海外旅行でツアーとはぐれちゃった事件

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『ドラクエ的な人生』とは?

心の放浪者アリクラハルトの人生を走り抜けるためのオピニオン系ブログ。

書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

このページでは、個人旅行者がめずらしく団体ツアーで行った海外旅行で、自由時間にツアーとはぐれて置いてきぼりにされてしまった事件について書いています。

そこからなんとかこれまでの個人旅行でつちかった経験をいかしてツアーに復帰するまでの奮闘と、その際に起こった「人の縁」という奇跡について、このページでは書いています。

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不安が旅を面白くする「出たところ勝負」の個人旅行

私の海外旅行は「出たところ勝負」の個人旅行が主です。航空券だけ日本で購入し、後はすべて現地で手配します。宿も決めていきません。安宿街に行き、ホテルは自力で探します。その日の最大の冒険は「今夜の宿泊場所の確保」だったりすることがよくあります。

世の中には数年単位でさすらっている人もいます。自分の旅行を「放浪」と称しているのは、旅のベースのところがそういう人たちと同じだからです。

日本では想像もしなかった場所に滞在していることがよくあります。でも自由と偶然に身を任せる感覚が個人旅行の最大の醍醐味だと思っています。不安が旅を面白くするのです。

香港安宿事情

世界の安宿街(ダウンロードフリー画像)

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団体旅行を選ぶこともある

自由な放浪の旅を愛する私ですが、ときには団体ツアーを選ぶこともあります。

とくに4箇所以上の都市を周遊する場合には団体旅行が選択肢に入ってきます。たとえばトルコに一生に一回しか行けないとしたら、トロイ遺跡も、カッパドキアも、パムッカレも、新約聖書のエフェソも、イスタンブールも、ぜんぶ見たいですよね。

これらすべてを個人で手配するのは非常に面倒くさいものです。手配が面倒くさいというのが最大の理由でツアーが選択肢に入ってきます。

個人旅行が安くあがるのは、現地で庶民の移動手段で移動するからですが、それゆえに不確実です。バスには座席が埋まってしまって乗れないかもしれませんし、そもそも予想に反してそんなバスルートは存在しないかもしれません。日程に余裕がなかったり、絶対に見たいものがあったりする場合には、個人旅行は避けたほうがいい場合もあります。あまり無茶な日程を組むと、日程通りに帰国便に間に合わない事態も考えられます。やはり放浪の個人旅行は『深夜特急』のように帰国日が決まっていなかったり、タージマハルのような著名な観光地をそもそも見る気がない場合にこそ向いているのだと思います。

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自由時間に、ツアーの仲間とはぐれちゃった事件(置いてきぼり)

ところでそんな団体ツアー旅行ですが、みなさんはツアーの仲間とはぐれたことはありませんか?

私たちにはあります。トルコ周遊ツアーにイロハと二人で参加したときのことです。イスタンブールのグランバザールでツアーの皆さんとはぐれてしまいました。

それは自由時間のことでした。いったん解散し、時間になったら再度集合するという「よくある自由時間」です。

わたし「再集合、何分後だっけ? 四十五分後だっけ?」

イロハ「そういったと思うけど」

ところが団体の再集合時間は15分後でした。現地ガイド(トルコ人)のちょっとなまった日本語でちゃんと説明があったのですが「じゅうごふんご」を「よんじゅうごふんご」と聞き間違えてしまったのです。

っていうか、グランバザールの見学時間が15分ってありえます?

もしこれが個人旅行だったら、たぶん一日ずっとグランバザールで過ごしています。個人旅行者にとって海外の市場は一番の「おもしろスポット」ですから。

15分の見学時間なんてありえない、という先入観が、時間を聞き間違えさせたのかもしれません。

そもそも垂涎スポットのグランドバザールに夢中になりすぎて、気づいたときには指定の15分なんてとっくに過ぎていました。美しい異国のトルコランプや絨毯やガラス製品に魂を奪われているうちに、時間がたっているのを忘れてしまいました。45分でも足りませんでしたが、団体行動しているので仕方なく、後ろ髪を引かれる思いでウィンドウショッピングを切り上げて集合場所へと駆け戻ったのです。

ところが集合場所には誰もいませんでした。いくら待っても誰も来ません。あたりを探しましたが、ツアー仲間は誰一人として見つけることができませんでした。

30分待って気づきました。ツアーは先に出発してしまい、置いてきぼりにされてしまったのだ、と。

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個人旅行にはない団体旅行ならではのトラブル

正直「こりゃあまずい」と思いました。(汗)

個人旅行に比べて団体ツアーはトラブルが少ないのがメリットですが、ツアー仲間とはぐれちゃうというのは個人旅行にはない団体旅行ならではのトラブルだといえるでしょう。

ツアーは次の旅程をこなさなきゃなりません。次の訪問場所に時間の予約があります。いつ帰ってくるかわからない私たちをいつまでも待っているわけにいきません。

その理屈は頭ではわかるのですが、見捨てられた当時は大パニックでした。

黄金や布製品やお皿、宝石、香辛料……次から次へと現れる異国情緒あふれる商店に夢中になっていた間は幸せでしたが……これは個人旅行ではなく、ツアー旅行でした。帰国便のチケットを含めてツアー会社が取り仕切っていますので、なんとかどこかでツアーに合流しなければ、日本に帰ることができません。

さしあたり今夜泊まる場所さえも、ツアーと合流しなければ自力で探さなければなりません。

まずい、まずい、まずい、まずい、まずい……。

ヤバいと思う反面、ツアーとはぐれてから、急に楽しくなってきました。このトラブルをなんとか解決しなくっちゃと思ったら急に面白くなってきたのです。

トラブルこそ旅の醍醐味。今こそ、これまでの個人旅行でつちかった経験値を発揮する時です。

……というように、ツアーから置いてきぼりにされたら急に旅が生き生きとしてくるのですから困ったものです。長らく個人旅行を続けてきた結果、団体旅行にはそぐわない人間になってしまったのかもしれません。自由すぎるというか……ツアーに向いていないタイプなのは間違いないでしょうね。

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困った旅人を助けてくれるのはホテルのレセプション。

ツアー仲間とはぐれちゃった私たちが、その後、どうしたか、お話しします。

集合場所でずっと待っていても、おそらくもうツアー仲間が私たちを探しに戻ってくることはないでしょう。日程表に書かれたとおりに、次の観光地を見て夕食をとっているはずです。ツアーは時間で動いています。お客様と約束した予定をこなさなければならないのです。

私たちは宿泊予定のホテルに自力で行って、ロビーでツアーと合流しようと思いました。さいわい旅程表には宿泊先のホテル名が明記されていました。

そういう意味ではラッキーでした。これから他の都市に移動するような旅程だったら、二度とツアーと合流することはできなかったでしょう。

また、格安ツアーだと予約ホテルが郊外にあったりします。観光地、繁華街から遠く「安かろう悪かろう」だったりするのですが、この時はたまたまイスタンブール市内のホテルでした。それもラッキーでした。

しかし、問題もありました。ツアーが宿泊するホテル名はわかりましたが、ホテルの場所がわかりません。ホテルの場所がわからなければ、タクシーに乗ることもできません。

これには困りました。しかし私たちには経験値があります。

パリでアパルトマンに泊ったときのことです。オーナーと会って鍵を手渡してもらうスタイルだったのですが、時間に会えず困っていた時、旅人を助けてくれたのはホテルのレセプションでした。

みなさんも、このことは覚えておいていいでしょう。困った旅人を助けてくれるのはホテルのレセプションです。必ずしも自分の泊まるホテルでなくても、ホテルは旅人を助けてくれます。

過去の経験値から、私たちは近くの一流ホテルに飛び込んで、レセプションに事情を説明しました。フロントの係の者は嫌な顔ひとつせずに、インターネットをつかって私たちが泊まる予定のホテルの場所を調べてくれました。タクシーで何分ぐらいかかるかも教えてくれました。チップを渡そうとしましたが、受け取ろうともしません。

レセプションでは『わたしたちは日本人でとても困っている』とアピールしました。トルコは親日国だから、あえての日本人アピールです。

私は道を聞くのも現地人との交流のひとつだと思っています。ただ道を聞くぐらいなら通行人に聞いたと思いますが、ホテルの住所はメモを取る必要があったため、ホテルのレセプションを頼ったというわけです。

※ちなみに当時の私たちは現地SIMカード・スマホはおろか、携帯電話さえ持ち歩いていませんでした。現地SIMカード・スマホがあれば、簡単にホテルの場所なんて調べられます。そのかわり現地の人との会話のチャンスをひとつ失ってしまいますけど。

さほど遠くない場所だったのでタクシーでホテルまで移動しました。

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奇跡は人の縁

 

さて、これでどうにかツアーが宿泊する予定のホテルまでは行けました。

ホテルのフロントに腰かけて、次の作戦をねります。考えなければならないのは「ツアーと合流する方法」です。

旅程表を見ると、ツアーはどこかで夕飯を食べてからホテルに来るようです。何時に来るかわかりませんが、かなり遅くなりそうです。このままレセプションのあたりでずっとツアーを待つという手がありますが、何時に戻ってくるかわからない人たちをひたすら待つというのはけっこう辛いものです。

また、ツアーコンダクターも私たちのことを必死で探しているかもしれません。なんとか「こっちは無事で、宿泊予定ホテルのレセプションで待っている」ことを伝えたいのですが、当時はまだスマホを持ち歩いていませんでしたから、連絡がとれないのです。

ツアー仲間が来るまで、ホテルのフロントのソファに座ってひたすら待つことを私は覚悟していました。

ところがしばらく待っていると、他の日本人団体ツアーがホテルにやってきました。

「あれ、あの人…」

パートナーのイロハが呟きます。そのツアーの女性アテンダントに見覚えがあるというのです。

「たぶん…。間違いないと思う。オリエント急行の終着駅で食事をしていた時、ウチのアテンダントと彼女が話をしているのを見たから」

「まさか。気のせいじゃないの?」

私は容易に信じられませんでした。イスタンブールで知っている人に再会するなんてことは確率的にありえないことだと思ったからです。

「もしそれが本当なら……勇気をだして声をかけてみよう」

私は彼女に近づいて、

「お忙しいところ、すいません。私たちは××さんのツアーの者ですが、××さん(ツアコン)を知っていますか? あなたが××さんとオリエント急行の昼食で喋っているのを見たというんですが……」

思い切って声をかけてみると、イロハの記憶どおり、うちのツアコンと彼女は友だち(同業者の仕事仲間)でした。

「これで助かった……」

正直、ほっとしました。

私たちはツアーとはぐれてしまった事情を彼女に話し「××さんが私たちのことを探しているかもしれません。彼と連絡とれませんか?」

その女性アテンダントのケータイには××さんの連絡先がありました。

彼女は、我々のアテンダントに電話して、私たちと電話を代わって××さんと話しをさせて、無事を伝えて安心させただけでなく、なんと私たちの今夜の部屋のチェックインまでしてくれたのです。

本当に助かりました。

アテンダントの心配も解消することができたし、わたしたちも何の心配もなく部屋でひと眠りすることができて、フロントで無為な時間を過ごさずに済んだのです。

感謝のしるしにチップを渡そうとしましたが、彼女は頑として受け取りませんでした。外国にもこのような人もいるのです。

「いい人だったな。ツアーの仲間にも謝らなきゃね。貴重な時間をわたしたちを待たせるために使わせてしまったのだから」

グランバザールの約束の場所、時間に、ツアーは私たちのことを15分ぐらい待ってくれたそうです。集合場所の周辺にはお店がいっぱいだったから、それを眺めて待っていたので時間を無駄にはしていなかったそうですが、いちおう平謝りです。

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集合時間はデジタル腕時計のアラームに覚えさせる

イスタンブールではたまたまうまく合流できたけれど、基本的にはツアー仲間とはぐれちゃうなんて大トラブルなんだから気をつけなければなりません。

個人旅行では、いつも時間を忘れて好き勝手に過ごしているから、たまに団体行動だと調子が狂うのです。

それ以来、私たちは再集合の時間はデジタル時計のアラームに記憶させるようになりました。デジタルアラームならば時間を忘れることはありませんし、時間が近づけば教えてくれます。

もちろん、再集合の時間も聞き間違いのないように。それがそもそもの前提です。

私はアメリカの現地バスツアーで、フィフティーンとフィフティを聞き間違えて、休憩時間が50分かと思い、昼寝してバスの出発に置いていかれそうになりそうになったことがあります。ツアーの人が探してくれたので助かりましたが。

ツアーに置いてきぼりをくったばかりに、旅が楽しくなり、さらには「人の縁」という奇跡的な体験までさせてもらうことができました。

でも……でも……やっぱり置いてきぼりをくらったツアーに合流できたのはラッキーだったと思っています。ツアーが街を去る日だったらと思うと今でもゾッとします。

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あいつ今何してる?

実は、このトルコツアーには私たちだけでなく、普段は個人旅行をしている旅の達人たちも参加していました。やはり短い日数で効率的に回るためにツアーに申し込んだのだそうです。

私たちが「待たせてしまって、心配させてしまって平謝り」した人たちの中にも、

「海外旅行でいちばんおもしろい市場の見学時間が15分だなんて、時間が全然足りないですよね。一緒に離団すればよかったなあ」

なんて笑ってくれる人もいました。こういう人たちのことは、いつまでも覚えています。

常に自力解決、常に冒険の個人旅行もいいものですが、ツアーにはツアーのたのしさがあります。

とくにツアー仲間のことは、一緒に修学旅行に行った学友ぐらい思い出に残っています。ときどき、あいつ今、どこを旅しているかなあ、と思い出すことがあります。写真などを眺めていると、時々なつかしくツアー仲間のことを思い出すのです。

一緒に旅した仲間たちが、今日も元気に世界の空を飛び回っていることを私は祈っています。

※そのほかの旅先でのトラブルの数々はこちらのまとめサイトからどうぞ

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サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。
●◎このブログの著者の書籍『市民ランナーという走り方』◎●
書籍『市民ランナーという走り方』Amazonにて発売中
雑誌『ランナーズ』のライターだった筆者が贈る『市民ランナーという走り方』。 「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか? いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状打破、自己ベストの更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。 ●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何? ●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム? ●ピッチ走法とストライド走法、どちらで走るべきなのか? ●ストライドを伸ばすための「ハサミは両方に開かれる走法」って何? ●マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは? ●究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」の本当の意味は? 本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。 ※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。 あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
https://amzn.to/3CaR81P
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●◎このブログ著者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』◎●
書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

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●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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