映画『300』スリーハンドレット。永遠に生きるがいい

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どうもハルトです。みなさん今日も楽しい旅を続けていますか?

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映画『ラスト・サムライ』でも語られている名高い戦い

映画『300』は、紀元前480年、史上名高いテルモピュライの戦いを描いたアクション映画です。

スパルタ軍300人vsペルシア軍100万人という勝ち目のない戦いで、主人公を含めてスパルタ軍は全滅します。しかし300人の戦いは時間を稼いだことで別の戦場での勝利に貢献します。またその勇気が、生き残った人々を奮い立たせ、最終的な戦争の勝利への原動力となります。彼らの戦死は無駄にはなりませんでした。

名作『ラスト・サムライ』にも、この戦いのエピソードがでてきます。渡辺謙演じる勝元が最後の戦いに挑む覚悟を、同じ境遇のレオニダス王からもらって、決死の戦に打って出るシーンです。

この映画では忘れられないシーンがあります。味方の裏切りによってついにスパルタ軍の命運は尽きるのですが、レオニダス王が裏切り者エピアルテスに対し「永遠に生きるがいい」と無茶なことを言います。

レオニダス王は、自分が今日、死ぬことを知っていて、それでも戦うことを選ぶ。「決して逃げない」というスパルタの掟を守って死にます。結果的にそれが生き残った人に勇気をあたえ、生きざまは永遠に残ります。

裏切り者エピアルテスはこの戦いで死ぬことはありません。裏切りの恩賞で栄華の老後が待っているかもしれません。しかし永遠に生きることはできません。いつか、やがて死ぬ。

いまわの際に、同じ死すべき者としてレオニダスと対等になります。そこではじめてレオニダスの覚悟と意味を知り、ちっぽけな自分を知ることになるでしょう。裏切って生き残ったエピアルテスは、死ぬ時に今日の裏切りを後悔するのではないでしょうか。

ひとつのセリフはいろいろに解釈されるものですが、私はそう感じました。

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死ぬ場所を自分で選び、不滅の情熱とともに死ぬ者がいる

死は誰にも訪れます。生存率0%。それが人生です。

長生きしたいのが人情。死にたくないのが本音だと思います。しかし死を覚悟して戦う男たちには、なんともいえない魅力があります。

人間の真の評価とは、死んだ後に決まるのです。生存率0%だからこそ、長いか短いかではない(しょせんは短いのだから)命の燃やし方が問われるのです。

この肉体をどんなに大事にしても、やがては干からびて力を失い、はかなく消えていくものです。

だからこそ若く、自分史上最高に力に満ちている肉体を、燃え上がる命を、死を承知で「価値ある何か」に投じたものが輝いて見えるのでしょう。

「ああ。自分もそうすべきではなかったか」

力に満ちた若い時に、死を承知で、最高にやりがいのある戦いに命を投じて燃え尽きた男のように、自分も生きられなかったのか。

老いさらばえて死んでいくとき、そのように思う人が、レオニダスのように生きた人を讃えるのでしょう。

死ぬ場所を自分で選び、不滅の情熱とともに死ぬ者がいる。

死を覚悟できず自分が望まない場所で不本意に死ぬものもいる。

その瞬間すべての価値が決まる。

人には命を賭けるという自由がある。その自由を行使して永遠の自由へと翔けていったものを、自分の生きる道しるべとするのです。

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プロフィール


温人ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のある物書き。サブスリーランナー。グランドスラム達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。台湾・玉山。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。西天取経の旅人

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はたして放浪のバックパッカーは社会復帰できるのか!? 自由と社会との折り合いを模索するブログです。

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