アパートの騒音・振動問題。一階(下の階)から二階(上の階)に走り回る子供の足音が響いてくる。「七歳までは神の子」

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波間に浮かぶボトルの手紙を、インターネットの海に流しました。

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受け取ってくれて、ありがとう。

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このページでは、私のアパート騒音問題について語っています。

アパートの足音が響いてうるさいという話しはよく聞く話しかもしれません。

でも普通それは上の階の足音が下の階に響いて、下に住む人が悩まされている問題です。

うちは逆。

私の場合、二階建てアパートの二階に住んでいます。

下の階から足音が響いてくるのです。

足音の主は、5歳と3歳の女の子らしい。

いや元気だねえ。がんばれ女の子。

しかし……いや、うるさすぎないか? 下から地獄の亡者が叩き鳴らすドラムのようにドンドンドンドン鳴り響いてくる。

ほとんど足音が全部響くと言って過言ではない。

おい、アパート。いったいこれはどうなっているんだ?

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【この記事を書いている人】

瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのサンダルマン・ハルトと申します。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。

初マラソンのホノルル4時間12分から防府読売2時間58分(グロス)まで、知恵と工夫で1時間15分もタイム短縮した頭脳派のランナー。市民ランナーの三冠王グランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。月間走行距離MAX600km。雑誌『ランナーズ』で数々の記事を執筆していた物書きです。「脳ミソでライバルに走り勝つことはできるか?」その答えを書いた書籍『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。

また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。

そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。江戸川左岸の撃墜王(自称)。スピードが目的、スピードがすべて。ロードバイクって凄いぜ!!

山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。

その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。インドネシア。マレーシア。ニュージーランド。タイ。ベトナム。カンボジア。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の27ケ国。パリとニューカレドニアを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。ソウル日本人学校出身の元帰国子女。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。

登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。

千葉県在住。夢の移住先はもう決まっています!!

※この稿の内容は以下のとおりです。

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アパートの下の階から足音振動が上の階まで響いてくる

アパートの足音が響いてうるさいという話しは聞いたことがあるかもしれません。

でもそれは上の階の足音に下の階の住人が悩まされていると想像していませんか?

実は私の場合、二階建ての二階に住んでいます。そうです。下の階から足音が響いてくるのです。

まさか、と思いますか?

事実です。下の階から足音が二階まで響いてくるのです。

一階の床からの振動が、柱を通じて上階に伝わってきます。

どっちかというと足音というより、足音の振動という方が正解。

下の階に住むのは若夫婦で、5歳と3歳の女の子がいます。

その女の子たちが走り回っているのです。女の子たちの足音が今日もドタバタ響き渡ります。

いやあ元気だなあ。今日も日本は平和です。ほのぼの……

ってそんなのんびりしたことを書きたいわけではない。

下の階ではロックンロールパーティーが毎日開催されているようだ。

尋常ではない振動が下から突き上げてくる。

あまりの足音の振動に同様のケースで悩む人はいないかと検索したところ、積和不動産のアパートではこのようなケースがままあるらしい。うちは積和不動産のアパートです。

以前はJA不動産が建築した軽量鉄骨二階建てアパートの二階に住んでいた。しかし一階の足音が響いてくるようなことはなかった。

両者とも軽量鉄骨造りなのだが、見た目のスペックでは計り知れない建築上の違いが両者にはあるのかもしれない。

あるいは騒音がなかった以前のアパートには、ただ単に下の階の住人が静かだっただけなのかもしれないが。

確かなのは以前のアパートには下の階に子どもが住んでいなかったことである。

子どもの足音がうるさいのだ。小さい子のはずなのだが、踵から床を叩くように着地するためドラムのような音がする。

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子どもは怪獣。ノイローゼになるレベルで奇声をあげて走り回る

今日もアパートに、下から突き上げるような足音振動が響き渡っている。

アパートの上階からの足音問題は常識で知っていた。

自分たちが下の階に迷惑かけないように、すり足生活をしていればいいだけかと思っていた。

しかしアパートの騒音・振動問題にはその逆もあったのである。

まさか下から騒音、振動が伝わってくるとは。

怪獣のような足音をのべつまくなしに響き渡らせているのは、下のフロアの5歳と3歳の子供たちである。

子どもは元気だ。びっくりするほど走り回る。そのこと自体は責められない。

【ゴスペル】走りつづけることの意味。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーだ
全力で走ればいい。走れなくなったら、立ち止まって、その場所でまた新しい何かを探せばいい。 走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。 走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。
【世界が美しく見える魔法】走るために生まれた
このブログが一編の小説だとすれば、このページは最終章、ラストに配置すべき、結論について書いています。退屈なケの日常を、わずかな時間で、パーティーに、お祭りに、クリスマスに変える魔法。それは走ること。走ることには魔法のような効果がある。走るために生まれたから

狭いアパートなのに、よくそんなに走れるなあ。すぐに何かにぶつかっちゃうだろうに。

外で走りなよ。公園とか。思う存分走れるよ。

よく毎日毎日飽きもせずに走れるなあ。

見慣れたものばかりで、興味深いものは何もなかろうに。

そう大人の私はそう思うのだが、大人の思惑とは一切関係なく、子どもは大声で奇声をあげて走り回っている。

気にしだしたらノイローゼになるレベルですべての足音が伝わってくる。

いや、参った。

道の駅で車中泊した時のことである。

朝、ベンチでコーヒーを飲んでいたら、5歳ぐらいの子供たちが建物の周りを走り回っていた。

もちろんトレーニングをしているわけではない。何かを追いかけているわけでも、何かから逃げているわけでもない。

何か目的があるわけではなく、ただ建物の周りを走り回っていた。

無目的に、建物の周りを何週もぐるぐるとただ走っている。

ただ走るのが楽しいらしい。

書籍『市民ランナーという走り方(グランドスラム養成講座)』まえがき
アスリートたちは「走っていない人を新たに走らせる」チカラをもっています。言葉の力で「走っていなかった人を走らせる」ことはできないものでしょうか? 走る魂が、禅の悟りの境地に近づくことが、本当の意味で生きることだと信じています。

それを見て、私はアパートの階の下の子供たちのことを思ったのである。

あの子たちも、こんな感じなのであろうか、と。

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子どもが走るのに悪意はない。苦情をいうだけムダ。理屈が通用する相手ではない。

アパートの下の階から響いてくる騒音、振動。その正体は小さな子供が走り回る足音である。

アパートの構造が問題なのか、下の階に住む人のモラルが問題なのか。

しかし子供が走り回るのに悪意はまったくないのだということが、他の子を観察してよくわかった。

走り回らないと足の裏が痒くてたまらないというように、走り回っている子がいる。

そういう子のひとりなのだろう、下の子は。

走らなければ大きな音はしないのだから、せめて歩いてくれれば、と思わないでもない。

しかし3歳の女の子に走るなと親がいくら言っても聞かせられまい。

っていうか、おれが親でも足裏が痒くてたまらない子が走るのを止めようとは思わない。自分がうるさいと思わない限りは。

走るのも成長のうちだ。脚の骨格筋が鍛えられて、丈夫な大人に成長するだろう。

自分に迷惑がかからなければ、むしろ子供には走り回ってもらいたいとすら思っている。

親がだす生活音ならば、直接苦情を言うか、アパートの管理会社に通報して間接的に苦情を伝えてもらうとか、手段はある。

しかし3歳の子供が相手では、苦情をいうだけムダなのではあるまいか。

「狭いアパートの中をそんなに走らなくてもいいんじゃないか? ちょっと歩けばすぐに突き当たるような狭いアパートの中、どうしてそこまで走る必要がある?」

もっともな理屈だ。しかし3歳の子供は、理屈が通用する相手ではない。

超フェミニストの私にパートナーのイロハは「下の子が女の子だからまだ許せるんじゃない?」などという。

たしかに男の子だったら殴っているかもしれない(ウソ)。

未来のいいオンナがカカト着地する音が、今日も二階まで伝わってくる。

陸上経験者としてはここはフォアフット着地に矯正したいところだねえ。

ヘルメスの靴。足についた宙に浮くためのバネ(足底アーチとアキレス腱)
ギリシア神話にはヘルメスという神様が出てきます。ヘルメスはハネが生えた靴を履いていて宙に浮くことができます。 ヘルメスの靴ほどではありませんが、人間の足にも二種類の宙に浮くためのバネが備えつけられています。 足底アーチと、アキレス腱です。
【フォアフット着地】長距離マラソンのフォアフット着地では、踵も前足部に遅れて接地する
ランニングというのは歯車がかみ合って回る機械のようなものです。フォアフット着地という意識(歯車)が、大腿骨を振り上げて膝を曲げて着地するという歯車を知らないうちに回してくれるのです。ランニングの歯車を回してくれるイグニッションキーとして、フォアフット着地があるのです。

そうすりゃ足音の騒音、振動も減るであろう。同時に彼女たちは足が速くなる。

ウィンウィンの取引のはずだが、そんな理屈が通用する相手ではないのだった。

三歳の子は。

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「七つまでは神のうち」神さまの叱咤激励のドラムだと解釈することにした

「七つまでは神のうち」という言葉がある。たましいが肉体に定着するのは七歳。それ以前は人ではない、という意味である。

動物とか、モノノケとか、人間ではないもっと原初のナニカなのだ。理屈が通じる相手ではない。

七歳までは神の子

七つ前は神のうち

など地方によって他にもいろいろな言い方がされる。

昔は医療が未発達だったため、よく7歳以前の幼子が死んだらしい。

この子はもう大丈夫だ、と言えるのは七歳を超えるまで成長した後だったらしい。七歳までは人間よりも神様に近い存在だったのだ。だからすぐに神さまのそばに召されてしまった。

七五三の祝いもそのような思想を反映しているらしい。

ケガレのない七歳以前の幼い子どもは、人と神との境界の存在である。私たち大人よりも神様に近い存在なのだ。

私は下の子たちの足音を「神さまの叱咤激励のドラム」だと解釈することにした。

怠惰に過ごしてんじゃねえよ、と応援のドラムを下から神様が鳴らしてくれているものと考えて自分を鼓舞している。

私が怠惰な日々を過ごしているとき、下から「神さまの叱咤激励のドラム」が打ち鳴らされる。

大地のドラムが響いてくる。

私はふっと我に返って、人生の諸問題に立ち向かう勇気を取り戻すのだ。

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効率的な仕事環境は無音状態か? 山を思えば人恋し、人を思えば山恋し

コロナ禍で在宅ワークが叫ばれている。

もし自宅アパートが私のように子どもの騒音振動で悩まされるような環境だった場合、はたして効率的な仕事は可能であろうか?

キビシイなあ、あなたはそう思うかもしれない。

しかし私は必ずしも無音状態がベストな仕事環境ではないと思っている。

近くに人の気配があった方が、仕事ははかどるのではないか。

いくらでも自宅で本を読めるのに図書館で読書している人たちは、最高の読書環境が自分の家ではないと思っているからに違いない。近くに人の気配があったほうが、仕事がはかどると思っているのだろう。

受験勉強時代、私は家で勉強せず、わざわざ予備校の自習室まで通って勉強していた。自宅だと怠けてしまうが、予備校の自習室なら他の受験生の目が私を勉強に向けてくれたのだ。

もちろん自宅よりもざわざわした環境だったが、自習室の方が勉強の効率が上がった。

山を思えば人恋し、人を思えば山恋し、である。

うるさいと静かな場所を願うが、まったく人の気配がない状態だと、人間は人を求めたくなる。

ないものねだりなのだ。

下の階から響いてくる小さな女の子のランニング音が、必ずしも私の仕事を邪魔するとは限らない。

相手は変わらない。変われるのは自分だけ

取り囲む環境を不満に思うのではなく、人を変えようとするのではなく、こちらの考え方、捉え方を変えよう。

二階に住む私たちの足音だって相当なものかもしれない。走ってこそいないが、こちらは大人だ。3歳児とは体重が違う。

私は部屋を歩くときも、すり足のフォアフット着地で歩くことにした。

箱根駅伝を走った走友会の後輩。体幹の筋肉を使ったフォアフット着地が強さの秘訣
走友会に所属すると思い知ることになります。上には上がいると。箱根駅伝を走った後輩は、ランニングシューズのアウトソールが小指球側が擦り切れていました。腰を痛めてオリンピックコースから引退したそうです。これは彼が体幹の筋肉を使って、フォアフット着地していたことを意味しています。

長年鍛えた得意中の得意技である。

みなさんは新しいアパートを選ぶとき、幼い子どものいる若夫婦が入りそうなアパートには入居しない方がいいかもしれません。

子どもは騒音モンスターです。老人の方が静かに過ごしてくれるでしょう。

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