人生は関門突破ゲーム。壁は人生をおもしろくするためにある

マラソン・ランニング
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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

※このブログの筆者の書籍です。Amazon、楽天koboで発売中。

※言葉のイメージ喚起力で速く走る新メソッドを提唱しています。 

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負けたら、失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きること

ゲームをプレイしていると、関門突破ゲームはあっさりクリアできたら面白くないと思うことはありませんか?
敗戦が人生を深く味わいあるものにするのです。

勝てればいい。

しかしもしも負けたら、失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きることです。

力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つこと。

そこでしか見つけられない新しい何かを見つけること。

転んだ場所で何かを見つけたとき「ここに導かれていたのか」と思う瞬間が来るのです。

挫折を恐れて踏みとどまるのではなく、挫折さえも運命になると信じて、勇気をもって新しい世界に踏み出していくこと。
それが「走ることが私に教えてくれたこと」でした。

それが運命を生きることです。
全力で走ればいい。走れなくなったら、立ち止まって、その場所でまた新しい何かを探せばいい。

走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。

走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。

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弱いラスボスのゲームが面白くないように、人生の関門も楽勝だったら面白くない

ランニング以外の私の趣味はゲームです。とくにロールプレイングゲーム(RPG)が大好きで、ひとつの小説を読むような気持で物語性のあるゲームをプレーしています。
RPGにはラスボスというのがいます。
すこしづつ経験値をたくわえて成長していきながら、最後にはラスボスを倒すというのがゲームの目的です。

こういうところは市民マラソンの世界もひじょうに似ていると思います。
ジョギングからはじめて、すこしづつトレーニングを積んで成長していきながら、最後には自己ベストを更新して、強くなっていく自分を実感するというところが。

ところが長くRPGをやっていると、ときどきラスボスが弱すぎて、あっさりとクリアしてしまうことがあります。
……すると、なんだか面白くないんですよね。
弱い奴が相手だとラスボスの名前さえ、ろくに思い出せないことがあります。
こっぴどくやられていないから、全然記憶に残らないのです。
ラスボスよりも、むしろ途中で苦しめられた中ボスの方が、よほど印象に残っている場合があります。
人生ゲームとしては、これでは失敗作です。「学生時代は楽しくて輝いていたけれど、大人になったらつまらない人生」みたいだと思いませんか?

ラストの絶頂感、達成感あってこその人生、RPGだと思います。
全滅しちゃって「うおおオオ……マジか!」みたいな衝撃があった方が「リアルな感情」をあじわえます。
ギリギリまで、突破できないんじゃないかとヒヤヒヤした方が、ゲームとしても面白い。
あっさり勝っちゃうと、面白くありません。
これは実人生にも言えることなのではないでしょうか。

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すばらしい人生のために、難しい関門が存在する

「マラソンで3時間切り(サブスリー)」という関門突破ゲームに、かつて私は挑戦していました。


過去、3時間数秒(あと10秒縮めればサブスリー)いうレースを2回も経験しています。
ゲームでいえば、あと一撃でラスボスを倒せたのに、ぎりぎりのところでこちらのHP(ヒットポイント)が尽きたという惜しい状態です。

そのときは死ぬほど悔しかったです。勝負レースは年に1回ですので、これは3年にわたって悔しい思いをし続けたことを意味します。
https://arikura.com/main-race/

月間600km走ったのもこの時期です。大雨の日や休養日もありますから一日30kmぐらい走らないと、この数字は達成できません。
まさに「走るために生きている」という時代でした。もはや仕事どころじゃありません。職場には「カラダを休めに行っている」という状態でした。ああ、走るためにおれは生まれたんだなあ、と実感したのもこの頃です。
https://arikura.com/born-to-run/

もう走ること以外は考えていない、という状態です。受験に失敗した浪人生のようなものです。よほど突破したかったんでしょうね。このサブスリーという関門を。

そう、私は何としても、この関門突破ゲームをクリアしたかったのです。そのために編み出したのが本書でご紹介している数々の走法なのです。


速く走る技術『踵落としを効果的に決める走法』
ランナーの一歩一歩は「かかと落とし」のようなものです。膝が伸びきったスピードゼロ地点で着地するのではなく、振り戻ってきた破壊力のある足で着地しましょう。そう。かかと落としを効果的に決めるように。

スピード練習しなければ、スピードにふさわしいフォームは身につかない。動的バランス走法
「動的バランス」とは、動いていることでかろうじて維持できるバランス状態のことをいいます。自転車は進み続けている限り倒れませんが、止まると倒れてしまいます。「動的バランス走法」とは動いていることでかろうじて維持できるバランス状態のまま前に走りつづける走法をいいます。

ストライド走法の極意「ハサミは両方に開かれる走法」(地面を蹴るより膝蹴りを決めろ)
『ハサミは両方に開かれる走法』とは支脚よりも遊脚を意識する走法です。ハサミは両方に開かれる走法。後ろに蹴るのではなく前に突き出してストライドを稼ぐ走法です。走っている時の二本の脚はまるでハサミのようなものです。片方の脚を意識するだけで、結果として両方の脚を動かすことができます。なぜならハサミは両方に開かれるからです。

走りの技術。ヤジロベエ走法。腰椎の一点で上半身のバランスをとる走法
ストライド走法とピッチ走法、どちらが正解か? どちらの走法を使うべきなのか? 「永遠のテーマ」「答えのない永遠の問い」のように語られるこの二つの走法の優劣ですが、私にはもう答えが出ています。どっちも使え。これが正解です。

最速のストライド走法フォームの作り方。後ろに蹴るのではなく、前に突き出してストライドを稼ぐ
ストライドは開脚して伸ばすのではなく、宙に浮かんで伸ばします。なぜ「ハサミは両方に開かれる・ヤジロベエ走法」が、速く走れるのかというと、前傾姿勢の「動的バランス走法」よりも、ストライドが伸びるからです。 骨盤・腰椎を立てれば膝が高く上がります。そして落下するあいだもストライドを稼ぐことができるのです。

惚れた女に振られた男のようなものです。何としても、関門を突破したかった。

サブスリーのためならドーピングも辞さずと思っていたのもこの時期です。筋肉増強剤のようなものが手近に簡単に手に入っていたら、迷わず使っていたと思います。身近になかったためにやりませんでしたが……

食事も変えました。
肉をやめて、ベジタリアンになったのです。
ときどき癌から生還した人がベジタリアンになったりしますが、私はサブスリーのためにベジタリアンになりました。よほど思いつめていたとわかっていただけるでしょうか。

効率の良い走りを追求し、身体でクリアできないのならば、脳ミソをつかって、頭脳でクリアしてやろうと思っていました。
カラダで勝てないのならアタマで、フィジカルで勝てないのならメンタルで、関門ゲームを突破すると決意したのです。

この書の柱のひとつはマラソンを速く効率的に走るための方法を教える『サブスリー養成講座』なのですが、世の中には私よりもマラソンが速く走れる人はたくさんいます。けれど自分ほどマラソンについて語れる人はそうはいないと思っています。
その自信は、ギリギリで関門突破できなかった3年間の思いつめた日々が私にくれたものです。

はじめから痩せている人は、どうダイエットすればいいのか語る資格はありません。
はじめから走るのが速い人は、どうすれば速く走れるようになるのか厳密には語れません。速く走れるようになる「変化」を経験していないからです。そのダイナミックな変化を語れるのは、やはり変化を経験した者だけでしょう。

初マラソンであっさりサブスリーを達成しちゃうような人よりも、私は何かを知っているし、何かを語れると思っています。
だからこそこの書は書く価値があると信じているのです。
それはサブスリーをほんの数秒で達成できなかった3年間があってこそなのです。
サブスリーを達成できなかった2回のレースは「敗戦」です。
けれどもよく覚えています。たくさんの「感情」をくれたから。
『敗戦が人生を深く味わいあるものにする』というのは、そういう意味です。
勝ってばかりじゃ、面白くないと思いませんか?

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失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きること

私のこれまでの人生の中で、運命に導かれてここにいるのかな、と思った瞬間がいくつかあります。
みなさんにはそういうことがありましたか。そしてそれはどのような瞬間だったでしょうか?
たとえばこの書物は、走ることの素晴らしさを伝えて、みなさんに走ることをすすめるものですが、元を正せば、『挫折』が出発点でした。
挫折という本来は望んでいない状況・事態の中で見つけたものが、今、私の人生に欠かせない柱になっています。
そしてそこに私は運命を感じています。

運命に導かれるような生き方とは、挫折した時に、力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つことです。
逆風に流されて、別の道に迷い込んだら、逆境にあらがって元の道に戻ろうとするのではなく、その道をそのまま進んで、そこでしか見つけられない新しい何かを見つけることです。
失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが運命を生きることになります。
前提条件を変えて生きるのです。

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失意の場所でこれまでにはなかった何かを見つけること。それが運命を生きる生き方

失意の場所でこれまでにはなかった何かを見つけること。
敗北した場所で、新しい何かを掴み、幸せを感じること、それが運命を生きるということです。
力づくで元の場所に戻る人もいます。そういう人は「運命なんてものはない。人生は自分の力で切り開いていくものだ」というでしょう。
しかし「これが私の運命だった。私は、天命に従う」という人もいます。私のいう「運命に導かれる生き方」をしている人です。
私は失意の場所から新しい旅に出るタイプでした。

その方が力を抜いて生きていくことができます。
そして失意の場所にこそ自分の生きがいがありました。
神様が「お前はこうしなさい」と言っているのに、弱い人間が強引に元の道に戻ったところで、祝福を受けた人生を歩めるのか、はなはだ疑問に思います。
だいたい、ひとりの人間が力づくで勝ち取れる運命なんて、たかが知れています。
人生というものは想像もつかないものです。
戦争に巻き込まれたり、災害に遭ったり、愛する人を失ったり。自分の意思だけではどうにもならないものです。

そこで人生に失敗したと思うか、そこでこれまでとは違う全く新しい自分を再生して、違う何かを掴み取るか。
転んでもただでは起きぬ精神が、運命を生きることになるのです。
転んだ場所で何かを見つけたとき、ここに導かれていたのかと思う瞬間が来るのです。

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人生、そんなに悪くない

この書物は、ランニングの素晴らしさを伝えて、ひとりでも多くの人が明日から走りはじめてくれるように書いています。
そしてRPGにおけるラスボスとして、いちおうグランドスラム達成という関門を設定しました。
しかしこのゲームにおけるラスボスは、別にグランドスラム達成でなくても、なんだっていいと思っています。自己ベストを更新することだって十分な関門です。

私がこの書物の中でトレーニングの具体的な数値(メニューや強度)を上げないのは、つまるところ、このためです。

「グランドスラムを達成するための本」だとすれば、達成できなかったら、その本は役に立たなかったということになります。
本書が目指しているのは、そういう書物ではありません。
マラソンを3時間ぐらいで走る人のために役立つ本であるのはもちろんですが、それ以下の走力の人にも、それ以上の走力の人にも読んで心を動かしてもらえる本をめざしています。

別にグランドスラム(ここでは「人生の目標」の比喩です)が達成できなかったとしても、それはそれ。ランニングをやめてしまったとしても、それはそれだと思っています。
挫折を恐れて踏みとどまるのではなく、挫折さえも運命になると信じて、勇気をもって新しい世界に踏み出していくこと。
それが「走ることが私に教えてくれたこと」でした。
それが運命に導かれる生き方だと思っています。
全力で走ればいい。走れなくなったら、立ち止まって、その場所でまた新しい何かを探せばいい。
この書物はそのようにして生まれました。
失意の場所でも命を燃やして、新しい何かを見つけ、満足を得ること。人生が前よりもよくなっていくこと。すると運命に導かれていると思える瞬間が必ず来ます。
人生、そんなに悪くないものです。

運命を生きるとは、挫折した時に、力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つことです。
逆境にあらがって元の道に戻ろうとするのではなく、その場所で、そこでしか見つけられない新しい何かを見つけること。
失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きることです。
そしてまた次の旅に出るのです。旅立った先に素晴らしいものがある。人は夢に生きられる。
走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。

走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

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●◎このブログの著者の書籍『市民ランナーという走り方』◎●
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか? いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状打破、自己ベストの更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。 ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何? ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? 本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 ※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
https://amzn.to/3CaR81P
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●◎このブログ著者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』◎●
書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
https://amzn.to/3OBWtUR
書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

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私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
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●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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マラソン・ランニング
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