【物欲】【食欲】「見ていたらほしくなっちゃった」体験

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心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

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『車泊でGO!!』YouTube動画 始めました。(grandma-cuisine

うちの妻イロハはウィンドウショッピングが大好きです。そしてわたしは散歩が大好き。なので両者の嗜好を兼ね合わせて、大手ショッピングモールを散策するのが休日の楽しみになっています。

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アウトレットモールなどは、ほとんど散歩道の感覚でよく通っています。

実際のところ、わたしは散歩をしているし、彼女はウィンドウショッピングをしているのですが、パッと見た目は同じ趣味を一緒に楽しんでいるようにみえて二人はうまくいっています。

ただしひとつだけ問題があります。

それは彼女が、ウィンドウショッピングをしていると、物欲が刺激されて欲しくなってしまうということです(笑)。

これはどうなんですか? 世の女性はみんなそうなんでしょうか? あるいは男性もそうなのかもしれませんね?

だって世の流れるCMっていうものは、まさにこの「見ていたら欲しくなっちゃう」効果を狙って流されているんでしょうから。

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「見ていたらほしくなっちゃった」体験

わたしは「見ていたらほしくなっちゃった」ということがまずありません。わたしがおかしいのでしょうか。

先日、大手スポーツショップに行ったら、店舗入り口で大々的にキャンプ用品を売り出していました。

『ゆるキャン△』の影響でしょうか、今、空前のキャンプブームだそうです。

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散歩がてらキャンプ道具を眺めていると、うちの妻イロハにまたいつもの癖がでてしまいました。

「見ているうちに欲しくなっちゃった」んですね。

彼女が欲しくなったのはこちら。

ワイドサイズのホットサンドメーカーです。普通のホットサンドメーカーよりも横に二倍ひろいのが特色。パニーニが焼ける、というのが彼女の言い分でした(笑)。

わたしたちはもうすでにノーマルサイズのホッとサンドメーカーは所有しています。

 

所有しているホッとサンドメーカーは、いろんな場面で大活躍しています。

「いや……持っているし、いらないんじゃない?」わたしは言いました。

ただし所有しているホットサンドメーカーは食パン一枚分の大きさしかないために、ホットサンドを二つ作るには二回あたためなければなりません。面倒といえば面倒です。

もちろん彼女はそれを主張してきましたが、「それなら二回焼けばいいじゃん」とわたしは答えました。

そもそもわたしはアウトドア(キャンプ)というのは「手持ちの道具で何とかする」のが原則だと思っています。

たとえばアウトドアナイフ一本しかなかったら、料理も薪割りもすべてナイフ一本でやるのがアウトドアスピリッツではありませんか?

 

それを「より便利だから」と新しい道具を買おうというのは、そもそもアウトドアスピリッツではない気がするのです。快適性、ぴったりの用途、わざわざそのために新しいモノを買うというスピリッツがそもそもアウトドアではないと感じるのです。

キャンプ道具をあれこれ買い揃えるというのは、グランピングであってキャンプではないと思います。

やんわりとそのことを主張しましたが、「だって……見てると買いたくなっちゃうんだもの」というのが彼女の言い分でした。

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どうしてわたしは「欲しくならない」のか?

わたしはキャンプよりは車中泊派なのですが、登山をやりますのでキャンプと無関係ではありません。車中泊、海外放浪旅などもキャンプとコンセプトはほとんど同じものだと感じています。

マラソンランナーも、登山家も、放浪旅行者バックパッカーも、やっていることは同じ
登山と、ランニングと、バックパック旅行はよく似ています。山頂に向かって進むことと、ゴールに向かって走ることに、さして違いはありません。街を歩くのも、山を歩くのも、歩くことは同じです。山小屋から山小屋へアタックザックを背負って歩く登山と、安宿から安宿へバックパックを背負って歩く放浪の旅人は、全く同じことをしています。わたしはそう感じます。

だからキャンプグッズに関しては興味がある方だし、詳しい方なのですが、だからといって「見ていたらほしくなっちゃった」というふうには心が動きません。

ところが妻イロハは「買いたくなっちゃう」ようなのですね。

これはちょっと困ったことが生じます。ミニマリストを自称しているわたしにとって家にモノが溢れ返るというのは好ましい状況ではありません。

断捨離。ミニマリスト系メルカリ
断捨離というのは「不要な入ってくるモノを断つ」「いらないものを捨てる」「モノへの執着から離れる」という意味ですね。旅行中に不要なものを買うというのは「荷物が重くなる」という致命的なデメリットを旅にもたらします。

どうして妻イロハは「欲しくなる」のに、わたしは「欲しくならない」のでしょうか?

長年にわたる禁欲の日々、いわば修行の成果なのでしょうか? 仏教でもキリスト教でもほとんどの宗教では「物欲」を断つことを修行の目的にしています。

(物欲を断つことを修身とするのには賛成しますが、物欲を断つことで喜捨・寄付を求めるようなインチキ宗教にはご注意ください)

よくよく自分の心を観察してみて、わかりました。わたしは「モノがいっさい欲しくない」わけではなく「必要最低限のモノでサバイバル的に生きていきたい」だけなのだと思います。

必要以上のものは欲しくないと思う心理は、いつでもふらっと放浪の旅に出かけたいという旅人の心構えで生きていることが大きな影響を与えています。旅先にはバックパックで背負えるだけの必要最低限のものしか持っていけません。バックパッカーにとって荷物は軽いほどいいのです。

人生を「物を買う」という行為だけで終わらせない、ということをロビンソンクルーソーから学びました。

人生を「買う」という行為だけで終わらせないために。『ロビンソン・クルーソー』
「買う」という行為で人生が終わると、ゲームとしては簡単すぎて、生きている実感を得られない退屈な人生を送る危険性があります。 ロビンソンが不幸でみじめなら、私たちの先祖はずっと不幸でみじめな生き物でした。しかし私たちの先祖がみじめで不幸ではなかったように、ロビンソンもまたみじめで不幸ではいませんでした。 それは生きることを買うことだけにしないで、自らの力で自然の中で自活したからに他なりませんでした。
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何かを買うことは何かを捨てることとほぼ同義

またすでに手元にある「必要最低限のモノ」に対する愛着も、新しいモノを買いたいと思わない心理に影響を与えているのだと思います。

新しいモノを買うということは、古いモノを使わなくなる(あるいは捨てる)ということと同じ意味をもっています。

捨てないまでも、使用頻度はこれまでの二分の一になることは確実です。新しい犬をもう一匹飼ったら、今までの飼い犬を撫でる回数が単純に半分に減るのではありませんか?

それが嫌なのだと思います。手持ちのモノに対する愛着が、新しいモノを買いたくない心理になっているのではないでしょうか。

新しい愛人ができてそっちの新鮮な魅力にハマると、古女房には目もくれなくなるというのがありふれたパターンではありませんか?

逆にいうとどんどん新しいモノが欲しくなるという人は、今もっている手持ちのモノに愛着がないのではあるまいか? とすら思えます。

何かを買うことは何かを捨てることとほぼ同義なのではないでしょうか?

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使い込んでこそモノの「能力の限界値」がわかる

またモノのもつ「能力の限界」に対する探求心もあります。使い込んでこそモノのスペックの限界がわかるのではないでしょうか。せいぜいブログを書くぐらいの使い方しかしないなら、いくら性能が上だからってゲーミングPCは必要ありません。ホットサンドメーカーだって小さいからこそできることもあるかもしれません。

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「見ているうちに欲しくなっちゃう」人が多数派のはず

さて、「どうしてわたしはモノが欲しくならないのか?」自分の心理を分析してみました。しかし実際のところわたしのようなタイプはたぶん少数派で、大多数の人たちは「見ている内に買いたくなっちゃう」タイプなのだろうと思います。

なぜって……世の中に溢れている広告・コマーシャルというものは「見ているうちに欲しくなっちゃう」人たちに向けて流されているものだからです。

世の人がみんなわたしのようなタイプだったら、広告なんて流しても意味はありません。だってどうせ欲しくならないし買わないんですから。

世の中の大多数の人が彼女のようなタイプだからこそ、企業は莫大な広告費を出して商品を「見せる」ことに苦心しているのだと思います。

だから妻イロハの「買いたい欲」を抑制するというのは、アフィリエイターのようなことをしているわたしにとっては矛盾した行為でもあるのです。

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【物欲】を【食欲】に置き換えたら見えてきた

【物欲】を【食欲】に置き換えたら見えてきたことがあります。

妻イロハはチョコレートとかお菓子とかちょっとした食べ物をお皿の上に置いて食卓に飾っておく癖があります。

けっして片づけられないタイプではないのですが、お菓子系だけは別です。あえて片づけないんですね。

モズのハヤニエ?

目の届くところに食べるものが見えていないと落ち着かないようです。……リスか!?

まるで冬に備えて食料を蓄える小動物みたいです。

ところが困ったことに、これを見ているわたしが食べたくなるんですよ。別に腹が減っているわけではないのですが、目の前に置かれているのを見ているうちに食べたくなってしまうのです。

不思議なことに彼女はそうでもないようです。目の前のお菓子などを見ても平然としています。「食べたいとも何とも思わないらしい」ようなのです。精神安定剤のような役割をしているようです。

これではまるで先の【物欲】とまるっきり立場が逆ではありませんか!?

【物欲】の場合は、彼女は欲しくなるが、わたしは平然としている。

【食欲】の場合は、わたしは食べたくなるが、彼女は平然としている。

その「モズのはやにえ」を彼女が食べようと思った時には、すでにわたしのお腹の中で消化されており、大ひんしゅくを買ってしまっています。

わたしとしてはダイエットのために「目の前から消してほしい」のですが……。わたしのダイエットの柱は「見ないこと」「買わないこと」なので……(笑)。

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「見る」「欲しくなる」マーケティング理論

なにはともあれ、物欲を食欲に置き換えることで彼女の気持ちを理解することができました。

ウインドウショッピングしていると買いたくなっちゃう彼女のような人たちが資本主義を支えているということです。彼女のような人がいなければ、広告業がなりたちません。

わたしたちが散歩に使っているショッピングモールですが、それぞれの店舗もこの「見る」「欲しくなる」マーケティング理論を使っているのです。

お店は、とりあえず来てもらう、来店してもらう、ことを第一目標にしています。だから来店ポイント来店プレゼントというようなシステムがあるのです。店の中に入って、商品を見てもらえれば、一定数の人たちが買いたくなって、さらに一定数の人たちが実際に買ってくれる、というのがマーケティング理論のイロハです。

彼女のような人がたくさんいるからこのようは商法が成り立つのです。

彼女こそ普通で、わたしの方が異常なのでしょう。アフィリエイターの端くれとしてそうでなければ困ります(笑)。

大流行のキャンプですが、これも物欲が支えているのかもしれませんね。このキャンプブームに乗っかった人で、本当にアウトドアが好きな人はどれだけいるのでしょうか。

今は「キャンプ」という「商品」が新しい商品として売られている状態です。

テレビやお店でキャンプ道具(アウトドアファッション)を見た人たちが「見たら欲しくなっちゃって」「買っている」というのが今のキャンプブームの本質なのではないでしょうか?

にわかキャンパーたちの物欲が満たされた後に、どれだけの人が「手元にある道具」に愛着をもってアウトドアライフを楽しむのか、興味をもって見守りたいと思います。

アウトドアのメリット。人間は、自然とひとつになってはじめて永遠であり、真理である
人間にもし永遠があるとすれば、それは自然に溶け込んで一体化することではないでしょうか。自然とひとつになってはじめて永遠であり、真理である。それが人間ではないでしょうか。 はるか遠くに旅しなくても、今いる場所で世界を感じることはできるのです。それには建物の外に出なければなりません。
真実とは自然のこと。人が生きていく限り、アウトドアは必然
人は生き方を真剣に考えれば考えるほど、自然と向き合わざるを得ないのです。なぜなら人間は自然の中の一部だから。 自然と向き合うことなしに、真実を探すことなんてできません。なぜなら真実とは自然のことだからです。真実に人が生きることを追求するのならばアウトドアは必然だと思うのです。
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