どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?
幼いころ、私は野菜嫌いでした。
しかし母からしつこく「野菜を食べなさい」と言われ「じゃあトウモロコシを食べるもーん。トウモロコシは野菜でしょ?」と思い出します。
私が子供の頃、トウモロコシは野菜でした。
ところが最近ではトウモロコシは「穀物」扱いとなっているようです。
いったいいつ野菜から穀物に分類変更になったのでしょうか?
野菜と穀物はそもそも何が違うのでしょうか。
ダイ「野菜は食用植物だから穀物も野菜の一部だけど、とくに穀物というのはでんぷん質を主体とした植物種子のことだよ」
ハルト「なるほど、コメもムギもトウモロコシも種子だね。おイモは穀物か? ゴマも穀物?」
ダイ「ゴマはでんぷん質でないから穀物扱いされていないね。おイモは穀物っぽいけど日本では別に分類されることが多いよ。じゃがいもはナス科の多年草で穀物というよりは野菜。『芋及び粉類』に分類されている」
ハルト「そうなのか。だったら母に『野菜? じゃあおイモを食べる』って言えばよかった。おれが苦手だったのはトマトやニンジンやピーマンで、芋とかナッツとかは大好物だったの。わかる?」
そもそも栄養素というのは、他の食べ物で摂取できればそれでいいのです。別にトマトを食べなくても死にはしません。もともと日本にはなかった野菜なのですから、もしも本当にトマトが命の必須食材だったら、昔の日本人はとっくに絶滅しています。
またスギ花粉症のアレルギー体質の人は、トマトのもっている物質がアレルギー的に反応するという研究もあるようです。
なんでもかんでも食べさせればいいというものではないのです。
スポーツの管理栄養士から聞いたいい話なのですが「何でも食べなさい。というのは栄養上の問題というよりは心の問題。食べ物の好き嫌いがなおらない子は、人間の好き嫌いもなおらないことが多い(ので社会生活に支障をきたす)」ということでした。
卓見だと思います。
ライオンは生肉しか食べません。キリンは葉っぱしか食べません。コアラはユーカリしかたべません。たいていの動物は偏食なのです。なんでも食べる動物の方が変わっているのです。人間だけが遍食(遍在的に食べる)でなければいけない理由はないはずです。
そうして私は偏食になりました。
偏食のいいところは、消化にエネルギーを使わずに済むことです。決まりきった食材に必要な消化酵素は決まりきっているので、毎回新しい食材に適応する消化酵素を新規に産出するエネルギーを使わずにすみます。
そしてそのエネルギーを他に回すことができるのです。たとえば走ることに。
普段食べないものをたまに食べるとドッと疲れます。下痢することもあります。
今は野菜も食べられます。ほとんど好き嫌いはありません。
しかしそれは親が私になんでも食べさせようとしたからではなく、私が大人になったからです。大人になったら、自然に食べられるようになりました。誰かに強制されなくても、おいしいと自然に思えるようになったのです。
にもかかわらず、結局、私は偏食です。
偏食にはメリットがあります。料理がいつも同じだから、時間がかからず、お金もかかりません。
偏食ですが肉体はきわめて健康です。市民ランナーの三冠王ですから。
偏食だってサブスリーをやれます。私が証拠です。
ダイ「子供の頃食べられなかったものが食べられるようになる理由のひとつに、かつて鋭敏だった舌が鈍くなった、ということがあるかもしれない。子供が食べられない辛い物が食べられるようになったのは、確実に舌の感覚が鈍くなったからだと思うよ」
イロハ「私は子供の時からスイカが大好きで、お弁当箱いっぱいにスイカをもっていくような子だったんだけど、いつからかスイカを食べると喉の奥が痒くなるようになった」
ダイ「食べ過ぎて、アレルギーになったんだな。そういうこともあるね」
ハルト「この場面に持ってくるにふさわしいエピソードだな。ううむ。偏食にはそういう弊害がありうるのか。奥が深いね」
イロハ「前半のトウモロコシは野菜か穀物かって話しは、なんだかバナナはおやつかデザートか問題みたい。『遠足のおやつ代300円にバナナは入るんですか?』っていう子が必ずいなかった?」
ダイ「パンがないならケーキを食べればいいじゃないっていうフランスの女王ならケーキも主食だな」
イロハ「もち米とマンゴーのカオニャオ・マムアンはデザートよね」
ハルト「そんな分類どっちでもいい(笑)しかしこうして書いてみると、おやつって変な言葉だな。菓子があってお菓子がある。やつがあっておやつがあるのかな? お、は接頭語だろ?」
ダイ「昔の時間の呼び方で八つの刻(午後二時ごろ)に食べたからお八つ(おやつ)というんだよ」
ハルト「そうなのかー。ブログを書くって勉強になるなあ」