デューク更家ウォーキング体験記(イオンモールウォーキング)

マラソン・ランニング
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どうもハルトです。みなさん今日も元気に走っていますか?

みなさんは『デューク更家ウォーキング』というのをご存知でしょうか?

ウォーキングのインストラクターであるデューク更家氏が考案した、両手を頭の上で組んでクネクネ歩くスタイルが超有名な健康ウォーキングです。テレビなどで一度はご覧になったことがあるかもしれません。

無料でイオンモールウォーキングというのをやっていたので、参加してみました。巨大ショッピングモールのイオンが、お客様サービスのひとつとして、モールの中をウォーキングするというイベントです。

ここでは実際にどうだったのか、報告したいと思います。

またウォーキングなんていうありきたりのことをどうしてデューク更家さんだけがマネタイズできたのかについても詳しく検討しています。

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ランニングスキルの換金の方が、ウォーキングのマネタイズより容易なはずだ

わたしは市民ランナーのグランドスラムを達成しているランナーです。かつて雑誌『ランナーズ』で執筆していたこともあるランニングライターであり、身体を使うことに関してはど素人ではありません。

肉体を改造して速く走る王道に対して、意識改革によって速く走れる方法を提唱しています。

書籍『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』まえがき
ヘルメスの靴のように、神さまからもらった宙に浮くための装置が、あなたの足には備わっているのです。これからその使い方を教えます……といわれたら、本当に宙に浮くのか、走り出して試してみたいとは思いませんか? これらの表現は、入力ワードです。脳ミソから筋肉への指令が、生き生きとした表現によって活性化して伝わり、速く走ることができるようになります。

人に教えることができるようなランニングスキルをもっているのですが、しかしこの技術をお金に変えることができるかといったら難しいところです。

デューク更家さんはモナコ在住の超大金持ちとして知られています。ただ歩くことを見事に換金してしまったのです。こういうのをビジネス用語ではマネタイズに成功するといいます。

考えてみてください。他人と差がつきやすく、マラソン大会などでタイムを競い合っているランニングの方がスキルの習得意欲は高いはずです。ウォーキングよりもランニングの方がずっと換金できる可能性が高いと思いませんか?

ウォーキングなんて誰にでもできることだし、スキルを磨いて競いあうものでもないし、他人と差もつきませんよね? そんなものをどうやって換金し、大金持ちになれるというのでしょうか。

ほとんど無理ゲーです。この謎を解き明かしたいというのが動機のひとつでした。

ウォーキングがどうしてマネタイズできるのか? その謎は記事を最後まで読んでいただければわかります。

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「歩行術。ヒールストライクウォーキング」の筆者だから

わたしはランニングのテクニックを援用した「歩行術」についてのコラムを書いています。内容は、ランニングとウォーキングの違いを通じて効率的な歩行術を追求したものです。

宙に浮くのが前提のランニングが「前足部着地」するのに対して、浮遊しない前提のウォーキングは膝を伸ばして「カカト着地」しなければストライドが稼げない、という内容です。

興味のある方はこちらをご覧ください。

歩行術。ヒールストライクウォーキングのテクニック
いつかある日、歩けなくなる日が来たら、この人生の旅も終わりだと思っています。 旅するとは歩くことだとすれば、生きるとは歩くことなのかもしれません。 生きている限り歩くことに、無関心ではいられません。

またわたしは放浪の旅人です。「旅するとは歩くこと」「生きるとは歩くこと」だと考えており、ウォーキングレッスンに無関心ではいられないのです。

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ノルディックウォーキングのマネタイズは難しいのに、デューク更家ウォーキングは成功している謎

デューク更家ウォーキングのテクニックはいろいろありますが、いちばん有名でインパクトが大きいものは「両手を頭の上で組んで体をよじりながら歩く」クネクネウォーキングです。その姿を見ただけでも「こりゃ効くな、よく考えたな」というのがランニングライターの率直な感想です。

体の筋肉は繋がっています。連動し、連携しているのです。ランニングで腕を振れと指導するのは肩甲骨を通して背中と腰の筋肉につながっているためです。身体の後ろ側の筋肉を動かすと、反対側の対抗筋(腹側の腸腰筋)もつりあいをとろうとして動くのです。それが大腿骨を前に振り上げます。歯車を回すような運動がランニングです。

さて、デューク更家ウォーキングを実際にやってみた結果、本当に驚きました。その肉体的な効果は直感したとおりでした。効果は絶大です。

動かずに身体を伸ばす静的ストレッチではなく、身体を揺らしながら伸ばす動的ストレッチであるために、凝り固まった筋肉を無理なく伸ばすことができます。

「両手を頭の上で組んで体をよじりながら歩く」クネクネウォーキングのカナメは肩甲骨にあります。肩甲骨周りには褐色脂肪細胞という発熱細胞があり、ダイエットにも効果的です。

また事務職のサラリーマンなどをやっていると日常生活の中で二の腕を真上に上げる機会は滅多になく、それが四十肩五十肩の原因です。中年以降は腕を真上に上げるというだけで新鮮なポーズだといえるでしょう。

理にかなったポーズで運動させている。それは確かです。でも「理にかなったポーズで運動させている」ことだけが、マネタイズに成功した原因だとは思えません。

たとえばノルディックウォーキングというウォーキング法があります。ノルディックウォーキングだって「理にかなったポーズで運動させている」に違いありませんが、インストラクターがモナコ在住の大金持ちだなんて聞いたことがありませんよね。ノルディックウォーキングのイントラに聞いたところ、アルバイトしないと生活できない程度の収入しか得られないそうです。

ノルディックウォーキングのインストラクターで生計が立てられるか(実践編)
わたしたち人間はときどき原初の生き物だった頃の名残が発動するときがないでしょうか。四足歩行もかつて人間が四つ足だったころの遺伝子の記憶がそれを「快」としているのかもしれません。ノルディックウォーキングをすると、かつて両手もつかって歩いていたときに使っていた脳の部位がよろこんでいるのがわかります。

いったい何が違うのでしょうか。どうしてノルディックウォーキングのマネタイズは難しく、デューク更家ウォーキングはマネタイズに成功しているのでしょう。

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他とは全然違うノウハウを提供するという価値がある

デューク更家さん本人の魅力ということも、もちろんあると思います。

レッスンを受けてみたら「近寄りがたい雰囲気のモナコの男爵」というようなところは全然なく「気さくな関西のおっちゃん」という感じでした。「最近よく勉強してウォーキング理論を最新のものに改めました。これまで僕が教えてきたことは間違ってた」なんて平気の平左で言うからズッコケそうになりました。おっさん、間違ってた理論でモナコまで行ったのか(笑)。

しかし何よりも驚いたのはそういうことではありません。よくまあここまで「人と違うことをやった」なあとわたしは感心したのです。

いわゆる普通のウォーキングとは全然違うことをやっています。

たとえばわたしの「アトムのジェット走法」というのは、足裏からジェットエンジンが噴出しているイメージで膝を曲げて足裏が真後ろから見えるまで曲げるいう走法ですが、足の遅い人のジョギング走法とメチャクチャ違うというわけではありません。実践すれば確実に速く走れますが、見た目はほんのわずかな違いです。

「踵落としを効果的に決める・走法」「ヤジロベエ走法」も「ヘルメスの靴」も同じことです。

しかしデューク更家ウォーキングは、見た目から普通に歩くのとはぜんぜん違います。

夜中に前方からデューク更家ウォーキングをしている人が来たら「うわっ。やべえ奴が来た。近寄らないようにしよう」と道を譲ってしまうことは確実です。

「ストレッチをしながらウォーキングしている」という感じです。ヨガしながら歩いている感じです。それほど普通のウォーキングとは姿カタチが全く違います。

特別という価値があるから「ちょっとお金を払ってでも教えてもらおうかな」という気になるのです。

「ウォーキング・エクササイズメソッドをよくまあここまで他と差別化して作り上げたものだな」

わたしは感心しました。

ここまで人と違うことをやらないと、ただのウォーキングで有名になったり、大金持ちになることなんてまずできないでしょう。

誰がウォーキングを教えて生計がなりたつなんて考えますか? ウォーキングなんて教えられなくても誰でもやっていることなんですから。

あの人のレッスンを受けなきゃだめだと思わせる何かがなくてはならないはずです。

お金を払ってでも指導してもらいたくなる人の気持ちが体験していてなんとなくわかりました。なにせ他のウォーキングと全然違っていて、効果が確実なのですから。

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超高齢化社会にはウォーキングが求められている

もともとウォーキングはあまり激しくない運動なので、ランニングの世界の「疲労回復ジョギング」のような効果が期待できます。第二の心臓と呼ばれる足の裏が着地によって刺激されるので血液が循環して、歩くことで疲労するのではなく逆に元気になるのです。

年を取ったらとにかく歩くことです。人間、歩けなくなったらオシマイです。

ランニングは基本的にはフィジカルエリートのやる習慣であり、高齢者にはやはりウォーキングの方がお勧めです。「ランニングは骨粗しょう症に効果的」みたいなことは、そっくりそのままウォーキングに当てはまるはずですから。膝を痛めるようなリスクもウォーキングは小さく高齢者向きです。

デューク更家氏の経歴では、モデルへのウォーキング指導を手がけた後、一般向けのウォーキングレッスンを始めたそうです。もともとはモデル歩きという特殊なスキルを習得したうえで指導者になったのですね。

しかし業界のモデルさんは「両手を頭の上で組んで体をよじりながら歩く」クネクネウォーキングなんてしません。

自分で特別なウォーキング術を開発して、それをウォーキング講座、ウォーキングイベントなどで教えているのです。

その独自のウォーキングエクササイズメソッドを伝えるために弟子をとって教えています。公認インストラクターを養成しているのです。茶道の家元みたいな制度ですね。

私が最初に教わったのもデューク更家本人ではなくそのお弟子さんでした。

もちろんいくらかの指導料・公認料を徴収しているのでしょう。その公認の弟子がカルチャースクール、企業研修、イベント等への派遣されて、また人々を教化していくというわけです。

このシステムは非常によくできているなあと感じました。

でも誰でもできるウォーキングにどうしてインストラクターが必要なのか不思議に思いませんか?

たとえばわたしの「ハサミは両方に開かれる走法」というのは、走る時、後ろに蹴ることを意識しなくても膝を大きく前に突き出せば、まるでハサミが両方に開かれるように後ろ足は蹴ったようなフォームになっているから、後ろに蹴るよりも前に膝を突き出せ! という走法ですが、読んでもらえれば理論の真髄はつかめると思います。

デューク更家さんのように「他の人の言わない特別なこと」を言っているとは思っていますが、なにもわたしに直接教えを乞うことはありません。実践しなければわからないというようなものではなく、インストラクターなんていらないのです。

しかしデューク更家ウォーキングはそうはなっていません。それはどうしてなのでしょうか?

ビデオや無料レッスンでやり方を学び、それを深夜や早朝のウォーキングで各自で実践するだけではだめなのでしょうか?

その謎のわたしなりの答えをお教えしましょう。

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お祭り的なイベントだから、みんなでワイワイ楽しく歩きたい

デューク更家ウォーキングは、わたしの『サブスリー養成講座』のように、本当は一人でも学べるものです。

無料レッスンで学んだことを、各自で実践すれば、何もお金を払ってまでデューク更家氏に直接教えを乞わなければならないものではありません。せいぜい健康維持が目的ならば、デューク氏のメソッドはベターではあってもマストの技術ではありません。

ならばどうして彼がカリスマインストラクターとして君臨することができたのでしょうか。

それはあのクネクネ運動が「ひとりでやるにはあまりにも恥ずかしいから」ということに尽きると思います。

私はデューク氏のウォーキングメソッドはすばらしいものがあると体感しました。非常によくできた、体のことをよく知っている人が考えた、とてもいい運動方法です。

しかし、だからといって、デューク更家ウォーキングを深夜に一人ではできません。あれを一人でやるのは恥ずかしすぎます。どうしても周囲の目が気になります(笑)。

あれはやはり大勢の人が集まってみんなでワイワイやるウォーキングだと思います。盆踊りみたいなものですね。阿波踊りを一人で深夜にやってごらんなさい。いっちゃってる人、変質者と間違えられますからね。

みんなで歩きたい。一人でやるのは恥ずかしすぎるから。

そういうタイプのお祭り的なイベントでした。集団でやるから指導者が必要なのです。

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「ひとりでやるには恥ずかしすぎるから」インスタクターが必要

集団がお祭りのリズムをとるためにもインストラクターが必要なのです。それを公認インストラクターが担っているのです。

そして大勢が一緒になって歩くというところが、集団の和こそ大事だとする日本人の性質にぴったりと合うために、各地で招聘されて、みんなで一緒に歩いているのでしょう。地元の祭りや、会社の新人研修なんかに喜ばれそうですよね。

誰にでもできる健康にいいことを、他者とは全然違うノウハウで、集団でやる。だからひろく受け入れられて、マネタイズできたのだと感じました。

デューク更家ウォーキング。チャンスがあったら、ぜひ一度トライしてみてください。あまりにも効果的でびっくりします。

そして「ひとりでやるには恥ずかしすぎるから」インストラクターが必要だとわたしがいった意味が理解できることでしょう。

(*ノωノ) ハズカシ……

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
小説『結婚』: 愛とは? 結婚とは?
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愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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