農家経営の錬金術。農業ボランティア養成講座。研修という名の労働力動員方法

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

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ソロ活。おひとりさま活動とは何か?

最近、ソロ活という言葉が流行っています。増加する独身男女にとっては「パートナーがいないとできない活動」というのは「自分のできないこと」になってしまいます。世の中、けっこうそういうの多いんですよね。たとえばスポーツ観戦とかコンサートとかフランス料理とか一人で行く気になります? 私は全然そんな気になりません。そんなところにのこのこ出かけて孤独をかこつぐらいなら家でブログでも書いていた方がマシというものです。

でも「誰かと一緒じゃないとできない活動」というのは意外と思い込みや偏見であって、やればひとりでもやれるものだったりします。その気になれば焼肉屋だってひとりで入れますし、キャンプだってひとりでやれます。このように何でも一人でやってしまおうという趣味の一形態をソロ活といいます。二人以上で行くのが普通と思われるディズニーランドとかにひとりで行ってしまうことをソロ活というのです。おひとりさま活動ということもあります。

実はわたしもソロ活は昔からやってきました。たとえばランニング。これは究極のソロ活動です。私は音楽を聴きながら走るのが大好きなので人と一緒だと音楽が聴けません。ランニングは一人の方がいいな、といつも思います。ペース設定も自分でできますし。

執筆、読書なんかも一人の方がむしろ向いています。周囲に人がいない方が自分の世界に入りやすいからです。

私的個人的・世界十大小説。読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの本

ソロ活する人は、どっちかというと人間関係が苦手な人が多いんじゃないでしょうか。他人に気を使うのが疲れるとか、他人にあわせて自分の好まないことをするぐらいならば、自分ひとりで好きなことをする方がものごとを先に進めることができます。

しかしソロ活の王者ランニングもさすがに毎日は走れません。休足日が必要ですし、ずっとやっていると単調さゆえに飽きがきます。

ランニングは単調な運動。単純だからこそ、わずかな違いが大きく効いてくる

そこで何か新しいソロ活はないかと探していたところ、おもしろいものを見つけました。それが「援農ボランティア講習会」というもの。一回あたり500円で3時間。合計8回のコースです。合計料金は税込みで4400円というもの。合計24時間で4400円というのはとても安いなと思いました。24時間も遊ばせてもらって4400円で済むならばコスパ最強ではないでしょうか。問題は、これを「おもしろい」と感じられるかどうか。その感受性にあります。

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「氷点下で生きるということ」アラスカでの生活をこの日本で疑似体験してみる

私が援農ボランティア養成講座をやってみようと思ったのは、「氷点下で生きるということ」というアラスカで生きる人たちのドキュメンタリー番組を見たのがきっかけでした。

氷点下のアラスカのチェーンソーで木を切ったり焚火をしたりスノーモービルに乗ったりヘラジカをハンティングしたりしている人たちを見て、自分も同じようなことをしてみたくなったのです。

『氷点下で生きるということ』(LIFE BELOW ZERO°)の内容、評価、感想、ツッコミ、総評

とはいえこの日本でアラスカのアメリカ人と同じことをやるのは難易度が高すぎます。ショットガンでグリズリーやエルクやカリブーを射殺してナイフで解体するのは無理ゲーでしょう。実際にやったらそれこそ星野道夫さんになってしまいます。

しかし狩猟の替わりに作物の収穫ならば、この日本でも簡単にできるのではなないでしょうか。チェーンソーの替わりに草刈り機、スノーモービルの替わりにトラクター、トナカイの肉を焚き火であぶる替わりに、収穫したサツマイモを焚き火で焼き芋にして食べるぐらいのアウトドアならこの日本でもできるだろうと思ったのです。

狩猟は楽しそうですが、獣肉ばかりを食べていくのはちとキツイと思いました。どちらかといえば私は草食動物です。

牛乳をやめて、豆乳にする生活

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援農ボランティア養成講座とは?

私が参加した「援農ボランティア養成講座」とは、ある農園が運営している講座でした。私が申し込んだ農園は地元の市議会議員さんが運営管理者でした。議員の仕事をしつつ、自分の時間に農家をやっているそうです。先祖の土地ではなく、土地は借地だそうです。遊休農地を借り上げて農園を経営しているというわけです。遊休農地は全国的に問題となっていますので、議員みずから解消に乗り出すのはいいことですね。

その農園では、30平米の区画に区切って畑を貸していました。よくある市民農園みたいなものです。月額4500円。貸している畑は自分の好きな作物がつくれる自由農地と、みんなで勉強しながら同じ作物をつくる「土の学校」とに分かれていました。自分で作物を作ってみたいけれど農業経験のない人は、みんなで同じ作物をつくるタイプを選べば、つくりかたを管理人さんが教えてくれます。講座を受けて、種や苗をもらって、道具も借りて、育て方から収穫のしかたまでぜんぶ教えてくれるので安心というわけです。

そこまで一足飛びにはいかない人のためには「援農ボランティア養成講座」があるというわけです。基本的作業は草刈り、コンポストの作成、圃場の整備、各種農機具の操作、収穫などです。

この農園では雑草処理にヤギを二匹飼っています。そのヤギのフンを清掃するのも援農ボランティアの仕事。それは嫌だ、と断るわけにも行きません。草食動物なのでフンはそれほど臭くはありません。集めたフンはコンポストに捨てます。するとヤギ糞堆肥ができるというわけです。

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草刈り機の起動方法

草刈り機の起動方法ですが、10:1の混合オイルを入れて、シュポシュポと燃料を送り込みます。そしてバルブを「開」にしてリコイル(スターターロープ)を引っ張ります。刈払機でいちばんむずかしいのは起動だったりします。

刈刃が回転したらあとは雑草に当てていくだけです。ぶっ壊し系の作業なので素人でもすぐに即戦力です。作業に繊細さは必要なく体力さえあれば何とか作業をこなせます。だから農業しろうとの私たちの最初の作業は草刈りでした。気分はアラスカの人たちが使っていたチェーンソーの替わりです。

手で雑草を抜くこともしました。そして雑草を抜いた畑に水菜の種を植えました。ゴマぐらいの小さい種でした。周囲の土を圧迫しないと種のまわりから水を吸収しないそうです。手でポンポン叩いて圧迫しました。

そしてゴミ捨て場(コンポスト)の移転作業。土にかえった部分を畑に運びます。畑というのは土が大事だと教わりました。

「園芸家は花の香りに酔う蝶になんかはならない。土の中をはいまわるミミズになるだろう。」

「湿り気があってフカフカでいつでも耕すことができる土。そこに植えようと思っていた花のことなんかもうぜんぜんきみは考えない。この黒々とした、空気を含んだ土のうつくしい眺めだけでたくさんではないか?」 

「急に園芸家は思い出す。たった一つ、忘れたことがあったのを。——それは庭をながめることだ。」

私はカレル・チャペックに聞いて知っていましたが、やっぱりそうなのか、と思いました。

趣味の園芸家になるために。『園芸家12カ月』カレル・チャペックの内容、感想、書評、評価

コンポストの天地返しを行う中で、そこに捨てた廃棄サツマイモから発芽した大きなサツマイモを収穫しました。これを食べるのには勇気が必要だ。畑というよりはゴミ捨て場で生育した芋だから。いや、ゴミ捨て場というよりは正確にいうと「ヤギ糞堆肥」なのである。雑草とヤギのクソを混ぜて土に返そうというシステムなのだ。

動物の狩猟も同じですが、食べる物は捕ってるところは見るべきじゃないな、と思いました。いただいたサツマイモは皮を丸ごと剥いて食べました。味はよかったです。

「こまめ」という管理機もリコイルを引っ張って起動するのは同じです。燃料はガソリンですが。

廃車軽トラックも運転しました。気分はアラスカの人たちが四輪バギーを操縦していたことの替わりです。

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雑草マルチ。雑草マルチング

園芸栽培においてマルチングは防寒対策として有効な手段です。人間が冬にはたくさん服を着こむように植物の根元に服を着せてあげるのがマルチングです。ビニールや、チップ材などでマルチングするのが普通ですが、わたしが研修した農園では「雑草マルチ」を行っていました。雑草マルチというのはコンポストに捨てる雑草を植物の防寒着として土の上にかけてやることです。マルチング材が雑草なのが雑草マルチです。

あまり雑草マルチをやっている農園は少ないようです。なのでとくにここに記しておきます。

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やりたいのは「生きることに直結した仕事」

さて「ソロ活」として参加した「援農ボランティア養成講座」。

勉強にもなったし、こちらがやりたいと思っていた「生きることに直結した作業」をやらしてくれるので、文句をいうつもりはありません。しかしこれは見かたによっては体よく使われているともいえます。ヤギのフンの清掃など、同じ作業をお金をもらってやっている仕事人もいるだろうと思います。要は労働力として使われているわけです。しかしそもそも援農ボランティア養成講座と銘打っている以上、無償のボランティアであることに文句を言うこともできません。無償で奉仕することははじめから申込条件になっているのです。

だったら無料でいいじゃないか、こっちは労働力を提供しているのだから、と言えなくもありません。

しかし実態は、無償どころか実際には奉仕している側がお金を払っているのです。

これぞマジック。お金をもらって、さらに労働力まで手に入れることができるのです。

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雨の日には道具のリペア。講習会という名の労働力動員

雨の日には道具のリペア講習会がありました。もちろんこれも講習会という名の労働力動員といえなくもありません。

道具は刃物が多いので注意する。道具の汚れを落とし乾燥させる。刃物を研ぐ。

このような講習の後、実際に道具の汚れを落とし、刃物を研ぐ作業をやらせます。

やらされている方も楽しんでやれますし、やらせる方も労働力をお金をもらいながらゲットすることができるというわけです。

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かぼちゃの大収穫

援農ボランティア講習会の最終日にはかぼちゃの収穫がありました。およそ100個のかぼちゃをハサミで狩って収穫です。かぼちゃの蔦は10メートルほどもあり農園に横に這っています。人間が蔦の先端をもって引っ張ったのかと思いましたが自然とそのように横に這うそうです。障害物があってもその上に張っていくそうです。そこに花が咲き、そこにかぼちゃの実がなります。しかし100個収穫しても直売所で売り物になるのは30%ぐらい。その他のものは売り物になりません。農家は売れないものをたくさん作ることよりも売れるものをより多く作るほうに精力を集中した方がいいみたいです。直売所で売れないものをお土産にいただきました。

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収穫祭。

そして援農ボランティア講習会の最終日は「収穫祭」です。農園で採れたサツマイモ、ニンジン、水菜、もち麦などを使って、サツマイモ鍋とバーベキュー。もち麦ごはんと水菜のサラダが振舞われました。

参加者は我々農園ボランティアのほか、区画レンタル利用者、そして借地の地権者も招待されていました。

おみやげのかぼちゃもいただき、大満足の収穫祭ですべての日程は終了。

その後、農園管理者から「お疲れさまでした」の終了メールが届きました。そこには「もしよろしければ今後も農園ボランティアにご参加ください」との一文が添えられていました。

これはまたやってみようかな、という気になります。

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援農ボランティア養成講座。これは一種の錬金術じゃないか

これは一種の錬金術なんじゃないでしょうか。農園をやっている人はこの労働力の手に入れ方をマネしてみてもいいんじゃないかと思います。全国の農園経営者の方はこの「援農ボランティア研修会」を活用なさったらいいと思いました。お金をもらった上で、労働力を手に入れることができますぞ。

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詐欺みたいで心苦しいと思ったら、研修の後で、お店に出せない農作物をお土産にプレゼントしたらいいのです。私の申し込んだ農園でも収穫した作物はお土産にくれました。ただで労働力を手にいれた市会議員の心の負い目がお土産を持たせているのかもしれません。

研修、講習と称して雑用をやってもらうという「かしこい経営者」が、お金をもらった上でさらに労働力を手に入れるというすごい経営術を体験させてもらいました。

わたしは時間がたくさんあり、お金にも困っていないので、とくに不平はありませんが、お金に困っていたら騙されたと感じる人もいるかもしれませんね。

しかし「楽しい」と感じる人も一定数必ずいるはずです。土いじりが好きな人は労働でやっているのではないのです。楽しいからやっているのです。この手は今後ひろまっていくかもしれません。実際に私と一緒にボランティアしていた女性は「これからも続けたい」と言っていました。自分の狭い区画で作物をつくるのとは違った面白さが援農ボランティアにはあります。これはこの時代の新しい錬金術かもしれない。そう感じました。

3時間の農作業の後には猛烈にお腹が減っています。そして……ずっと活字やパソコンばかり見ている人間からすると肉体を使って生きることに直結する作業をするのは新鮮であり、楽しいことでした。まさにウィンウィンです。

私は毎日のようにランニングして体を鍛えていますが、ランニングでは使わない部位が筋肉痛になりました。スポーツクラブで筋肉を鍛えるのとは違った面白さが農業にはあります。

みなさんもこの一種の野外活動サークル、ソロ活の一種である営農ボランティアをやってみたらいかがでしょうか?

やめたければいつでもやめられるし、面白いと思ったら続ければいいのです。それが労働ではない趣味のいいところなのですから。

全国で援農ボランティアの人材を募集して、労働力を必要とする農家に派遣する。そんな商売もありえるかもしれない。、と可能性を感じました。

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。
●◎このブログの著者の書籍『市民ランナーという走り方』◎●
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか? いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状打破、自己ベストの更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。 ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何? ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? 本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 ※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
Bitly
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●◎このブログ著者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』◎●
書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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×   ×   ×   ×   ×   × 
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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×   ×   ×   ×   ×   × 
◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

Bitly
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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