物語は、演出法は、進化する。思想は深まっているし、作劇術は進化している

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演出法は進化する。物語は進化する

名作小説を漫画化した時に、とてつもなく面白くなっている時があります。

この面白さは原作の力なのか、それとも漫画ならではの演出、再構成、脚色によるものか?

ここではイースト・プレス社のまんが読破シリーズ。ゲーテ『若きウェルテルの悩み』をネタに、「物語は、演出法は、進化する。思想は深まっているし、作劇術は進化している」ということについて述べています。

わたしはゲーテの原作小説(手紙文学)も、イースト・プレス社のまんが版もどちらも読んだのですが、圧倒的にマンガ版の方が奥が深くて面白かったです。

そのことは同じゲーテ『ファウスト』でも、メルヴィル『白鯨』でも同じことです。

なぜ著名な大文豪の原作小説よりも、マンガの方が奥が深いのか?

その謎に対する回答は、こう答える以外にありません。

「演出法は進化する。古い作品は演出において近代ものに「見せ方」においてかなわない。つまり物語は進化する。古い作品のスジは単純でひねりがなく、感情も単純。しかし進化したあとの物語は、複雑な感情をもった人物が、複雑な物語を生きている。だから原作小説よりも近代的な脚色を施したマンガ版の方が思想的にも深く、読んで面白いものになっているのだ」と。

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思想は深まっているし、作劇術は進化している

さて、ゲーテの原作小説も、イースト・プレス社のまんが版もどちらも読んだからこそ言える結論です。

この面白さが、原作そのものによるものか、それとも漫画ならではの演出、再構成、脚色によるものか?

答えは、漫画ならではの演出、再構成、脚色によるものでした。やっぱり思想は深まっているし、作劇術は進化しているのです。

新しいものは、古いものを凌駕していくのです。それは人間の心を扱った文学という分野であっても、同じです。

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原作にはこんな演出はない、原作はもっと浅い

というわけで、ここからは基本的にはイースト・プレス社のまんが版をベースに『若きウェルテルの悩み』を解説していきます。ゲーテの原作小説(手紙文学)については、原作にはこんな演出はない、原作はもっと浅い、といった感じでしか登場しませんのであしからず。

『若きウェルテルの悩み』とは現実にうまく適応できず、青春がはなつエネルギーを、おのれの内側にしか向けられない青年の苦悩の物語でした。

人妻(婚約者がいる女)に恋する若者ウェルテルの物語が、友人ウィルヘルムに向けた手紙の中で、ウェルテルの悩みが展開されていきます。

物語のスジはあんがい単純です。

物語のあらすじを紹介することについて

ウェルテルが恋したロッテという女性にはすでに婚約者がいました。しかしそれでも恋慕やみがたくロッテに近づくウェルテルに、やがて人妻となったロッテは一線を引こうとします。ウェルテルは、悩みの果てに自殺してしまうというストーリーです。

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恋の果てに自殺する人たちの物語

ウェルテルは自分自身をもてあましています。狂気のような感情、次第に自分の感情に手が付けられなくなっていきます。それこそが恋でした。

若い自負心こそあるものの、愛するロッテとその婚約者のライバルというべきアルベルトには、友だちのように遇されています。

まだ婚約者がいるという段階のときは苦悩も深くありませんでした。しかしロッテが人妻となると、いっきに苦悩が深まります。

「楽しかったときはとうに過ぎた。、胸が苦しい。息を吐くのも苦しい」

ウェルテルはあえぎます。あたたかい歓喜も、あふれていた思いも、今や僕を苦しめるだけのものになってしまいました。

人は落差に苦しみます。幸せな時代があったからこその苦悩でした。でもだからといって知らなければよかったのでしょうか。

自殺を認めないロッテの夫アルベルトの心にウェルテルは反発します。不幸に打ちのめされ耐えられなくなった者の気持ちがわからない男のことを狭量だと断じて「アルベルトは本当にロッテを理解し得る人間なのか?」と疑問を抱くのです。

恋をしたウェルテルにとって、身の回りのすべてがただロッテとの関係だけで意味をもってきます。だが彼女は他人のものなのです。

ロッテを知らなければ苦悩もありませんでした。そしてウェルテルは生きながらえることができたでしょう。でもそんな生き方がよかったのかどうか。それは誰にもわかりません。人それぞれ答えがあるでしょう。ウェルテルに、知らなければよかったという後悔はありませんでした。ただ、出会ってしまいました。知ってしまいました。そして恋の激情の波に流されていきます。

「僕が誇れるのは相手あってこそ、光あってこそのものだったんだ。その光を僕は失ってしまった……」

「なんという空隙だろう。楽しかった過去だけが僕の空白を押し広げていく」

恋する人がよろこぶのを見て自分もよろこぶ、恋する人が悲しむのを見て自分も悲しむ。恋する人が楽しんでいるから自分も楽しい……そういうプロセスを経て自分が成立する状態になると、恋する人を失った時、自分の感情が空虚なものだと感じてしまいます。

多くの人はここで自分の感情は自分だけのものだと知り、大人になっていくのですが、そうならない人がいます。そうなりたくない人がいます。

そんなとき、ウェルテルの身の回りに身につまされる事件が起こります。未亡人の女主人に恋した下男が、恋のあまりに暴行事件を起こすのです。まさにその事件を自分のことのようにウェルテルは感じました。

「こんなことが許されるはずがない。誰も彼女に近づけさせるものか。このままただではすまさん」

恋のために暴発した下男の行動を、ウェルテルは自分のもののように感じて彼を弁護します。愛する人への執着、その真摯な激情を、ウェルテルはひどく喜びました。

しかしウェルテルには下男を守ることができませんでした。下男は罰せられます。

「人間の存在なんて何でもない。そろいもそろって救われない」

ウェルテルはむなしくなります。自分の気持ちは世の中で認められないだろうことが見えたからでした。

「僕はここを去らねばならないだろうな」

そんなことを口にしはじめます。ただ生きているだけの老人のように、涙だけが流れ続けます。

アルベルトも妻に言い寄るウェルテルを遠ざけるようにロッテに言います。間男を家に招待するバカ者はいません。旦那としては当然の対応ですね。

「やることはもう決めたんだ。僕も……あの燃えつきるような情熱を取り戻すんだ。彼女を……永遠に僕のものに……!」

ロッテから親しい関係を拒絶されるようになると、ウェルテルの自殺への決意はたしかなものになっていきます。アルベルトとロッテと自分、三人のうちで一人が去らなければならないとしたら、それは自分だ、と。

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イースト・プレス社のまんが版での進化した演出法

マンガ版には、嵐の一夜に、心のたたかいに打ち勝って、敗者ではなく勝者として自殺するという設定が新たに付け加えられています。この設定が決定的だと感じました。

あたかも『白鯨』で「恐怖で凍り付く心。恐怖を知らぬものは愚か者だ。「でもなあ…お前なんか恐くねえぞバカヤロォーー!!」啖呵を切るイシュメルが決定的であるように。(原作にこんなセリフはありません)

あたかも『ファウスト』で「ホムンクルスが生命となる場所は、すべてを破壊せんばかりの荒々しいエネルギーで満ち溢れていた。人はみな孤独なのだ。あてのない闇の中で、孤独の苦しさに耐えられず、自分の存在を確かめたくて、誰かとのつながりを求める。宇宙は孤独なのだ。無限の闇に怯えているのだ。不安をかき消す光を求め、星を産み、生命を育んだ。光を求めて生命は産み落とされた。我らは希望を生み出す可能性を持って生まれた」という宇宙観が決定的であるように(原作にこんな宇宙観はありません)

心に吹き荒れた嵐。狂気の風。荒れ狂う憎悪。そして愛。

僕の中の狂気の風の隙間から、かすかに残っていた僕の正気のひとかけらに。昔の思い出が温かく差し込んできた。やさしい思い出が……。

今日、殺らなくちゃだめなんだ……。

誰を?

アルベルトを殺そうと、ロッテを殺そうと、自分自身を殺そうと、ウェルテルは悩みます。

僕の心はすんでのところで別の方角に傾いた。そして祈りと、ありとあらゆる感情が一緒くたになって轟轟と僕の中に吹き荒れた。

僕は……耐えた……そうして……

夜明けを迎えた。

ああ。そうか……勝ったんだ。

雪山にのぼる朝陽。

きれいだな……

ウィルヘルム本当にすまない。僕は自分の最後の役目を果たさなければならない……。僕はだれも傷つけずに済むようにこの舞台から去る。

はっきりしていることがある。憎しみも愛情も僕の自然なんだ。ぼくにはもう次の嵐を切り抜けられる力はない。

だがね。これは絶望ではない。あの一夜を戦い通した、頑張り抜いたという安心から、それを成し遂げるんだ。

さて……そして、銃声。

ゲーテの原作小説にも「おそろしい一夜」はあるのですが「ぼくは勝ったのだ」という述懐はありません。

心のたたかいに勝って死ぬというところが、イースト・プレス社のまんが版の深いところです。

やはり物語は、演出法は、進化するということでしょう。

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恋する者の問いかけに、誰も答えることはできない

なぜ僕じゃなく、彼なんだ……。

恋する男の問いに、誰も答えることができません。

ロッテを失ってしまえば、この世に何も残らないウェルテル。

ウェルテルはロッテファミリーに「旅行に行くので護身用のピストルを貸してほしい」と申し出ます。

ロッテはウェルテルが自殺すると想像できていましたが、ピストルを渡しました。

そのピストルでウェルテルは死ぬのです。

ウェルテル。君の輝かしい青春、そして爆薬のような青春が君を打ち砕き滅ぼしたのか。心やさしき友よ。僕はただ軋むように寂しいよ。

マンガ版があまりにもよかったので、そちらベースで解説してしまいました。

ゲーテ版の方は、もっと薄っぺらい感じがします。ただ苦悩して、自殺する若者です。ゲーテの時代には斬新な設定、新鮮なテーマだったのかもしれませんが、現代の私たちには古典的で陳腐な内容に見えてしまうのです。進化した物語、進化した演出法を体験しているからです。

ゲーテ原作のウェルテルは、絶望して死んでしまうだけの人物です。しかしマンガの方は「ぼくは絶望に、闇に勝ったのだ」というみごとな朝を迎えて、暗闇に二度と負けないようにと死を選びます。

どちらが深いかは、議論の余地がないでしょう。

あなたも眠れない夜に、いろいろ考えることはありませんか? 朝が来るのをひたすら耐えて待つというあの恐ろしい夜を経験したことがないでしょうか?

古典文学がマンガで脚色されたとき、とてつもなく面白くなっていることがあります。

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』ゲーテの時代には斬新な設定、新鮮なテーマだったのかもしれませんが、現代の私たちには古典的で陳腐な内容に見えてしまうのです。それは進化した物語、進化した演出法をわたしたちが体験しているからです。

やはり物語は、演出法は、進化するということでしょう。思想は深まっているし、作劇術は進化しているのです。

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
小説『結婚』: 愛とは? 結婚とは?
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小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
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Amazon.co.jp: 片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? eBook : アリクラハルト: 本
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アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

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瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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