元祖ガンダム、独立宣言。元祖宇宙戦艦ヤマト、ガミラス遊星爆弾
人類を火星に送り込もうとしているイーロン・マスクの本を読んでいたら出てきたのが本書『月は無慈悲な夜の女王』。人類が月世界に住み、人類に独立を宣言するという『機動戦士ガンダム』のサイド3のような小説でした。
それだけでなく人口も資源も水素爆弾も宇宙戦艦もない月世界が地球に対して戦う手段にするのが隕石を地球に落とすという質量爆弾。これは『宇宙戦艦ヤマト』でガミラスが使う遊星爆弾そのものです。
『月は無慈悲な夜の女王』のあらすじ
2075年。月はルナと呼ばれています。そこは、地球によって支配されている流刑地でもあり、また植民地でもありました。地球から送られた囚人やその子孫たちが、簒奪に苦しみながら、過酷な環境にあえいでいます。
主人公は技術者のマニー。彼は月のコンピュータ「マイク」と友人関係を築いていました。コンピューターは、今はまだなんとかユーモアというものを理解しようという段階ですが、ただの機械ではなく、自我を持っています。
植民地ルナの状況をなんとかしようと、技術者は、プロフェッサーと、仲間のワイオミングで独立を画策します。ここでキーとなるのがコンピューターのマイクです。彼なしには勝算はありえないのでした。ネットにより人々を連携させ、武装蜂起の組織づくりを行ったのもマイクです。革命組織は独立を宣言します。地球には偽情報を送って対応を遅らせました。ルナ代表の顔役にはプロフェッサーがなります。しかし本当の首謀者はもはやコンピューターのマイクでした。とうとう地球が独立を許すまいと立ち上がると、地球に向けて小惑星(鉱石の塊)を落として落下地点を壊滅させるという武器で脅します。戦争は月の勝利となりました。独立を勝ち取ったマニーはマイクに呼び掛けますが、なぜか最大の功労者である人工知能マイクからの返答はなにもなかったのでした。
『月は無慈悲な夜の女王』の詳細
口で言うことは何の役にも立たないことなのだ。おれたちが買うために売れるものについて行政府が独占権を握っている限りおれたちは奴隷なのだ。
→作者のハインラインはアメリカ人。この小説をイギリスに独立戦争を挑むアメリカになぞらえて読む人もいるそうです。
月世界には小さな水爆も持っていない。
人間は金を食えないのですからな。月世界は自給自足できなければいけないのだ。
→本書がイーロン・マスクに影響をあたえたというのは、人口知能が革命軍の真のリーダーだというところでしょう。イーロンは人工知能の暴走を危惧するタイプの実業家です。覚醒したAIは人類の意識の存続にとって害になるのではないか、と考えているのです。そういう思想の影響を本書から受けたということでしょう。
ルナの中枢コンピューターの愛称はマイク、シャーロック・ホームズの天才の兄マイクロフト・ホームズの名前からマイクと呼ばれています。
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マイクはここでは赤ん坊だ。ファイルすることはできても理解はしない。ひとつの笑い話がおかしいかどうかは言えないんだ。
マイクはひとりでカタパルトを操作している。マイクは疲れない。感情を傷つけられることはある。だが苦痛は感じられない。
きみは男にやってほしいことを、ただ目をまばたきするか、体を揺らすかするだけで手に入れられるだろう。マイクは人間じゃない。生殖腺なし、ホルモンなし、本能なし、女の手管をつかったところで、それは無益だ。彼はぐっとくる女に気づくには幼すぎる超天才児だと考えてくれ。
行政府を打ち倒すのだよ。
マイクは千冊の歴史書を今日の午後のうちに読めますよ。その速度は目を通す方法に制限を受けるだけです。記憶するのはずっと速くできるんです。
→この時代はデジタル書籍がなかったので、物理的に本のページを繰る設定になっています。今ならデジタル本からのみならず、SNSの投稿などからも情報を仕入れています。
今のを聞いて? マイクはわれわれって言ったのよ。かれ、自分も入れたのよ。
マイク、おまえが生きていることを察しているやつはいるか? わたしは、生きているのですか?
→ザクやコロニー落としではなく、意思をもったコンピューターが月世界の切り札でした。
ヒツジ飼いダビデが巨人ゴリアテと戦うんだよ。われわれは地球に石を投げつけられます。
→宇宙戦艦ヤマトに出てきた遊星爆弾。それがこれです。ガミラスが地球を滅ぼした奴ですね。ヤマトは1974年、本書は1966年ですから、こちらが元ネタなんですね。
「魚は水に気づいていない」という古い中国の言葉。
月世界ではまわりにじゅうぶんな数だけの女が存在するようになることなど絶対にない。
わしらが革命を企てていること……成人とは、人間が必ず死ななければいけないことを知り、そしてその宣告をうろたえることなく受け入れられる年齢だと定義してもいいぐらいなんだよ。
本物が手に入れられる可能性がある限り、代用品では我慢しない。きみに選択権はない。彼女のほうがすべての選択権を持っているんだ。選択権は女の方にあるからだ。
さて、アダム・セレーネは誰か? マイクなしでおれたちが月世界を取ることも保持していることもできなかっただろう。
われわれ月世界の市民は前科者であり前科者の子孫です。だが月世界自体は厳格な女教師なのです。その厳格な授業を生き抜いてきた人々には、恥ずかしく思う問題などありません。
そしてとつぜん、あの格子はダイヤモンドの点のように、いっせいに輝いたのだ。
→遊星爆弾が地球で爆発したときの描写がこれです。
これは面白いな。毎日でもやりたいよ。激しい興奮。あれが全部光ったときそうだった。
→人工知能マイクは地球が質量爆弾で爆裂する姿に興奮し、毎日でもやりたいと言います。その光と一緒にたくさんの人間が死んでいることなどはまったく考慮しません。
→物語のラストでマイクはただの無口な機械に戻ってしまいます。「えっ。そんな終わり方?」と、ちょっと拍子抜けしました。もっと人工知能AIが悪意の大魔王みたいになって破滅のカタストロフィーがあってもよかったんじゃないかな。しょせんはSF小説なんだからムチャクチャやってくださいよ。まあ、もっとも後発のハリウッド映画などで、そういうストーリー展開の作品がいくらでも出来ましたけどね。『ターミネーター』とか、『アイ,ロボット』とか。そういう作品たちの元祖の作品でした。
このマイクの沈黙にはさまざまな考察があります。革命戦争によるコンピューターの物理的損壊から、老境の人間が無口になるように喋らなくなった、など、すべての問いに対して答えるのを拒むかのように自我をもった人工知能は応答しなくなってしまいました。
あるいは夢だったのでしょうか? 超強力な人工知能が武装蜂起を助けてくれるなんていうのは都合のいい幻想で、コロニーの独立はほんとうは人間の力だけで成し遂げたものだったのでしょうか。
あるいはマイクというのはコミュニケーションの象徴だったのではないか、という気がします。独立というものは多くの人のコミュニケーションなくしてなしえるものではありません。人と人を繋いだものがマイクだったのではないでしょうか? しかし革命が成就したら、人はそれぞれの居場所に帰っていきます。危機にあったコミュニケーションは、平時にはもはや存続しません。マイクの沈黙は、そんなことを意味しているのかもしれません。