【ゴスペル】走りつづけることの意味。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーだ

ランニング・マラソン・ダイエット
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波間に浮かぶボトルの手紙を、インターネットの海に流しました。

このメッセージをあなたが受け取ってくれたのは「奇跡」です。

受け取ってくれて、ありがとう。

当ページはリンクフリーです。

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ゲームをプレイしていると、関門突破ゲームはあっさりクリアできたら面白くないと思うことはありませんか?
敗戦が人生を深く味わいあるものにするのです。

勝てればいい。

しかしもしも負けたら、失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きることです。

力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つこと。

そこでしか見つけられない新しい何かを見つけること。

転んだ場所で何かを見つけたとき「ここに導かれていたのか」と思う瞬間が来るのです。

挫折を恐れて踏みとどまるのではなく、挫折さえも運命になると信じて、勇気をもって新しい世界に踏み出していくこと。
それが「走ることが私に教えてくれたこと」でした。

それが運命を生きることです。
全力で走ればいい。走れなくなったら、立ち止まって、その場所でまた新しい何かを探せばいい。

走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。

走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。

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【この記事を書いている人】

瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのサンダルマン・ハルトと申します。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。

ランニング雑誌『ランナーズ』の元執筆者。初マラソンのホノルル4時間12分から防府読売2時間58分(グロス)まで、知恵と工夫で1時間15分もタイム短縮した頭脳派のランナー。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。

そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。江戸川左岸の撃墜王(自称)。スピードが目的、スピードがすべて。ロードバイクって凄いぜ!!

山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。

その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。ソウル日本人学校出身の元帰国子女。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。

登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。

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弱いラスボスのゲームが面白くないように、人生の関門も楽勝だったら面白くない

ランニング以外の私の趣味はゲームです。とくにロールプレイングゲーム(RPG)が大好きで、ひとつの小説を読むような気持で物語性のあるゲームをプレーしています。
RPGにはラスボスというのがいます。
すこしづつ経験値をたくわえて成長していきながら、最後にはラスボスを倒すというのがゲームの目的です。

こういうところは市民マラソンの世界もひじょうに似ていると思います。
ジョギングからはじめて、すこしづつトレーニングを積んで成長していきながら、最後には自己ベストを更新して、強くなっていく自分を実感するというところが。

ところが長くRPGをやっていると、ときどきラスボスが弱すぎて、あっさりとクリアしてしまうことがあります。
……すると、なんだか面白くないんですよね。
弱い奴が相手だとラスボスの名前さえ、ろくに思い出せないことがあります。
こっぴどくやられていないから、全然記憶に残らないのです。
ラスボスよりも、むしろ途中で苦しめられた中ボスの方が、よほど印象に残っている場合があります。
人生ゲームとしては、これでは失敗作です。「学生時代は楽しくて輝いていたけれど、大人になったらつまらない人生」みたいだと思いませんか?

ラストの絶頂感、達成感あってこその人生、RPGだと思います。
全滅しちゃって「うおおオオ……マジか!」みたいな衝撃があった方が「リアルな感情」をあじわえます。
ギリギリまで、突破できないんじゃないかとヒヤヒヤした方が、ゲームとしても面白い。
あっさり勝っちゃうと、面白くありません。
これは実人生にも言えることなのではないでしょうか。

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すばらしい人生のために、難しい関門が存在する

「マラソンで3時間切り(サブスリー)」という関門突破ゲームに、かつて私は挑戦していました。


過去、3時間数秒(あと10秒縮めればサブスリー)いうレースを2回も経験しています。
ゲームでいえば、あと一撃でラスボスを倒せたのに、ぎりぎりのところでこちらのHP(ヒットポイント)が尽きたという惜しい状態です。

そのときは死ぬほど悔しかったです。勝負レースは年に1回ですので、これは3年にわたって悔しい思いをし続けたことを意味します。
https://arikura.com/main-race/

月間600km走ったのもこの時期です。大雨の日や休養日もありますから一日30kmぐらい走らないと、この数字は達成できません。
まさに「走るために生きている」という時代でした。もはや仕事どころじゃありません。職場には「カラダを休めに行っている」という状態でした。ああ、走るためにおれは生まれたんだなあ、と実感したのもこの頃です。
https://arikura.com/born-to-run/

もう走ること以外は考えていない、という状態です。受験に失敗した浪人生のようなものです。よほど突破したかったんでしょうね。このサブスリーという関門を。

そう、私は何としても、この関門突破ゲームをクリアしたかったのです。そのために編み出したのが本書でご紹介している数々の走法なのです。


速く走るための技術『踵落としを効果的に決める・走法』
『効率的なランニングのメソッド』は、『かかと落としの効果的なきめ方』を考えることで見えてきます。『かかと落とし走法』とは、振り出した前足を空中をひと掻きして戻してきて、スピードが乗った状態で着地する走法です。その方が地面に加えるエネルギーが大きいことがわかると思います。『かかと落としの効果的なきめ方』の理屈と同じです。

スピード練習しなければ、スピードにふさわしいフォームは身につかない。動的バランス走法
体ごと体重を前に投げ出して、普通だったら倒れるものを、足を送ることでギリギリのバランスで支える。前に進んでいないとフォームを維持できないフォーム。これを「動的バランス走法」と呼んでいます。

逆説のランニング。ストライド走法の極意「ハサミは両方に開かれる走法」
ストライド走法では、地面を蹴るのではなく、宙に振り出した方の脚に意識を向けます。 片方の脚を意識するだけで、結果として両方の脚を動かすことができます。 なぜならハサミは両方に開かれるからです。

走りの技術。ヤジロベエ走法(旧名・天秤走法)。腰椎の一点で上半身のバランスをとる走法
ヤジロベエ走法とは、腰の筋肉を緩めて、腸腰筋を力強く使うための走法のことです。

戦闘速度のフォーム。「ヤジロベエ走法」(天秤走法)+「ハサミは両方に開かれる走法」
「天秤走法」とは脊柱を直立・中立させて、支柱前後の筋肉を交互にピストン運動させる走法のことです。「ハサミは両方に開かれる走法」と組わせると、必殺走法が完成します。

惚れた女に振られた男のようなものです。何としても、関門を突破したかった。

サブスリーのためならドーピングも辞さずと思っていたのもこの時期です。筋肉増強剤のようなものが手近に簡単に手に入っていたら、迷わず使っていたと思います。身近になかったためにやりませんでしたが……

食事も変えました。
肉をやめて、ベジタリアンになったのです。
ときどき癌から生還した人がベジタリアンになったりしますが、私はサブスリーのためにベジタリアンになりました。よほど思いつめてことだとわかっていただけるでしょうか。

効率の良い走りを追求し、身体でクリアできないのならば、脳ミソをつかって、頭脳でクリアしてやろうと思っていました。
カラダで勝てないのならアタマで、フィジカルで勝てないのならメンタルで、関門ゲームを突破すると決意したのです。

この書の柱のひとつはマラソンを速く効率的に走るための方法を教える『サブスリー養成講座』なのですが、世の中には私よりもマラソンが速く走れる人はたくさんいます。けれど自分ほどマラソンについて語れる人はそうはいないと思っています。
その自信は、ギリギリで関門突破できなかった3年間の思いつめた日々が私にくれたものです。

はじめから痩せている人は、どうダイエットすればいいのか語る資格はありません。
はじめから走るのが速い人は、どうすれば速く走れるようになるのか厳密には語れません。速く走れるようになる「変化」を経験していないからです。そのダイナミックな変化を語れるのは、やはり変化を経験した者だけでしょう。

初マラソンであっさりサブスリーを達成しちゃうような人よりも、私は何かを知っているし、何かを語れると思っています。
だからこそこの書は書く価値があると信じているのです。
それはサブスリーをほんの数秒で達成できなかった3年間があってこそなのです。
サブスリーを達成できなかった2回のレースは「敗戦」です。
けれどもよく覚えています。たくさんの「感情」をくれたから。
『敗戦が人生を深く味わいあるものにする』というのは、そういう意味です。
勝ってばかりじゃ、面白くないと思いませんか?

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失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きること

私のこれまでの人生の中で、運命に導かれてここにいるのかな、と思った瞬間がいくつかあります。
みなさんにはそういうことがありましたか。そしてそれはどのような瞬間だったでしょうか?
たとえばこの書物は、走ることの素晴らしさを伝えて、みなさんに走ることをすすめるものですが、元を正せば、『挫折』が出発点でした。
挫折という本来は望んでいない状況・事態の中で見つけたものが、今、私の人生に欠かせない柱になっています。
そしてそこに私は運命を感じています。

運命に導かれるような生き方とは、挫折した時に、力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つことです。
逆風に流されて、別の道に迷い込んだら、逆境にあらがって元の道に戻ろうとするのではなく、その道をそのまま進んで、そこでしか見つけられない新しい何かを見つけることです。
失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが運命を生きることになります。
前提条件を変えて生きるのです。

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失意の場所でこれまでにはなかった何かを見つけること。それが運命を生きる生き方

失意の場所でこれまでにはなかった何かを見つけること。
敗北した場所で、新しい何かを掴み、幸せを感じること、それが運命を生きるということです。
力づくで元の場所に戻る人もいます。そういう人は「運命なんてものはない。人生は自分の力で切り開いていくものだ」というでしょう。
しかし「これが私の運命だった。私は、天命に従う」という人もいます。私のいう「運命に導かれる生き方」をしている人です。
私は失意の場所から新しい旅に出るタイプでした。

その方が力を抜いて生きていくことができます。
そして失意の場所にこそ自分の生きがいがありました。
神様が「お前はこうしなさい」と言っているのに、弱い人間が強引に元の道に戻ったところで、祝福を受けた人生を歩めるのか、はなはだ疑問に思います。
だいたい、ひとりの人間が力づくで勝ち取れる運命なんて、たかが知れています。
人生というものは想像もつかないものです。
戦争に巻き込まれたり、災害に遭ったり、愛する人を失ったり。自分の意思だけではどうにもならないものです。

そこで人生に失敗したと思うか、そこでこれまでとは違う全く新しい自分を再生して、違う何かを掴み取るか。
転んでもただでは起きぬ精神が、運命を生きることになるのです。
転んだ場所で何かを見つけたとき、ここに導かれていたのかと思う瞬間が来るのです。

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人生、そんなに悪くない

この書物は、ランニングの素晴らしさを伝えて、ひとりでも多くの人が明日から走りはじめてくれるように書いています。
そしてRPGにおけるラスボスとして、いちおうグランドスラム達成という関門を設定しました。
しかしこのゲームにおけるラスボスは、別にグランドスラム達成でなくても、なんだっていいと思っています。自己ベストを更新することだって十分な関門です。

私がこの書物の中でトレーニングの具体的な数値(メニューや強度)を上げないのは、つまるところ、このためです。

「グランドスラムを達成するための本」だとすれば、達成できなかったら、その本は役に立たなかったということになります。
本書が目指しているのは、そういう書物ではありません。
マラソンを3時間ぐらいで走る人のために役立つ本であるのはもちろんですが、それ以下の走力の人にも、それ以上の走力の人にも読んで心を動かしてもらえる本をめざしています。

別にグランドスラム(ここでは「人生の目標」の比喩です)が達成できなかったとしても、それはそれ。ランニングをやめてしまったとしても、それはそれだと思っています。
挫折を恐れて踏みとどまるのではなく、挫折さえも運命になると信じて、勇気をもって新しい世界に踏み出していくこと。
それが「走ることが私に教えてくれたこと」でした。
それが運命に導かれる生き方だと思っています。
全力で走ればいい。走れなくなったら、立ち止まって、その場所でまた新しい何かを探せばいい。
この書物はそのようにして生まれました。
失意の場所でも命を燃やして、新しい何かを見つけ、満足を得ること。人生が前よりもよくなっていくこと。すると運命に導かれていると思える瞬間が必ず来ます。
人生、そんなに悪くないものです。

運命を生きるとは、挫折した時に、力まかせに元の場所に戻ろうとするのではなく、失意のその場所から新しい道を選び旅立つことです。
逆境にあらがって元の道に戻ろうとするのではなく、その場所で、そこでしか見つけられない新しい何かを見つけること。
失意の場所で、今まで以上の幸せを探すことが、運命を生きることです。
そしてまた次の旅に出るのです。
人は夢に生きられる。旅立った先に素晴らしいものがある。
走り続けるということの、本当の意味は、人生をこのように生きることなのではないかと思います。

走ることは生きること。輝いて人生を生きる人は、誰もがランナーなのだと思うのです。

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