安楽死嘱託殺人問題と『平成くん、さようなら』

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車中泊の旅の途中、諏訪大社の参道でテレビを見ながらおやきを食べていたら、医師が安楽死を助けたとして逮捕されていた。

ALS嘱託殺人と呼ばれている事件である。

たまたま私が読んでいる本、古市憲寿『平成くん、さようなら』が、安楽死を取り上げた作品だった。

『平成くん、さようなら』と、実際の事件とを比較して、安楽死問題について考えてみたい。

【この記事を書いている人】

瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのサンダルマン・ハルトと申します。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。

初マラソンのホノルル4時間12分から防府読売2時間58分(グロス)まで、知恵と工夫で1時間15分もタイム短縮した頭脳派のランナー。市民ランナーの三冠王グランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。月間走行距離MAX600km。雑誌『ランナーズ』で数々の記事を執筆していた物書きです。「頭のよさで走り勝つことはできるか?」その答えを書いたハルトの【サブスリー養成講座】を展開しています。

また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。

そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。江戸川左岸の撃墜王(自称)。スピードが目的、スピードがすべて。ロードバイクって凄いぜ!!

山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。

その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。インドネシア。マレーシア。ニュージーランド。タイ。ベトナム。カンボジア。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の27ケ国。パリとニューカレドニアを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。ソウル日本人学校出身の元帰国子女。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。

登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。

千葉県在住。夢の移住先はもう決まっています!!

※この稿の内容は以下のとおりです。

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そもそも筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは?

YMYL問題もあるし、私は専門家ではないので、詳しいことはこちらをお読みください。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは(症状・原因・治療など)|ドクターズ・ファイル
筋萎縮性側索硬化症(ALS):体を動かすための筋肉が痩せていく病気で、筋肉そのものではなく、運動神経系が選択的に障害を受ける進行性の神経疾患。脳からの運動神経への指令が伝わらなくなることにより体が動かなくなり、筋肉が痩せていく。…

上記サイトを私が要約するとこういうことだ。

ALSとは、神経の障害により筋肉に動けという信号が伝えられなくなり、動けなくなってしまう病気である。

つかわない筋肉は、痩せて力がなくなっていく。

最後には呼吸筋が動かなくなることで、放っておくと大多数の人は呼吸不全で死ぬそうだ。

現在の医療では、病気は完治はおろか、進行を止めることもできないらしい。

もしあなたがこの病気になったら、どうです?

苦痛のない死だったら、選びたくなる気持ちもわかると思いませんか?

もちろんこの病気になっても生きる希望を失わない人だっている。

私がここで言いたいことは「死にたい」と言った人が嘘をついたり、周囲に言わされたりということではないな、ということを肌で感じるということである。

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ALS嘱託殺人と言われている事件はどんな内容だったの?

ALS嘱託殺人と呼ばれる事件は、かいつまむとこういうことらしい。

2019年11月30日、京都在住の51歳女性が安楽死を望み、SNSを通じて依頼した医師2人の手によって自ら望んだ死を遂げられた。死因は薬物中毒である。

女性は「惨めだ。こんな姿で生きたくない」「なぜ、こんなにしんどい思いをしてまで生きていないといけないのか」「指一本動かせない自分がみじめでたまらない」とネット上で語っていた。

お金を払ってでも(苦しむことなく)死にたい、と患者本人が何度も主張していたという。それは事実であると確認されている。

医師の口座には患者側から130万円の振り込みがあったが、金額は患者みずからが提示していたそうだ。

これは重要なことだ。

必死で救命医療する医者にくらべると、毒物注射一本で殺すことができるDr.キリコ医療が、ぼろ儲けしたらいくらなんでもまともに治療する人がバカを見る。

死者蘇生の錬金術
死者蘇生の錬金術を現代医学は手に入れたのか? 父の大動脈弁狭窄症はいよいよ重篤となり、大動脈弁置換術の手術の日が決まった。 担当医師が手術の説明をするというので家族として長男の私が呼ばれ、説明を受けた。 聞きたいことは...

しかし金額の提示は女性の側からだったというなら、死の商人と決めつけることはできない。それだけ女性の気持ちが切実だったということだろう。

アメリカ留学の経験もあり、旅行が好きで活動的だったという51歳女性が、意識はしっかりしているのに体だけが動かなくなるという拷問のような状態に生涯さらされなければならない時、死を選びたいと思ったとしても不思議ではないとおれは思う。

実際に51歳女性がどうだったかは知らない。しかしここで問いたいのは、ガチで死を選ぶ可能性があるということである。

そしてこのページで問うているのは可能性のことである。個別具体的なことではない。可能性があればじゅうぶんなのだ。

両手両足に力が入らず、首を吊りたくても吊れない、睡眠薬を入手できない、死にたくても死ねない状態にある病人が実際にいるってことだ。

そういう人が死にたいと思った時に、どうすればいいのだろうか?

死ぬ権利すら、ALS患者にはないのだろうか?

自殺という手段で苦しみから逃れることは許されないことだろうか?

神をもちだすのはやめてほしい。

ひとりひとり、ひとつしかない命のことだ。

もし人には死ぬ権利があるとするならば、介護のヘルパーに相当するような人を準備することが必要不可欠なのではないだろうか。

つまり安楽死の介護者である。

だって手足が動かないのに、どうやって死ぬことができる?

拷問苦にさらしたままというのが人道的か?

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【書評】『平成くん、さようなら』ってどんな小説?

物語のあらすじを紹介することについて
このページでは、日本脚本家連盟で作劇術を学んだこともある、物書きのはしくれが「物語のあらすじを紹介することについて」の考え方をまとめたページです。 ネタバレといって、物語のあらすじを紹介することを禁忌視する人がいますが、あらすじを紹介...

タイトルだけを聴いたら、終焉した平成という時代へのオマージュいっぱいの作品だと想像しますよね?

平成時代の風俗をふんだんに取り入れた「なつかしい」平成っぽい作品だと思うじゃないですか。私もその感覚で読み始めました。でも全然違った。

『平成くん、さようなら』は安楽死を扱った作品です。

平成時代が始まった日に生まれた「平成くん」は、いかにも平成的なマスコミでの成功をおさめています。

しかし平成くんは恋人女性に安楽死を考えていると告げる。
その彼女が物語の語り部です。
作者の古市さんは男性ですが、物語の語り部は女性です。

平成くんが死を望むのは平成時代の終わりということが大きく関係しています。

ミスター平成のような立場の平成くんでしたから、これで自分の時代が終わると考えてしまっています。

これ以上長生きしても、平成時代に成し遂げたこと以上の仕事は残せないことを感じています。

「もう十分にやりつくした。終わった人間にはなりたくない」

語り手女性は死を思いとどまらせようとします。

死を選ぶことは人間としての帰還不能点を越えることだ、と。

作品世界では、安楽死が認められている世界という設定になっている

作中世界では、安楽死が認められている社会ということになっています。

重病の配偶者から「死にたい」と懇願されて、愛ゆえに手にかけてしまうという嘱託殺人事件が数えきれないほど起こった後に、安楽死は認められました。

私は『平成くん、さようなら』を、平成時代の風俗を取り込んだ作品だと思い込んでいたので、知らないうちに日本では安楽死が認められることになったのかと驚きました。

ビックリして調べたところ、フィクションでした。

現実のリアルな日本国では、制度として安楽死を認められていない社会です。

フィクションを現実と勘違いすると、ALS嘱託殺人のようなことになってしまいます。

たしかに『平成くん、さようなら』には、私が想像した通り、いかにも平成っぽいワードが頻出する。

サーフェスウーバーはわかりますが、ウーマナイザーって何だ?

ググったら、女性用のよくわからない「何か」でした。これ、どやって使うの??

死ぬことは避けられないが、苦しむことは避けられるかもしれない

安楽死の現場をマスコミ関係の有名人というポジションを利用して見て回るが、肝心の死のうと考えた原因は語り手女性にはわからないまま物語は進行していきます。

ある日、寿命をむかえた飼い猫が苦しんでいるのを見て平成くんは安楽死をさせます。

語り手女性は「猫は喋れないんだから、本当はもっと生きたかったかもしれない」と言うが、動物病院では大往生だと言われます。

平成くんにも「殺した」意識はなく「死はしかたがない」という感覚しかありませんでした。

飼い猫の死を語り手女性が実母に告げると「苦しまなかったか?」と開口一番に聞かれました。

死ぬことは避けられませんが、苦しむことは避けられるかもしれません。

やがて語り手女性も、飼い猫の死を最善の最後だったと思い始めます。

平成くんは死んだ後もSNSで呟き、彼女とAIで語り続けた

安楽死を数多く視察する中で、人間は誰かの死に打ちのめされることを平成くんは知りました。

そして自分が死んだら打ちのめされるかもしれない語り手彼女に「目が見えなくなる病気」にかかっていることを告白するのだった。

平成くんは語り部彼女の前からしばらく姿を消したかと思うと、自分の思考パターンをAI化したスマートスピーカーを開発していました。

もともとグーグルホーム(スマートスピーカー)との会話を彷彿とさせるような会話しかしていなかったため、会話の返事は、平成くん本人なのか、平成くんのAIなのか、見分けがつきません。

そして将来発表する原稿も書き上げたので、平成くんが死んだとしても世間には生きているかのように見える仕掛けをしていました。

SNS投稿も投稿日時を決めてあらかじめ投稿してあります。

そしてグーグルアカウントのパスワードを渡して、平成くんは長い旅にでます。

Googleのパスワードを渡すことで、語り部女性は、きっと平成くんが決心を固めたものと察する。

新しい恋人ができた語り手彼女は、スマートスピーカーの平成くんと喋ります。おそらく……おそらく相手は生身の平成くんではないはず。

そして語り手彼女は、平成くんにさよならを告げると、コンセントを抜いたのでした。

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人間には命を賭けてもいい権利(死ぬ権利)の補償が絶対に必要である

私はここで、ALS嘱託殺人事件そのものについてどうのこうの言うことは避けたいと思います。

この場合はどうこうと、個別案件の例外的な条件にとらわれたくないからです。

問いたいのはあくまでも一般論です

人間には「死ぬ自由」はないのか? それを問いたいのです。

人間には死ぬ権利があるとおれは思う。

それは保障されなければならない、とさえ思っている。

死ぬ権利というのは、何かに命を賭ける権利と同じことだ。

その自由がなければ、人間の他の自由は死んでしまう。

もっとも本質的な自由こそ、人間の命を賭けてもいい権利(死ぬ権利)ではなかろうか。

星野富弘さんみたいに首から下が動かなくたって芸術家として成功できるし、死んじゃダメ、と誰に対してもあっさりと言えるのか?

たとえば平成くんのように人生の盛りに失明した人に。

十把一絡げにしれってそういえる人は、あまりにも無慈悲ではないだろうか。

そう言っている人は、自分がその病気になったらどうなのだ?

病気への想像力が足りないのではないかと思う。

たしかに「一度でも死にたいと思った時に死んでいたら」私ハルトは今はもう鬼籍に入っている。
今の幸せを感じることなく死んでいたわけだから、あの時の激情で死ななくて本当に良かった、と思う。

悪夢を見て、自殺を考えた夜(ダイヤモンドヘッド232mに登れなかった女のキナバル山4095m登山挑戦記)
富士山よりも高い山に登ったことがあるでしょうか? 私はあります。 スイスのブライトホルン4164mでは、山頂は真っ白で、山頂まで続く氷河の上を南アフリカ人とザイルで体を結んで登頂しました。 台湾のニイタカヤマ(玉山)3952mで...

そういう意味で「死にたい」と言ったからといって、安易に死なせるのはいかがなものか、という主張はよくわかる。その時は本心でも、次の瞬間には「生きたい」と気持ちが変わるのが人間だからだ。

しかしそれでもなお人間には死ぬ権利があるとおれは思う。

死ぬ権利というのは、何かに命を賭ける権利と同じことだ。

その自由がなければ、人間の他の自由は死んでしまう。

何か行動を起こすとき、ときには命を顧みないでする必要はあるだろう。

たとえばサラリーマンを辞めて会社を企業する場合、わが身の安全だけを考えるならば、誰も独立に舵を切ったりしないだろう。

冒険の旅に出る人など、ひとりもいなくなってしまう。

死ぬ覚悟をして行動する人がいる。

そう。人には死ぬ権利があるのだ。

いわばもっとも本質的な、究極の自由が、人間の死ぬ権利ではなかろうか。

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死は生を輝かせるものとして、同時に存在しているもの

『死ぬ権利』に注目が集まり、『生きる権利』がないがしろにされるのではないかとの声もある。

そんなことはない。論点が違う。

生きる権利をないがしろになんかしていない。

51歳女性が「死にたい」と言わなかったら、医師も注射を打たなかったに決まっている。

死ぬ権利を主張することは、生きる権利をないがしろにすることではない。

両者は対立する権利ではない。むしろ死は生を輝かせるものとして同時に存在しているものなのだ。

時間革命。死を忘れるな
堀江さんのいう『時間革命』とは、自分の楽しいことをやるという選択のことです。いつまでも他人時間に人生を奪われていないで、自分が楽しいと感じられる仕事を見つけてください。
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安楽死ヘルパーの資格を医者にあたえればいいのではないか

ALS嘱託殺人事件に関しては、現状の議論は、医者の倫理観を問うものが多い。

患者を生かすのが医者の務めなのだから、安楽死なんて医者の義務違反じゃないか。という議論だ。

医師免許は殺しのライセンスではない、という主張である。

私の議論は論点が違います。

人間には命をかける権利(死ぬ権利)があり、手足が動かない人には権利のヘルパーが必要である。

ということなのだ。

絞首刑のようなブラブラな光景で自殺するのは無理なのだから、眠るように死ぬ薬物中毒だけが安楽死だとすれば、それができるのは薬のプロだけである。

医者か薬剤師に安楽死のヘルパーの資格をあたえればいいではないか?

安価に苦しむことなく死ぬことができれば、人生の難易度はだいぶ下がる。

お金もなく、あちこち痛いという不健康状態で、100歳まで生きるのは、不幸だ。

長生きすれば幸福というわけではない。

「死の自己決定権」はやがて世界に受け入れられるだろう。

それなのに現実日本は、なにをやっているんだ?

それを問うているのだ。

『平成くん、さようなら』という小説世界にさえ遅れをとって。

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××はレベルが上がった(まとめ)

人間には死ぬ権利があるとおれは思う。

死ぬ権利というのは、何かに命を賭ける権利と同じことだ。

その自由がなければ、人間の他の自由は死んでしまう。

そんな考えを持つようになったのも『あしたのジョー』や『神々の山嶺』を読んだからだ。

『あしたのジョー』で主人公ジョーは、命が燃え尽きるまで好きなボクシングに賭ける。

『神々の山嶺』でも、死の山に命を賭けて登る。

自分の命を自分が選んだように使えなければ、人間に自由なんてない。

『平成くん、さようなら』でも、主人公は「サヨナラ」する。

人間はいつかサヨナラするものだ。

そのタイミングを自分で選べたら最高ではないか。

「死の自己決定権」はやがて世界に受け入れられるだろう。

オレはそう思う。

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このブログ著者の小説『結婚』
小説『結婚』
愛とは何か? 結婚とは何か? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。恋人のアスカはツバサのもとを去っていきます。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。  離れたくない。その叫びだけが残った。  全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。 引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。 そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。 それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自信が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。 アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。 死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。 生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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このブログの著者の小説『片翼の翼』
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
Amazon.co.jp: 片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? eBook : アリクラハルト: 本
小説『片翼の翼』
なぜ生きるのか? 何のために生きるのか? を追求した純文学小説です。 主人公ツバサは劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。 かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。 同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。 アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。 自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。 人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。 ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 ※※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。※※
片翼の翼: なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?
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【この記事を書いている人】

アリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。
市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。
また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。
そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。
その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。
登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
瞑想ランニング(地球二周目)をしながら心に浮かんできたコラムをブログに書き綴っているランナー・ブロガーのアリクラハルトと申します。【トウガラシ実存主義】【遊民ユーミン主義】の提唱者。ランニング系・登山系の雑誌に記事を書いてきたプロのライターでもあります。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。その筆力は…本コラムを最後までお読みいただければわかります。あなたの心をどれだけ揺さぶることができたか。それがわたしの実力です。 市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。ちばアクアラインマラソン招待選手。ボストンマラソン正式選手。地方大会での入賞多数。海外マラソンも完走多数(ボストン、ニューヨークシティ、バンクーバー、ユングフラウ、ロトルアニュージーランド、ニューカレドニアヌメア、ホノルル)。地元走友会のリーダー。月間走行距離MAX600km。『市民ランナーという生き方(グランドスラム養成講座)』を展開しています。言葉の力で、あなたの走り方を劇的に変えてみせます。 また、現在、バーチャルランニング『地球一周走り旅』を展開中。ご近所を走りながら、走行距離だけは地球を一周しようという仮想ランニング企画です。 そしてロードバイク乗り。朝飯前でウサイン・ボルトよりも速く走れます。山ヤとしての実績は以下のとおり。スイス・ブライトホルン登頂。マレーシア・キナバル山登頂。台湾・玉山(ニイタカヤマ)登頂。南アルプス全山縦走。後立山連峰全山縦走。槍・穂・西穂縦走。富士登山競争完走。日本山岳耐久レース(ハセツネ)完走。などなど。『山と渓谷』ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。 その後、山ヤのスタイルのまま海外バックパック放浪に旅立ちました。訪問国はモロッコ。エジプト。ヨルダン。トルコ。イギリス。フランス。スペイン。ポルトガル。イタリア。バチカン。ギリシア。スイス。アメリカ。メキシコ。カナダ。タイ。ベトナム。カンボジア。マレーシア。シンガポール。インドネシア。ニュージーランド。ネパール。インド。中国。台湾。韓国。そして日本の28ケ国。パリとニューカレドニア、ホノルルとラスベガスを別に数えていいなら訪問都市は100都市をこえています。(大西洋上をのぞいて)世界一周しています。国内では青春18きっぷ・車中泊で日本一周しています。 登山も、海外バックパック旅行も、車中泊も、すべてに共通するのは必要最低限の装備で生き抜こうという心構えだと思っています。バックパックひとつ。その放浪の魂を伝えていきます。千葉県在住。
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