ロボットの語源。カレル・チャペックの戯曲R.U.R
ロボットってチェコ語だって知っていました?
現在、世界で通用するロボットという言葉をつくったのはこの人カレル・チャペックなのだそうです。(正確にはその兄貴のアイディアだそうですが)
R.U.Rというのは、ロッサム・ユニバーサル・ロボット社の略です。ここにロボットという名称が登場するのです。
私がこの戯曲を読んでみようと思ったのは、もちろんロボットの元祖だからです。日本アニメの元祖はロボット=鉄腕アトムですし、人間が乗り込んで戦うスーパーロボットの元祖はマジンガーZだとされています。
ではロボットの本当の元祖、カレル・チャペックのロボットはどのようなものでしょうか?
カレル・チャペックの元祖ロボットは、バイオノイド、ホムンクルス
カレル・チャペックの元祖ロボットは、機械ロボットというよりもホムンクルス、バイオノイドといった存在です。人間そっくりだけれども人型DNAをもっていません。見た目は人間なのですが、細胞の素材からして人工なのです。電源を入れないと動かない機械ではありません。
そしてカレル・チャペックのロボットは、感情のない労働者でした。開発者が人類にとって都合のよいように作ったからです。文句も言わず働く能力はあるが、考える能力はない人間、それがロボットでした。
『ロボット』(R.U.R)の書評、評価、あらすじ、感想
人間は喜んだり、バイオリンを演奏したり、散歩に出かけたりする。余計なものを求めるのが人間なのだ。
→ 容易に想像できるように、チャペックがロボットという戯曲を書いたのは、ロボットとの比較で人間というものを描こうとしたからです。ロボットがグロテスクであればあるほど人間性というものが目の前に浮き上がります。
人工の労働者を製造することは、石油エンジンを製造することと同じなのです。
いちばん実用的な労働者は安価で、要求がいちばん少ないもの。労働に直接役立たないものをすべて捨てたのです。そうやって人間なるものを捨て、ロボットをつくったのです。
→ 当然ロボットに人権はありません。いくら人間に似ているといっても、もともと人工物ですし、お金で買えるものです。労働力なのです。
ロボットがあらゆるものをつくり、いわば値段というものがなくなる。必要なものを手に入れ、貧困もなくなる。人間は自分が愛することだけをする。完全に近づくためだけに生きる。人間が人間につかえることもない。仕事のことでしょっちゅう文句を言って心を失うこともなくなるのです。
→ 人間が労働で苦しまなくてもいいという理想が、ロッサム・ユニバーサル・ロボット社にはありました。これに対して「ロボットに人権を」「労働者から労働を奪う」というありきたりの批判をするものが登場します。現代のAIシンギュラリティの状況とまったく同じですね。
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人間の幼年期というものは技術の観点からすれば、まったく無意味。時間の無駄なのです。
世界のすべての労働者は仕事がなくなる。
私が望んだのは新しい人々だった。理想があった。全人類を、世界の貴族にしたいと。制限を受けず、自由で至高の存在である人間にしたいと。いや、人間以上のものを。
→ 古代ギリシアで哲学が発展したのは、奴隷が労働し、市民は働かなかったからだ、という説があります。忙しいと心を亡くしてしまうのです。
元祖ロボットの戯曲から「ロボットの反乱」。超古典的なテーマ
私はあるじを必要としない。私は他のもののあるじになりたい。私は人間の主人になりたい。
私はロボットが怖かったの。私たちをいつか憎むようになるのではと。
→ そしてロボットの反乱。今でもAIが勝手に核戦争を始めるとか、人間の手に負えなくなるとか、チャペックと同じテーマが議論されています。『鉄腕アトム』でも扱われたテーマですが、元祖ロボットの戯曲から「ロボットの反乱」というのは古典的なテーマなのですね。そういった意味でチャペックはもっと評価されていいと思います。
あまりにも壮大な図面を描くよりも、レンガを一個づつ積み重ねるほうが理にかなっていると思います。
人間以上に人間を憎むことなんてできない。
まだ星があるのか? 人間がいないのに、星があるのは何のためだ? 恋人もいなければ、夢もない。
あわれな顔よ! 最後の人間の姿よ! なぜ震えている? これが最後の人間か?
→ ロボットの反乱によって、人類は滅ぼされてしまいます。ただひとりの科学者を除いて。人工的にロボットをつくる秘密は失われてしまいました。このままでは人間も、ロボットも滅びてしまいます。
お願いです。生命を維持する方法を教えてください。
→ 自分の意志のなかったロボットたちは「人間のあるじになりたい」「生きのびたい」と意思をもつようになりました。それはロボット開発者が想定していない進化でした。そのために反乱したロボットによって人類は滅ぼされてしまうのです。
人間だけが子供を産むことができる。人生を新たに始めることが。かつてあった場所にすべてを戻すことが。
なぜ殺した? 私たちは人間になりたかった。
→ 最後の科学者はなんとか生命の秘密をつかもうとロボットの解剖をしようとするのですが、恋人同士のロボットたちはお互いをかばい合います。まるで人間のように。
彼女ではなく私をつかってください。彼女なしではありえません。彼女なしでは生きたくありません。ヘレナを殺すことだけは許しません。私の命をとればいいじゃないですか。
私たちは——一心同体だから。
神は自分に似せて人を創造された。
→ 聖書の一節ですね。ここで神は人間に、神の似姿はロボットになぞらえられます。
恋愛を通して愛、涙、微笑みを生み出し、男女の愛を生み出したあの娘とあの少年、あのはじめての二人組よりも、君たちは何か偉大なものを発明したと言えるのか?
愛からふたたび始まり、裸の小さなものからふたたび始まる。生命は絶えることはない。
→ 私の小説『結婚』の女ヒロインは「大切なのは妊娠なの? 子どもなんて犬でもつくるんだよ」と叫びます。つまり大切なのは愛だろう、というわけです。
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このブログの著者が執筆した純文学小説です。
「かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と」
「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
本作は小説『ツバサ』の後半部分にあたるものです。アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。
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物語のラスト。愛を知ったロボットの男女がアダムとイブのように子供をつくって、新しい人間(ロボット)の歴史をはじめる、という感動でしめくくられます。
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→ ここでは人類は滅んでしまいます。代わりに人間に似たロボットという生命が繁殖するというオチです。最初に読んだときには「どうして人類が滅んで、ロボットが栄えることを感動的に肯定しているのだろう?」と思いました。しかしロボット開発者のひとりの「あのはじめての二人組よりも、君たちは何か偉大なものを発明したと言えるのか?」という問いかけが答えなのでしょう。人間がテクノロジーでロボットを開発することよりも、愛を見つけた二人の方が偉大だと考えるから、それを肯定したのです。
→ 最初に読んだときには「なんでロボットが子供を産めることになったのか?」とビックリしました。しかし当初は感情をもたないはずだったロボットが感情をもつように進化したのだから、子供を産めるように進化したということで今は納得しています。
→ 手塚治虫の『火の鳥』に「人類が滅んでもそれがなんだというんだ。生命家族だ。この際、生き残るのは細菌だって何だって構わない」という科学者が登場します。カレル・チャペックの科学者も似たような発想ですね。人間は滅びるが、価値あるもの(愛)を見出した命(ロボット)が生きのびていく、というストーリーです。これは壮大な愛だな、という気がします。
どうでしょう。これをハッピーエンドと読めるかどうか。そこに「あなた」が問われている、という気がします。