ゲーテ『ファウスト』

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名作小説を漫画化した時に、とてつもなく面白くなっている時がある。この面白さは原作の力なのか、それとも漫画ならではの演出、再構成、脚色によるものか?

こんにちは、ハルト@sasurainorunnerです。

ここではイースト・プレス社のまんが読破シリーズ。ゲーテの「ファウスト」について述べています。

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的中するかごっこ。執筆動機は、面白さの核が小説にあるのか、漫画にあるのか探るため

白鯨につづく第二段である。

メルヴィル『白鯨』
ここではメルヴィル『白鯨』について述べています。 イースト・プレス社に「まんがで読破」シリーズがある。ふと手にして読んでみたのだが、これがものすごくおもしろかったので紹介する。 かつて活字で読破を挫折した『白鯨』を漫画で読む...

この漫画もとてつもなく名作だと思った。すごく面白かったのだ。

執筆動機も前回と同じ。

この面白さが、原作そのものによるものか、それとも漫画ならではの演出、再構成、脚色によるものか、ということを明らかにするため、である。

実際の原作はまだ読んでいない。(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲を読みました!)

しかし漫画版だけ読んで「これは原作にない、漫画ならではの脚色だろう」と予想することが、本稿の趣旨である。

ファウストは読んでいなくても、他の小説や漫画をたくさん読んできた結果、どちらの演出か、当てることができると思っている。その的中率に自信がある。

的中するかゴッコ、をブログでやってしまおうというわけだ。

作劇術は進化しているはずだ。

作品冒頭をショッキングなシーンや謎で演出して、読者のハートを鷲掴みにするような手法は、古い小説群には見られないものだ。

省略することで良作になることもある。名画の何も書かれていない空白が、書かれている部分と同じぐらい必要であるように。

作品のパーツを並び替えることで、名作になることもある。

それを想像して書くのが本稿だ。

いつか原作を読んで、答え合わせをしたいと思っている。

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人生を賭けて挑戦した宇宙の真理、生命の神秘。しかし失敗した

博士(ドクトル)の称号を得た置いたファウストだが、浮かない顔をしている。

いかに大知識人のように称賛されても、ファウストは「自分が本当に知りたかったことは何一つ知りえていない」と絶望しているのだ。

本当に知りたかったこととは、宇宙の真理生命の神秘

挑戦しなかったわけではない。人生を賭けて挑戦していた。

地下の秘密研究所には人工生命ホムンクルスが培養されていた。彼は錬金術に手を染めていたのだ。

しかし失敗した。

すべてを学究に費やし、愛する女性も親友も仲間もいない。そして老齢になってしまった。

人を愛する喜びも、楽しさも知らず、その哀しみや怒りを語れる友もいない。

得たものは感情も肉体もない生命と呼ぶにはほど遠いホムンクルスだけだった。

自分の人生は失敗だった。この先の人生に希望はない。

ファウストは絶望し、毒を仰いで死のうとする。そこに「すべてを否定する霊メフィスト(メフィストフェレス)」が現れるのだった。

メフィスト「人生、やり直したくないか?」「博士が死んだ時でいい…魂が欲しい」

博士は同意し、契約が成立した。

おそらく原作小説もこのような展開をとっているのだろうと予想している。

細部を省くことで面白さの核心に一直線に進んで読者の興味を失わせない漫画ならではの演出が一部あるかもしれない。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲も同様の展開です)

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ジェットコースター的展開。これは漫画ならではの演出だろう

若返ったファウストは、さっそくマルガレーテと出会い、恋をする。

現実だと独り身のうじうじとした時間が長く続きそうだが、物語っていうのはタイミングがつくるものなのだ。若返ったその日のうちに恋する。それでいい。

翌日にはマルガレーテをデートに誘い、寝てしまう。

展開、はやいね。しかし冗漫なのは退屈で読者が離れていっちゃうから、これでいいんだと私は思う。

しかし原作文学がへたに「人間を描こう」的野心にあふれた大河作品だったりすると、若返ったって人間の本性はそう簡単に変わらないのが真実だから、真実に忠実なあまり「成長過程」をそろりそろりと描いたりして読者を飽きさせてしまったりするのである。

こういうところが文学の欠点で、漫画の長所だったりする。だから漫画は世界に広まったのだ。

さらに急展開なことに、マルガレーテがファウストとイチャイチャしている時に、彼女の母が死ぬ(笑)。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲によると、母親にデートの邪魔をされないように睡眠薬を飲ませる。ところがこれが毒薬で母親が死んでしまうのだ)

物語っていうのはタイミングがつくるものなのだ(汗)。

母の看病を忘れて男と会っていたと聞いたマルガレーテの兄は怒りのあまりメフィストに切りかかるが、メフィストの悪魔の力で返り討ちにあってしまう。

マルガレーテはファウストと知り合った後、立て続けに母と兄を失ってしまったのだ。

悪魔の力を借りた自分と知り合いさえしなければ、彼女は不幸にならなかったのではないか。

ワルプルギスの夜、絶望したファウストを、メフィストはブロッケンの山に連れ出す。

ファウスト ─まんがで読破─

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ホムンクルスが命の祖となり、ファウストがファーザーとなるのは漫画の演出だろう

ブロッケンの山でメフィストが狙う魂が、どうしてファウストなのかが明かされる。

宇宙の真理、生命の神秘、それは神の領域である。

ホムンクルスをつくることで神の領域にまで踏み入った魂、ファウストがしたことは悪魔のなしえなかったことでもあるのだ。その偉大な魂が欲しいとメフィストは言う。他の人じゃダメなんだ。

「悪魔も昔は神だったのだ。神話も神も人が創造したものなのだ」とは悪魔の言葉である。キリスト教的な世界観から見ればまさしく悪魔の言葉である。

だが現代を生きる我々には、それほど大それた言葉には聞こえない。

魔法の鏡に映ったマルガレーテは牢獄に繋がれていた。母親殺しの罪、そして嬰児殺しの罪で。

悪魔の力で牢獄へ飛ぶが、彼女は狂っていた。

「あなたを愛しています。それが裁きを受けることになるのなら…それでもいい…」

過去の命では知らなかった愛する人との別れだ。ファウストは絶望のあまり、毒を仰ぐ。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲によると、ファウストが絶望して毒を仰ぐシーンはありません。むしろゲーテの戯曲は、近代物語の感情ラインを逸脱して、世界一の美女ヘレナや、スフィンクスが登場します。漫画版では一切省略されています。当然の選択だと思います。ゲーテがどうしてケンタウロスのケイロンや、セレイネス(セイレーン)を登場させて延々と会話させたのか、意図がわかりませんしいていえばファウストの愛読書は「ホメロス」という設定になっています

生と死のはざまでファウストは夢を見る。彼が作った人工生命ホムンクルスの夢をみるのである。

「僕は…感謝しています。この世に生まれたことを。僕を産んでくれてありがとう。父よ」

ホムンクルスにとってはファウストは父なる神のような存在であった。

ホムンクルスは原始の地球の海の中に飛び込む。そこで完全な生命体となる夢を叶えようとするのだ。

おそらく…

これは漫画の脚色だろうと確信している。

原作にはないシーンであろう。

原始の海で有機物のスープから命が誕生したなんていう科学は、ゲーテの時代にはなかった。

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宇宙の海はおれの海。我が青春のアルカディア

死を体験した中でよみがえったファウストは生命の神秘にたどり着いた。ホムンクルスが生命となる場所は、すべてを破壊せんばかりの荒々しいエネルギーで満ち溢れていた。

生命とはこの宇宙を動かすエネルギーの集約した姿だったのだ。

死んだマルガレーテの分も、生きようとファウストは決意する。

天地創造が神々の専売特許でないことを示すため、まちづくりを手掛ける。

だんだんアンチクリスト、ルネッサンス的ゲーテが物語に出てくる。

メフィストは石油を掘り当てて、その代償にファウストは領地をもらう。

街の名はアルカディア。楽園をつくろうとしたのだった。

政治家ゲーテの姿も物語に出てくる。

ところが恩人の皇帝が逃げ込んできたことが切っ掛けでアルカディアは戦争に巻き込まれてしまう。

軍隊はメフィストの死者の軍団に壊滅させられる。

「ひれ伏す必要はない…。愚かな人間どもよ…。ただ哭け!」

おそらく…

原作も、こんな展開なのでしょう(笑)。ただメフィストの悪魔らしいセリフやおぞましい死者の軍団は漫画の脚色だと思います。カッコよすぎるもの。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲には、現実の戦争と、ファウストが皇帝から土地をもらって街づくりをするというシーンが本当にありました。しかしやっぱり悪魔のカッコよさ、死者の軍団なんていうマンガ的な要素は皆無です

小説家の書いた原作って、たいていこういう迫力あるビジュアルシーンってないんだよなあ、残念ながら。

ビジュアルシーンの必要性をひしと感じるのは作画家の方であり、原作者のほうではない。

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漫画版の結論。世界は闇。星は光。人は光。

悪魔の力を借りた代償としてファウストは盲目となってしまった。闇の中、ファウストは思う。

結局、人はみな孤独なのだ。あてのない闇の中で、孤独の苦しさに耐えられず、自分の存在を確かめたくて、誰かとのつながりを求める。

宇宙は孤独なのだ。無限の闇に怯えているのだ。不安をかき消す光を求め、星を産み、生命を育んだ。

形あるものは必ず滅びて朽ちるが…それはただ「在り方」が変わるだけだ。決してその存在が「無」となるわけじゃない。そう考えれば目に見えない意識や想い、精神、そういうものもやはり消えないんじゃないか。

この宇宙に神のための聖域などない。平伏している場合ではない。もはや祈る時も終わった。闇の中を力強く歩こう。

光を求めて生命は産み落とされた。我らは希望を生み出す可能性を持って生まれた。

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宇宙観まで到達しないと、真理を描いたことにはならない(ドラクエ的な結論)

世界は闇。星は光。人は光。光は消えない。ただ在り方が変わるだけ。すばらしい結論です。感動しました。この結論がものすごくよく出来ているから、本稿を書こうと思ったわけです。

宇宙観まで到達しないと、真理を描いたことにはならないと私ハルトは思っています。

しかしおそらく…

原作は、こういう結論じゃないと思うなあ。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲を読みました。やっぱりそういう結論ではありませんでした。ホムンクルスが登場するのですが、マンガ版ほど重要な役割をもって登場するわけではありません。漫画版の圧倒的な飛躍、解釈に頭がさがる思いです。文豪ゲーテの原作を超えた作品だと思います。それなのにプロンプター(脚本家)の表示もないなんて……)

エッセンスとしては存在しているだろうが、こういう結論を「もっと光を!」と言って1832年に死んだゲーテにはおそらく書けない。

現代の私たちが普通に目にする「青い地球」(宇宙から地球を眺めた写真)は「地球は青かった」1961年のガガーリン以前には絵を含めて存在していないのである。

大地や海や空は描けても、宇宙の暗闇や孤独まで書くことはゲーテには無理じゃないかな、と思うため、原作はもっと違うものだろうと予想するのです。

「宇宙の闇、孤独、不安をかき消す光として、星と、そのエネルギーを集約した生命がうまれた」

ここまで明快な結論は原作小説には書いていないだろうと私は確信しています。

漫画ではファウストの魂はメフィストに取られていないが、これも漫画的なハッピーエンドではないかと想像します。

原作では魂を悪魔にとられて、アンハッピーエンドな気がする。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲を読みました。ファウストの魂は、悪魔が奪う前に、天使によって救い出されるといういちおうのハッピーエンドでした)

錬金術は等価交換が原則です。いい目をあったぶんだけ、悪い目にもあうのではないか。

キリスト教的道徳が支配した時代にサヨナラして、人間性の解放に向かうようなエンディングになっているのは原作のエッセンスだと思う。

宇宙の真理、生命の神秘、とたった二言で語るほど、原作は明快ではないだろう。

漫画では「宇宙観」で作品を締めているが、原作はそうではあるまい。

たぶんダラダラともっと続いていくだろうと想像している。

やはり漫画の演出があってこそ面白く読めたのだと思う。

さて、予想はできた。

原作を読むのが本当に楽しみだ。きっと漫画とは違ったかたちで面白いだろうし、予想と答え合わせをするのが楽しみである。

それはいつか別の稿で書くつもりです。

(2021年9月追記。ゲーテの原作戯曲を読みました。ゲーテのファウストは自由な街での暮らし、生活の瞬間に「(時間よ)とまれ、お前はいかにも美しい」と契約の言葉を言って死んでいきます。恋に生きたウェルテルのようにではなく、老人として政治家として死にます。

それに対してメフィストフェレスは「過ぎ去ったのと、何もないのとは、同じことではないか。いったい永遠の創造に何の意味がある。過ぎ去った? もとからなかったのと同じことじゃないか。永遠の虚無の方がけっこうだ」

と有名なセリフを吐くのですが……

やはり圧倒的にマンガ版の脚本の方がよくできていると思います。

このイースト・プレス社のまんが読破シリーズ。ゲーテの「ファウスト」ですが、原作戯曲を読むための導入のための簡略版ではなく、まったくあたらしい設定だけ借りた別の作品として読むことができます。

そして有名なゲーテの原作はすばらしく、マンガは浅いと思っている人に、両方を耽読してもらいたいと思います。マンガ版の方が奥が深いので。

やはり……物語というのは、哲学というのは、進歩するものなのです。ナポレオンの同時代人のゲーテの物語力は現代の物語には及びません。生きる哲学も、やはり古めかしく、今のものには及ばないのです。

ファウスト ─まんがで読破─

 

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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