このページではエリザベス・レアード『世界一のランナー』について書いています。
わたしはこの本を読む前から……あるひとつの予想を立てていました。
そしてその予想は……残念ながら当たってしまいました。
走ることを真正面から取り上げた作品はすくない。『走れメロス』もそうです。あれは「友だちの信頼を死んでも裏切らない人」の話しであって、「走る人」のお話しではありません。
※雑誌『ランナーズ』のライターにして、市民ランナーの三冠王グランドスラムの達成者の筆者が走る魂を込めた書籍『市民ランナーという走り方』(サブスリー・グランドスラム養成講座)。Amazon電子書籍版、ペーパーバック版(紙書籍)発売中。
言葉の力で速く走れるようになる、というのが本書の特徴です。走っている時の入力ワードを変えるだけで速く走れるようになります。言葉のイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く効率的に走ることができるようになります。踵着地とフォアフット着地、ピッチ走法とストライド走法、どちらが正解か? 本書では明確に答えています。あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。
その予想とは何だったのか、ご覧ください。
このブログの著者が執筆した「なぜ生きるのか? 何のために生きるのか?」を追求した純文学小説です。
「きみが望むならあげるよ。海の底の珊瑚の白い花束を。ぼくのからだの一部だけど、きみが欲しいならあげる。」
「金色の波をすべるあなたは、まるで海に浮かぶ星のよう。夕日を背に浴び、きれいな軌跡をえがいて還ってくるの。夢みるように何度も何度も、波を泳いでわたしのもとへ。」
※本作は小説『結婚』の前編、バックストーリーに相当するものです。両方お読みいただけますとさらに物語が深まる構成になっています。
アマゾン、楽天で無料公開しています。ぜひお読みください。
物語のあらすじを述べることについて
物語のあらすじを述べることについての私の考えはこちらをご覧ください。

私は反あらすじ派です。作品のあらすじ、主題はあんがい単純なものです。要約すればたった数行で作者の言いたかった趣旨は尽きてしまいます。世の中にはたくさんの物語がありますが、主役のキャラクター、ストーリーは違っても、要約した趣旨は同じようなものだったりします。
たいていの物語は、主人公が何かを追いかけるか、何かから逃げる話しですよね? 生まれ、よろこび、苦しみ、死んでいく話のはずです。あらすじは短くすればするほど、どの物語も同じものになってしまいます。だったら何のためにたくさんの物語があるのでしょうか。
あらすじや要約した主題からは何も生まれません。観念的な言葉で語らず、血の通った物語にしたことで、作品は生命を得て、主題以上のものになるのです。
作品のあらすじを知って、それで読んだ気にならないでください。作品の命はそこにはないのです。
人間描写のおもしろさ、つまり小説力があれば、どんなあらすじだって面白く書けるし、それがなければ、どんなあらすじだってつまらない作品にしかなりません。
しかしあらすじ(全体地図)を知った上で、自分がどのあたりにいるのか(現在位置)を確認しつつ読書することを私はオススメしています。
作品のあらすじや主題の紹介は、そのように活用してください。
『世界一のランナー』あらすじ
エチオピアの地方都市に住んでいる11歳のソロモン君が、おじいさんに連れられて、生まれてはじめて首都アディスアベバに行くことになりました。
ソロモン君の夢は、ハイレ・ゲブレセラシエやデラルツ・ツルのような、世界一のランナーになることでした。
はじめての大都会で、はだしの自分をみじめに思いながらも、ツルらの祝勝会が開かれることを知ってソロモン君は喜びます。
おじいさんがアディスアベバに来たのは、戦友に声をかけられたからでした。死んだ戦友がおじいさんに最期に渡したかったのは「前の皇帝の勲章」でした。
革命によって処刑された皇帝から、おじいさんは勲章を受けていた俊足の軍人だったのです。
ところがおじいさんは首都で体調を壊してしまいます。ソロモン君は、バスで田舎の父のもとに帰ろうとしますが、途中でバスが故障してしまい、しかたなく走りだします。
少年走れメロス状態です。
故障がなおったバスに一度は追いつかれますが、ふたたびのバストラブルに乗じて、ソロモン君はバスよりも早く帰ることに成功します。
実家から父と一緒に首都に戻りましたが、おじいさんは死んでしまいました。
死に際におじいさんからもらった皇帝の勲章はソロモン君の宝物になりました。
おじいちゃんのことが縁となって、戦友の息子はソロモン君を支援してくれることになりました。靴も履いていない裸足の子が体育学校に入るための奨学金をもらえることになり、そこでランニングを学ぶことができたのです。
後年。ナショナルチームの一員としてソロモン君は銅メダルを獲ってエチオピアに凱旋帰国します。
大統領より、歓喜の国民よりも、はだしで貧しい身なりで、あこがれのまなざしでこっちを見ている少年のことが気になります。あの子は昔の自分にそっくりだ。今は誰よりもあの少年と話しがしたいと思のでした。
走ることがタイトルにある小説でも、走ることが主役の物語はすくない
本を読む前にわたしが予想したことというのは「きっと走ることは脇役的にちょっと出てくるだけなんだろうな」ということでした。
具体的に言うと『世界一のランナー』というタイトルから想像される、オリンピックのマラソンで金メダルを獲る人のことを描いたマラソン物語ではないだろうなあ、と予想したのです。
走ることがタイトルに明記されている小説でも、走ることを真正面から取り上げた作品というのは驚くほどすくないのです。何か別のストーリーがあって、その中で「ついでに走る」という物語がほとんどです。走る系小説の大半は、実際のところ走らなくてもストーリーが通用してしまうものが多いのです。
これが野球やボクシングなどだと真正面から野球物語、ボクシング物語になっている作品がたくさんあるのですが、真正面からマラソン物語になっている作品というのは数えるほどしか出会ったことがありません。
有名な『走れメロス』もそうです。あれは「友だちの信頼を死んでも裏切らない人」の話しであって、「走る人」のお話しではありません。急いで走ったのは確かですが。
わたしが予想した通り、『世界一のランナー』は、「少年が外の世界とはじめて出会って、勇気を出して駆け出した」というお話しでした。決して「マラソンの話し」ではありません。だから「予想通りだな」と思ったのです。
ランニングって見た目地味だし、描きにくいんでしょうかね?
マラソンはシリアスに走れば走るほど「無心」になるので、あれやこれやレース中に考えているマラソン金メダリストなんて違和感がありますから、回想シーンに持って行きにくいのかしら?
ハイレ・ゲブレセラシエやデラルツ・ツルといった日本のマラソン大会でも走ったことがある実在のランナーが登場します。
『世界一のランナー』がシリアスなランナーならともかく、一般の方が読んで面白い本かというと……微妙です。
あるいはガチのシリアスランナーだからこそ「もっと走ることに向きあってほしかった」と思うだけで、一般の人が読めば先入観なしに面白く読めるのかもしれません。
プロボクサーが『あしたのジョー』を面白く読めるかどうか……もしかしたらより楽しめるのはプロではなく一般の読者なのかもしれません。
このブログの著者が執筆した「愛とは何か? 結婚とは何か?」を追求した純文学小説です。
「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」
「前の人の短所を次の人の長所で埋めたって、前の人の長所を次の人はきっと持ちあわせてはいない。結局は違う場所に歪みがでてきて食い違う。だから人はかけがえがないんだ」
かけがえがないなんてことが、どうして言えるだろう。むしろ、こういうべきだった。その人がどんな生き方をしたかで、まわりの人間の人生が変わる、だから人は替えがきかない、と。
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