映画『ジュラシック・ワールド』

本-映画-メディア
スポンサーリンク

【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者アリクラハルトの人生を旅しながら走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

『車泊でGO!!』YouTube動画 始めました。(grandma-cuisine

このブログ著者の書籍『市民ランナーという走り方』マラソン・サブスリー養成講座
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
ランニング・マラソンについて体系的に学びませんか? このブログの著者の書籍がAmazonにて発売しています。雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 市民ランナーの三冠グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するための方法を教えます。 本書の特徴は、ランニングフォームをつくる入力ワードを変えることで速く走れるようになるというものです。パフォーマンスを肉体が再現するための入力ワードによって、いわば言葉の力によって速くなるというメソッドを提唱します。 ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●初心者が習得すべき「アトムのジェット走法」「踵落としを効果的に決める走法」 ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「逆くの字走法」「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」って何? ●戦闘フォーム「ヤジロベエ走法」ってどんなフォーム? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? ●スピードに教わる。自分の肉体から学ぶ「オオカミ・ランニング」とは? ●ウルトラマラソンの走り方「ばあちゃん走法」とは? 本書を読めば、「マンガに学ぶ実走」などの言葉のイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 踵着地とフォアフット着地、どちらが正解か? 本書では明確に答えています。 ●「世界が美しく見える魔法」とは? 禅ランニング・瞑想ランニングのやり方 カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。 市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)
Amazonでアリクラハルトの市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々な端末でもお楽しみいただけます。
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
ランニング・マラソンについて体系的に学びませんか? このブログの著者の書籍がAmazonにて発売しています。雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 市民ランナーの三冠グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するための方法を教えます。 本書の特徴は、ランニングフォームをつくる入力ワードを変えることで速く走れるようになるというものです。パフォーマンスを肉体が再現するための入力ワードによって、いわば言葉の力によって速くなるというメソッドを提唱します。 ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●初心者が習得すべき「アトムのジェット走法」「踵落としを効果的に決める走法」 ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「逆くの字走法」「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」って何? ●戦闘フォーム「ヤジロベエ走法」ってどんなフォーム? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? ●スピードに教わる。自分の肉体から学ぶ「オオカミ・ランニング」とは? ●ウルトラマラソンの走り方「ばあちゃん走法」とは? 本書を読めば、「マンガに学ぶ実走」などの言葉のイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 踵着地とフォアフット着地、どちらが正解か? 本書では明確に答えています。 ●「世界が美しく見える魔法」とは? 禅ランニング・瞑想ランニングのやり方 カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。 市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)
Amazonでアリクラハルトの市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々な端末でもお楽しみいただけます。

どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

みなさん恐竜は好きでしょうか。

女性ですと「あんなハチュー類なんかにまったく興味ないわ」という方も多いかと思います。

しかし、少年たちは恐竜が大好きです。あ、あと、心が少年のオヂサンも恐竜が大好きです。

なにがそんなに好きなのか? 恐竜の何が少年を惹きつけるのか。それを知りたいと思いませんか?

スポンサーリンク

恐竜映画は機内モニターで見てはいけない

私は迫力が命のアクション映画、とくに恐竜映画は映画館で見るべきだと思っています。

かつて手の平サイズの飛行機の機内エンターテイメント用モニターで初代『ジュラシック・パーク』を見て、ちっとも面白くなかったことがあります。Tレックスがトカゲに見えてしまって、主人公の恐怖感がまったく伝わってこないのです。片手でひねりつぶせそうな小さいトカゲを怖がる主人公たちが滑稽ですらありました。

結局、デカいからこそ迫力があるのであって、恐竜にもっとも必要なのは『大きさ』です。

大きいからこその恐竜。これだけは譲れない絶対条件です。ジュラシックパークにいる恐竜がすべて人間よりも小さいサイズしかいなかったら、そんなパークに誰がわざわざ行きますか?

かつて地球を支配した種族だが、もはや滅び去っている。そういうロマンもあります。しかしそれは画家の絵の値段が死後に跳ね上がるようなものです。失われたものへの郷愁はたしかに特別な味付けをしてくれますが、滅び去った動物は他にもいくらでもいるにも関わらず恐竜だけが特別扱いなのはやはり『デカい』からに他なりません。

『強いからじゃないのか?』と思う方もいると思いますが、同じ意味です。『デカい』から強いのです。ホオジロザメよりもシャチの方が間違いなく強いのは、単純にデカいからです。

少年は、大きくて強いものに憧れるのです。たとえば父親に、ライバルに。強敵に打ち勝とうとする、乗り越えようとすることは少年の永遠のテーマです。少年漫画の多くはこのテーマで描かれています。このテーマ抜きに爆発的にヒットすることは難しいのだそうです。

世界的なヒット作品・漫画『ドラゴンボール』は初期の夢を叶えてくれる如意宝珠(ドラゴンボール)を探し求める冒険ものだったころはそれほど人気がなかったのに、天下一武道会で最強を目指してライバルや強敵としのぎを削る「強さを追い求める展開」になったら爆発的な大ヒットをしたのだそうです。

 

 

スポンサーリンク

聡明なネズミも愚鈍なクジラにロマンで負ける。

巨大なものにはロマンがあります。人はロマンを求めて映画館に行くのであって、別に現実の厳しさを教えてほしくて映画にお金を払うわけではありません。そんなことは仕事をしていればいやというほどわかるのであって、お金を払って再確認する必要なんかありません。

最初の作品『ジュラシック・パーク』には滅びた巨大な生き物の圧倒的なロマンがありました。失われた歴史に対する壮大な夢がありました。こんな動物園があったらどんなに素敵だろうと少年たちはわくわくしたものです。残念ながら琥珀に閉じ込められた蚊の血から恐竜のDNAを復活させるという『できそうな夢』は現在では否定されています。

 

作品というものはたいてい「追う作品」か「追われる作品」かに分かれます。映画『ジュラシック』シリーズは、結局のところ、恐竜たちに追われて逃げる作品でした。「食われちまうんじゃないか」というスリルを味あわせるところにエンターテイメント性があったのです。

太古の滅び去った恐竜を人間が科学技術でよみがえらせることができたとしても、人間が生命を意のままに操れる神のような存在になれると思ったら大間違いである。やがてしっぺ返しを食らうであろう。

過去のシリーズには終始一貫このテーマが貫かれていました。だからどうしても命を閉じ込めて見世物にする「ジュラシックパーク」のような動物園を否定するような雰囲気にならざるをえなかったのが、私としては残念でした。

動物園の倫理問題は別にして、カミナリ竜が生存している動物園アイランドがあるのなら、世界の果てにだって見に行きたいと私は思います。

スポンサーリンク

『ドラゴンボール』的な強さのインフレを起こすと最後にはゴジラ映画になってしまう

追われる映画をシリーズ連作として作ろうとすると、どうしても強さのインフレが起きてしまいます。

初代『ジュラシックパーク』でいきなり恐竜王Tレックス(暴君竜ティラノサウルス)を登場させてしまったために、続編でも同じ恐竜に追われる展開になるとマンネリ感が否めません。同じ敵が相手では恐怖感も薄れてきます。もっと恐ろしい恐竜を登場させないと「逃げる映画」として成立しません。インパクトに欠けます。

ジュラシックパークでもこの苦悩は見えていました。仕方がないので、巨体だけならTレックス以上のスピノサウルスを敵として登場させたこともあります。

 

しかしこのスピノサウルスは顎の形状から魚を食べる恐竜だったのではないかと言われています。水辺でクマがシャケを獲って食べるように、魚を食べていた恐竜だったというのが通説です。体重30トンのカミナリ竜(アフリカ象は7トン程度)を襲って食うような荒くれものではなかったようなのです。

しかし映画『ジュラシックパークⅢ』ではスピノサウルスは恐竜王Tレックスに食いついて倒してしまいました。旧作の強敵よりも強いことを示さないと盛り上がりに欠けることから、仕方がない演出だったと思います。現実には魚食性のおとなしいやつだったかもしれないのに、積極的に人間を食おうと襲い掛かってきます。

こうして強さのインフレが起きるのです。インフレとは経済用語で「モノの値段があがり、お金の価値が下がる」インフレーションのことですが、強さのインフレとは同じ人間(孫悟空)の強さ指数が当初は1000ぐらいだったのに、最終的には1兆2000億になるというアレです。

アニメ『ドラゴンボール』が強さのインフレで有名ですが、強さを「追う」少年漫画はどうしても強さのインフレから逃れられません。漫画『キン肉マン』の超人強度とかも完全なインフレでした。

 

ドラゴンボールは強さを「追いかける作品」になってから爆発的な人気が出たために、視聴率や関連グッズの販売など莫大なお金が動くことになり、作者が止めたくても止められない状態になってしまい、作者の意図以上に長期連載になってしまいました。そのために新たなる敵はどんどん強くなります。

さらに地球を滅ぼすクラスの敵が現れて、人類滅亡から「逃げる作品」になってからも人気はとまらず、神レベルの敵でないと地球は滅ぼせないことから強さのインフレは止まらずに、とうとうベトナムドンを遥かに超えるレベルでの強さのインフレが起こってしまったのです。

このように一般に新作には前作よりも更に強い敵を持ってこなければ盛り上がりに欠けるのです。

ところが「ジュラシック」シリーズはゴジラやドラゴンボールのような創作作品と違って、恐竜という現実ベースの作品なので、ムチャクチャな奴は登場できません。ではどうやってこの難問を解決したらいいでしょうか。

映画『ジュラシックワールド』はものすごいことを考えつきました。それは禁じ手でした。

なんと遺伝子操作によるハイブリッド恐竜、インドミナス・レックスという架空の恐竜を登場させて暴君竜Tレックスを強さで超えてきたのです。

コウイカの擬態能力を組み込んでいるのでカメレオンのように体の色を変えて周囲に溶け込んで存在を隠せるとか、アマガエルの能力によって赤外線放射を抑制して赤外線センサーを潜り抜けることできるとか。インドミナス・レックスは、すごい能力を持っています。

でも、でも………

「やっちまったなー」

これはヤバい状況です。遺伝子操作による架空の化け物を持ち出してきたら、強さのインフレーションは止まりません。最後にはゴジラの登場です。

スポンサーリンク

モササウルスのお陰でジョーズやゴジラにならずに済んだ

ところが現実の魚竜モササウルスにインドミナスレックスを食わせることで、ゴジラになる前にストーリーをまとめることができました。ゴジラではなくジュラシックであることをギリギリのところで守ったといえるでしょう。

モササウルス類というのは上野の国立科学博物館に展示されているので日本人にはなじみの深い魚竜ではないかと思います。

 

少年たちの憧れの超巨大生物です。本当に大きな魚竜ですが、しかし映画で描かれるほど巨大ではありません。いくらなんでもデカすぎます。これも強さのインフレーションの一種で仕方がないのでしょう。

インドミナスレックスを丸のみさせるのならば、むしろモササウルスではなくメガロドンを登場させるべきだったと思います。歯の大きさが全然違う本物の怪物なのですが、メガロドンを見送ったのは、映画が『ジュラシック』ではなく『ジョーズ』になってしまうためでしょう。

強さのインフレとは、本当に悩ましい問題ですね。

ちなみにジュラシックパークのジュラシック「jurassic」は「ジュラ紀の」という意味です。「恐竜の」という意味ではありません。恐竜は英語で「dinosaur」。ダイナソーです。

私たちは「恐竜」ということで、ひとまとまりにしがちですが、本当は生きた時代が全然違ったりします。カミナリ竜の多くはジュラ紀の生き物で、白亜紀のティラノサウルスに食われたりすることはなかったのです。源義経が織田信長に討たれることがなかったように。

強さのインフレでゴジラ並みの強さを発揮する恐竜たちですが、実際にはそんなに強くはありませんでした。映画ではバズーカ砲みたいなランチャー弾つかってますけど、ゾウ用の猟銃で簡単にカタがつくはずです。骨の強度が生物の強さの限界であり、ゾウ用の猟銃は皮膚を貫き骨まで砕きます。鉄より固い骨はありません。人類こそ地球史上最強の動物なのです。

さて次作の怪物はいったいどんな奴を持ってくればいいでしょうか。ジュラシックをダイナソー映画のとどめ、ゴジラ映画にしないためには?

スポンサーリンク

『ジュラシック・ワールド 炎の王国』のストーリーを予想する

新作『ジュラシック・ワールド 炎の王国』が公開中です。

まだ私は見ていないのですが、見た人にしか書けないことがあるように(映画評)、まだ見ていない人にしか書けないことがあります。それは新作のストーリー予想です。

テレビのプロモーションしか見ていないのですが、どうやらジュラシック・アイランドが噴火するようです。

ジュラシック島に大噴火の兆候が表れて、恐竜たちの生死を自然に委ねて滅びるにまかせるか、あるいは危険を冒してでも救い出すか、人間たちが判断に迫られるという「追われる」映画になるのだとテレビのプロモーションで知りました。

これ以上ゴジラ映画にしないために「恐竜」に追われるのではなく、もっと巨大な敵「火山」に追われることにしたのですね。

地球史上最強の人類でも叶わない大敵。それは天災です。

非常に少年漫画的な展開だと思います。

おそらくかつての敵(恐竜)はもっと巨大な敵(噴火)を前にして、仲間になるのだと思います。ピッコロ大魔王がフリーザを前にして孫悟空の仲間になるように。

恐竜は隕石による天候の変化によって滅んだとされています。

「大きなロマンをもつ恐竜たちに生き残ってほしかった。生きてる姿を見たかった」

そんな少年の夢をかなえるように、火山から恐竜たちを助ける映画であってほしいと思います。

しかし大半の恐竜は火山で滅んでしまうのではないでしょうか。

それがこの地球が決めたこと、恐竜たちの運命だったからです。

しかしごく一部の恐竜は生き延びるのではないでしょうか。滅んだ現実とは別の夢を生き延びるのです。

そういうロマンの作品であってほしいと思っています。

こうしてストーリー予想を書いていたら、映画が見たくてたまらなくなりました。次の週末に見る映画は『ジュラシックワールド 炎の王国』で決まりですね!

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※プライムビデオの無料体験を新規登録する※

ご紹介した作品はプライムビデオで見ることができます。

アマゾンプライム会員に登録するとネット通販の送料が無料になるほか、プライムビデオ(無料特典・レンタル・購入)を視聴することが可能になります。

ビデオ視聴サービス(ネット配信)の中でもっともおすすめなサービスです。

まずは30日間の無料体験からどうぞ。

アマゾンプライム(プライムビデオ)を無料体験してみる

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
お探しのものはありませんか
お探しのものはありませんか?
★★★ブログ・アフィリエイトという副業★★★★

ブログを運営して副業をはじめませんか? 「あなた」だけが知っているお宝グッズ、使えるアイテムがあるはずです。それを紹介するだけで報酬をゲットできます。おすすめのアフィリエイト・サービス・プロバイダーは「もしもアフィリエイト」です。こちらから無料会員登録できますよ。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

★★★ブログ・アフィリエイトという副業★★★★

ブログを運営して副業をはじめませんか? 「あなた」だけが知っているお宝グッズ、使えるアイテムがあるはずです。それを紹介するだけで報酬をゲットできます。おすすめのアフィリエイト・サービス・プロバイダーは「もしもアフィリエイト」です。こちらから無料会員登録できますよ。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
Amazon.co.jp
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
Amazon.co.jp
このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
Amazon.co.jp: 片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? eBook : アリクラハルト: 本
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
Amazon.co.jp: 片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? eBook : アリクラハルト: 本
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。走る哲学者。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。千葉県在住。
記事がよかったらポチっとお願いします
ポチっとしてくれると記事の励みになります
本-映画-メディア
スポンサーリンク
アリクラハルトをフォローする
ドラクエ的な人生
タイトルとURLをコピーしました