃ。

人生の答えなんて、いつが本当の最終的な答えなのか、わからない。

だけど、人生、きっと今楽をしても、いつかはツケが必ずくるし、結局ずっとどんな人も頑張りつづけるのだろう。

ただ、頑張る「踏ん張り」の質は、選択できると思うの。流れに乗り遅れないようにしかたなく踏ん張ることもあれば、苦しさから逃れるために努力する頑張りもある。

私は、未来に向けて幸せにひろがっていく頑張りを選びたい。ようやく、それができる位置にきたし、暗黙のルール、法則、流れもわかった。

 

ねえ、ツバサ。

お互い、頑張ろうね。

本当は、私は、あなたのそばを、離れたくないの。

ただ、もう、行き止まりだなあ、って。

私の恋人は、やっぱりあたえあえる喜びを知っている人でないと、本当の意味での大きな喜び、結果がでないもの。

望んでいる未来を見ることができないもの。

前の彼の時ほど、私があなたとの別れを悲しんでいないように見えるかもしれないけれど、そんなことはないよ。

あなたは、私の中でとても魅力的な男性だったよ。ほんとうに。

私の中で最高にかっこいい男性だった。

一番、好き。

一番、合った。

ずっと一緒にいたいと自然に思える、唯一の男性だった。

だけど愛に対して、どう向き合うか――

それが別れに繋がったんだね……

 

ねえ、ツバサ――

感じて。

人はそうそう、本音を出さない。

恋人同士だって、そう。

私のようなタイプは、珍しい。

本音を出して傷つけあうのは、誰だって、自分可愛さに避けているもの。

私だって、自分の落ち度、自己認識の甘さで自己評価をきちんと下せなかった。素直に聞こうとしていても、私にも言い分ってものが存在したからさ。

けれど、もう私も、誰にもここまでは言わなかった。

ここまで言ったのは、ホント、あなたを愛していたから――

それでも、きっと、伝わらない。

だけど、お互い、自分を信じて、自分の人生で、自業自得を支払おうね……

 

生意気なことを、いろいろ言いました。

ごめんなさい。

 

愛をこめて

ミカコ

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

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この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

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●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
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韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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