トレイルランニング哲学「おとなの障害物競争」

マラソン・ランニング
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書籍『市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)』。『通勤自転車からはじめるロードバイク生活』。小説『ツバサ』。『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』『読書家が選ぶ死ぬまでに読むべき名作文学 私的世界十大小説』『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』。Amazonキンドル書籍にて発売中。

このページでは、トレイルランニングの哲学について語っています。

山の中で、人はか弱い存在です。トレランをすれば人間の中でしか生存できない自分を知って、ありがたみを実感して町に戻っていく。都市の中では感じられない感覚を噛みしめるかもしれません。

そして大いなる自然こそが神だと感じるかもしれません。

修験道の行者のような世界が、トレイルランニングには待っています。

※※※YouTube動画はじめました※※※

書籍『市民ランナーという走り方(マラソンサブスリー・グランドスラム養成講座)』の内容をYouTubeにて公開しています。言葉のイメージ喚起力でランニングフォームを最適化して、同じ練習量でも速く走れるようになるランニング新メソッドについて解説しています。気に入っていただけましたら、チャンネル登録をお願いします。

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※雑誌『ランナーズ』の元ライターである本ブログの筆者の書籍『市民ランナーという走り方』(サブスリー・グランドスラム養成講座)。Amazon電子書籍版、ペーパーバック版(紙書籍)発売中。

「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか?
いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状を打破し、自己ベスト更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何?
●絶対にやってはいけない「スクワット走法」とはどんなフォーム?
●ピッチ走法よりもストライド走法! ハサミは両方に開かれる走法。
●スピードで遊ぶ。スピードを楽しむ。オオカミランニングのすすめ。
マラソンの極意「複数のフォームを使い回せ」とは?
究極の走り方「あなたの走り方は、あなたの肉体に聞け」
本書を読めば、言葉のもつイメージ喚起力で、フォームが効率化・最適化されて、同じトレーニング量でも速く走ることができるようになります。
※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。

Bitly

星月夜を舞台に、宇宙を翔けるように、街灯に輝く夜の街を駆け抜けましょう。あなたが走れば、夜の街はイルミネーションを灯したように輝くのです。そして生きるよろこびに満ち溢れたあなたの走りを見て、自分もそんな風に生きたいと、あなたから勇気をもらって、どこかの誰かがあなたの足跡を追いかけて走り出すのです。歓喜を魔法のようにまき散らしながら、この世界を走りましょう。それが市民ランナーという走り方です。

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トレイルランニング哲学

トレイルを楽しみながら、難所(山)をいかに攻略するかという「おとなの障害物競争」というのが私のトレイルランニング評です。トレイルの路面状況の変化は「それが楽しさをくれる源泉」として積極的に受け入れましょう。

トレイルランニングは目の良さがスピードを決める
トレイルランニングはランニングであると同時に、アウトドアアクティビティでもあります。 路面から受ける様々な刺激が脳を活性化させてくれます。 トレランは大人の障害物競争です。足で負けても、目で勝つことができます。ランニングよりも奥深いスポーツだといえるでしょう。

折れた木の枝が障害物としてトレイル転がっていることがあります。折れた木の枝は形状によっては片方を踏むともう片方が起き上がってトラップ発動です。宙に浮いた足(遊脚)が浮いた枝に引っかかって転倒してしまうことがあります。このようにトレランは侮れない障害物なのです。

トレイルには、土の道、岩場、木の根、階段、渓流、などさまざまな種類のサーフェス(山肌、路面)があります。草の道、もしかしたら雪の道だってあるかもしれません。路面の状況によって、その都度、歩幅もフォームも変化します。トレランにはマラソンのような理想のフォームはありません。

またトレイルの下り斜面では力を入れなくても勝手に下っていきますので、自分がコントロールできないぐらいのスピードが出てしまうことがあります。そのときのスピード感やスリルはアスファルトでは感じることのできないものです。ほとんど「肉体を使ったコンピューターゲーム」です。

またアウトドアアクティビティでもあります。大きな自然の中で、どれだけ人間が必死になろうとも、ほとんど何もできないことをあなたは実感するに違いありません。人間の小ささをつくづく思い知らされます。山は戦うべき相手ではありません。一体化するぐらいしかできないのです。

山の中で、人はか弱い存在です。人間の中でしか生存できない自分を知って、ありがたみを実感して町に戻っていく。都市の中では感じられない感覚を噛みしめるかもしれません。

そして大いなる自然こそが神だと感じるかもしれません

修験道の行者のような世界が、トレイルランニングには待っています。

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トレイルランをはじめるタイミングは……若いほどいい

トレイルランニングは、アスファルトで自己ベストを更新できなくなった人が始めることが多いのですが、実際のところは、むしろ若者の方が向いているとわたしは感じています。

肉体に勝る装備はない.トレイル・ランニングは目のよさがスピードを決める。
トレイルランでは、目のよさ(ルートファインディング)が、順位を決めるといわれています。目のよさもまた肉体の一部。結局、肉体に勝る装備はないのです。それはアスファルトのマラソン大会だって同じことでしょう。

トレイルランに必要な条件は、反射神経、体のバネ、目、身体が軽い、などいろいろありますが、すべては若者に有利な特性です。どっちかというとランニングよりも複雑で難易度の高い競技ですから若い人の方が向いているのは当然のことです。

「レース優勝者の年齢などが、トレイルランの方が高いことが多いではないか」

そう思うかもしれませんが、それはトレランの世界が「名誉だけが報酬」という無欲の世界だからではないかと思います。オリンピックの金メダルのような国家体育機関が介入するようなスポーツと認識されたら、優勝者の年齢はぐっと若くなるでしょう。

しかし技術者の世界に熟練工がいるように、足さばきが難しい分、熟練ランナーにも活躍できる余地はあります。ただしそれは熟練しているからであって、年寄り向きのスポーツという意味ではありません。

とくに年をとってスピードが遅くなるとトレランのレースには出場しにくくなります。一人しか通行できないシングルトラックを自分が塞いでしまい、後ろから若者たちに煽られたりします。こうなるとレースなんか楽しめません。

むしろ単調でマイペースで走れるアスファルトのマラソンの方が、趣味としてはトレイルランよりも年をとっても長く続けられるのではないかと思います。

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トレランの走るテクニック

トレイルランの場合、足元に障害物や段差があるので、歩幅が一定ではありえません。同じリズムで走れないのです。わたしが『サブスリー養成講座』で語ってきたような「走る雛形の力」で、力を発揮することが難しいのです。

わたしは『サブスリー養成講座』で「『スクワット走法』はやめて、ストライドは宙に浮遊して稼ぐ」ことを推奨してきました。

しかしトレイルのサーフェス(路面状況)によっては「(絶対にやってはいけない)スクワット走法」で走らざるをえない場面も出てくるでしょうし、大きな斜面ではストライドは壁にぶつかって小さくならざるをえません。

これらを避けるためには「腰高で小さな歩幅でのピッチ走法」を採用せざるをえないのです。トレランは「腰高のピッチ走法」で走ります。

スピード重視のマラソンでも腰高フォームを推奨されますが、この場合は空中を浮遊しているあいだにストライドを大きく稼いでいます。しかしトレイルの上り坂ではその滞空時間が稼げません。トレランでの腰高フォームは、なによりも筋肉を温存することを最重要視するために採用するのです。

腰高フォームをとることでスピードが落ちますが、スクワット走法を避けることで脚筋肉を温存できているので、結果として脚力が長もちして、はやくゴールにたどり着くことができます。

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トレイルランニングはウルトラマラソン以上の長距離であることもある

またトレイルランはウルトラマラソン以上に超長距離であることがあります。ハセツネCUPは71km、ウルトラトレイル・マウントフジUTMF)は168kmもあります。

その場合は、ウルトラマラソンのテクニックを援用できます。瞬間瞬間の速さよりも、筋肉を温存する走りをするべきだという戦略です。

ヤングシャフル走法などは、そのままトレランのレースで使えます。

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トレランではトレイルランニングシューズを履くべき(サンダルはダメ)

ランナーのバイブル『BORN TO RUN』の影響で、サンダルで山を走ろうとする人がいますが、わたしはトレランシューズで走った方がいいと思います。

こういうわたし自身、サンダルの大ファンです。夏の雨の日のランニングなどはサンダル以外のシューズは考えられません。

雨の日にも走る。ランニングは究極のアウトドア
オフィスワークしている濡れない日々からすると、雨に濡れて走るだけでも非日常になります。考え方はふたつです。濡れないように雨を防御するか。はじめから濡れてもいいような格好で走るか? 真冬以外、はじめから濡れてもいいような格好で走っています。

しかしいくらララムリタラウマラ族)がサンダルでトレイルを速く駆け抜けるからって、わたしたち日本人がサンダルで山を走るのはおすすめできません。

『BORN TO RUN』でサンダル(薄底のゼロドロップシューズ)が激賞されていたのは「速く走れるから」ではありません。「膝の故障を誘発しないから」なのです。誤読なきように。

そもそもサンダルだと膝をケガしないというのは「足元が脆弱なので、全力で走ろうという気がうせる」ためではないでしょうか。全力で走ったらサンダルの紐が引きちぎれそうですし、無防備の爪をケガしそうですし、全力で走る気になれません。勝ったばかりのサンダルを試走で壊したら泣いちゃいます。

もちろん踵着地(ヒールストライク)よりも足裏全体での着地(フラット着地)の方が膝にやさしいことはあるでしょうが、後付けの理論に過ぎない気がします。

サンダル・ランニングでは、自らスピードをセーブしてそっと着地するために、結果として膝のケガを誘発しないというだけのことです。

日本のトレイルではサンダルではなく、トレイルランニングシューズを履いた方がいいでしょう。わたしもトレイルではトレランシューズを履いて走っています。レース後に、シューズのアッパーが汚れたり傷ついていることがよくありました。引き上げようとした足の甲に何かが当たったのでしょう。サンダルだったら出血していたと思います。

トレイルは頑丈なつくりのトレイルランシューズで走りましょう。

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トレランの走り方は「スキーを連想する」

トレランの走り方は「スキーを連想」するといいでしょう。

スキーで下る場合、へっぴり腰になっていると体の重心よりもスキー板が先に滑って、お尻から転んでしまいます。下りでは斜面と身体が垂直になって、スキー板にちゃんと体重を乗せてこそコントロールが可能です。腰が引けた状態になっているとスピードも出ません。

トレイルランの下りの場合にも、同じことがいえます。足が重心に先行するような走り方だと、そもそもスピードが乗りませんし、シューズのグリップをコントロールできません。結果として滑ってお尻から転んでしまいます。スクワット走法になって足が一気に疲弊します。

斜度と垂直。言うは易く行うは難しです。口でいうのは簡単でも、実際に行うのは「恐怖」のために簡単なことではありません。走るテクニックというよりは「勇気」といった心の領域である気がします。

トレランで好成績をおさめられるかどうかは「恐怖」を克服して速く下れるかどうか、この一点にかかっているといっても過言ではありません。

実際のところ、トレイルランニングではライバルと決定的な差がつくのは「下り」です。恐怖しながらへっぴり腰でソロソロ下る人と、恐れを克服してサルのように下るランナーでは圧倒的な差がつくのです。

それに対して「歩かざるをえないほどの登り」では、ほとんど差がつきません。トップ選手も中堅選手もしょせんは「登山しているような状態」なので、たいして差のつきようがないのです。

平地では、マラソンと同程度の差がつくだけです。

これほど下りで差がつくことから、レースでは「下りをすべて走れるペース」配分がベストだといわれています。

ランナーとしてのあなたがトレイルランニングに向いているかどうか。実はすぐにわかります。「下り」を見ればわかってしまうのです。恐がらずに下れる人は、トレイルランニングは向いています。恐がってしまう人は「恐怖を克服する」ことが必要になってきます。

この恐怖を克服しないと、結局、レースでは「渋滞惹起人」になってしまうでしょう。

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シングルトラックの邪魔者にならないために

山の上では、人を追い抜くことができないほど狭いシングルトラックがベースとなっています。二人並んで歩ける幅のトレイル(ダブルトラック)の方が珍しいでしょう。それは追い抜けないことを意味しますが、逆に脱落することもできないことも意味しています。

みんなのペースについていけないと、あなたは「渋滞惹起人」になってしまうのです。自分が「渋滞の原因になっている」というのはかなりのストレスになります。レースでは「先頭、道を譲れ!」と罵声が飛ぶこともあります。「スピードのフタをしている」状態にはなりたくないものです。

アスファルトのマラソンだと、いくらでも抜けるスペースがあるために、自分が邪魔ものだとは認識しなくてすんでしまいます。マラソンではよくジグザグに「カニ走り」で抜いていく人がいます。あれは「しょうがないから」あのようにジグザグに抜いていくのです。心の中では「邪魔だなー。みんなもっと速く走れよ」と思っているはずです。

ところがトレイルのシングルトラックでは「ジグザグ抜き」さえできません。おとなしく渋滞を我慢するしかないのです。そこでつい渋滞の先頭に「道を譲れ」と声を荒げてしまったりするのです。

トレランでは実力以上の位置にいるとマイペースで走れません。シングルトラックではいかに辛くても周囲の流れのスピードで行くしかないのです。たとえオーバーペース気味でも渋滞惹起人になりたくなかったら食らいつくしかありません。

すると転倒の危険が増してきます。実力以上の場所を走ることは自殺行為になるのです。

レースの距離にもよりますが、スピードよりは持久力で決着がつくレースの場合は、本来の実力よりはすこし遅い集団のところを走ったほうが、トレランの場合はいいと思います。

富士登山競争完走のためのテクニック
富士登山競争では、前半飛ばしすぎたランナーがバテて落ちてくることにより、必ず渋滞が発生します。「あなた自身」が渋滞の原因にならないように注意してください。渋滞に巻き込まれたら周囲の登山系出走者の中から「師匠」を見つけて、彼の踏み跡を追いかけることだけに集中しましょう。師匠が時間内に完走できるように導いてくれるはずです。
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トレイルの下り方

ためしに「階段」を可能な限りはやく下ってみましょう。転ばないように注意してください。どうすれば速く降りられるでしょうか?

この際、意識を向けるべきなのは「重心」です。「体の中心」をすこし下の階段側に向ければ自然と「体重」が重力にひかれるので、タッタッタッと着地筋だけを使って素早く下ることができます。

平地のように「みずから移動する」というよりは、落ちていくのを支えるだけ、というイメージです。

逆に「重心」が上のステップ側に残っていると、残った足をスクワットして下りなければなりません。たちまちヘタってしまいます。登山の後半、膝上の着地筋がヘタって下れなくなるのは、このスクワットが原因です。怖がって筋肉を緊張させないことも重要です。

宙を浮遊してストライドを稼ぐマラソンのイメージは捨てて、水が上から下に流れるように下りましょう。

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トレイルの上り方

下りとは逆にトレイルの上りでは前足の方に体重を乗せましょう。

こう書ければ簡単なのですが、なかなかそうはいきません。簡単に攻略できるサーフェス(山肌)ばかりではないからです。

ステップが大きい階段を上るときなど、足を大きく上げなければならない場面では、体重を前足にかけるのは無理です。そういう場面がかならず来ます。

そのような大きな段差はできるだけ迂回するぐらいしか対処しようがありません。

登りではふくらはぎをつかわないようにしましょう。そのために足首を固定します。足首をうごかすとふくらはぎが伸びたり縮んだりするので、そこが真っ先に疲弊して走れなくなってしまいます。

細かいステップを刻んで、着地筋をヘタらせないような動きをしましょう。脚の負担を極力へらして、勝負は下り坂でつける。上り坂はそのぐらいに思っておいてください。

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記憶が頼り。足元は見ない。脳裏のイメージを駆け抜ける

一流のトレイルランナーは、視線を3mぐらい先に置いて足元は見ません。直前の記憶で走っているわけです。脳裏のイメージのトレイルを走っているのです。スポーツというのは、こういうところがあります。

「ボールをよく見て打て」といわれる野球のバッティングでさえも、ボールとバットのインパクトの瞬間まで見ているわけではありません。直前までは見ていますが、インパクトの瞬間は見ていないのです。脳裏に描いたボールの軌跡を打っているわけです。

スポーツというのは成功イメージを思い描けるかが重要です。トレランも同じです。足元をちゃんと見て走っている人は遅い人です。足元をちゃんと見るには背中を丸めて下を向く必要がありますが、そのフォームでは速く走れません。

足元をきちんと見ているようでは速く走ることはできないのです。速い人は脳裏に描かれた記憶の路面を、正しく走り抜ける自分をイメージして、顔を上げて走るのです。

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トレイルランニングでは脳が覚醒する

トレイルランニングでは一瞬たりとも同じ路面はありません。ガレ場、林道、砂利道、土の道、木道階段……言葉にすれば数種類ですが、同じガレ場も、同じ林道もありません。二度と同じサーフェスがない中を、ずっと足元は直前の記憶に頼って走っているわけですから、トレランでは脳が覚醒するのがわかると思います。

基本的に同じアスファルトの真っ平らな路面であるがゆえに目を閉じても走れちゃう市街地のマラソンと、トレイルランとの大きな違いです。そういうところがトレランの面白さでもあるのです。

この地球の上を駆け抜けて去るのが人生です。旅するように走りつづけましょう。

トレイルランニングをつづけると、この地球の上が自分の住み家だと思うかもしれません。土地を買って庭を手入れするような小市民的な生き方とは違う世界に気づいてしまうかもしれませんね。

人生を変えたいのならば、仕事を辞めるという選択肢がある。
団体バスの行き先がろくな場所ではないとわかったら、もうバスは降りてしまっていいのではないですか? 仕事を変えれば、生き方を変えることができますよ。 今は退職代行サービスや、転職エージェントがあなたのキャリアアップを助けてくれる時代です。

このページを読んで、ひとりでも多くの方がトレイルを走ってランニングを楽しんでもらえたら、筆者にとってこれ以上のよろこびはありません。

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※雑誌『ランナーズ』の元ライターである本ブログの筆者の書籍『市民ランナーという走り方』(サブスリー・グランドスラム養成講座)。Amazon電子書籍版、ペーパーバック版(紙書籍)発売中。

「コーチのひとことで私のランニングは劇的に進化しました」エリートランナーがこう言っているのを聞くことがあります。市民ランナーはこのような奇跡を体験することはできないのでしょうか?
いいえ。できます。そのために書かれた本が本書『市民ランナーという走り方』。ランニングフォームをつくるための脳内イメージワードによって速く走れるようになるという新メソッドを本書では提唱しています。「言葉の力によって速くなる」という本書の新理論によって、あなたのランニングを進化させ、現状を打破し、自己ベスト更新、そして市民ランナーの三冠・グランドスラム(マラソン・サブスリー。100km・サブテン。富士登山競争のサミッター)を達成するのをサポートします。
●言葉の力で速くなる「動的バランス走法」「ヘルメスの靴」「アトムのジェット走法」って何?
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※カルペ・ディエム。この本は「ハウツーランニング」の体裁をした市民ランナーという生き方に関する本です。あなたはどうして走るのですか? あなたよりも速く走る人はいくらでもいるというのに。市民ランナーがなぜ走るのか、本書では一つの答えを提示しています。

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★★

サハラ砂漠で大ジャンプする著者
【この記事を書いている人】

アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。

【この記事を書いている人】
アリクラハルト。物書き。トウガラシ実存主義、新狩猟採集民族、遊民主義の提唱者。心の放浪者。市民ランナーのグランドスラムの達成者(マラソン・サブスリー。100kmサブ10。富士登山競争登頂)。山と渓谷社ピープル・オブ・ザ・イヤー選出歴あり。ソウル日本人学校出身の帰国子女。早稲田大学卒業。日本脚本家連盟修了生。放浪の旅人。大西洋上をのぞき世界一周しています。千葉県在住。
●◎このブログの著者の書籍『市民ランナーという走り方』◎●
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●◎このブログ著者の書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』◎●
書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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書籍『通勤自転車から始めるロードバイク生活』
この本は勤務先の転勤命令によってロードバイク通勤をすることになった筆者が、趣味のロードバイク乗りとなり、やがてホビーレーサーとして仲間たちとスピードを競うようになるところまでを描いたエッセイ集です。 その過程で、ママチャリのすばらしさを再認識したり、どうすれば速く効率的に走れるようになるのかに知恵をしぼったり、ロードレースは団体競技だと思い知ったり、自転車の歴史と出会ったりしました。 ●自転車通勤における四重苦とは何か? ●ロードバイクは屋外で保管できるのか? ●ロードバイクに名前をつける。 ●通勤レースのすすめ。 ●軽いギアをクルクル回すという理論のウソ。 ●ロードバイク・クラブの入り方。嫌われない作法。 などロードバイクの初心者から上級者まで対応する本となっています。
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●◎このブログ著者の小説『ツバサ』◎●
小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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小説『ツバサ』
主人公ツバサは小劇団の役者です。 「演技のメソッドとして、自分の過去の類似感情を呼び覚まして芝居に再現させるという方法がある。たとえば飼い犬が死んだときのことを思い出しながら、祖母が死んだときの芝居をしたりするのだ。自分が実生活で泣いたり怒ったりしたことを思いだして演技をする、そうすると迫真の演技となり観客の共感を得ることができる。ところが呼び覚ましたリアルな感情が濃密であればあるほど、心が当時の錯乱した思いに掻き乱されてしまう。その当時の感覚に今の現実がかき乱されてしまうことがあるのだ」 恋人のアスカと結婚式を挙げたのは、結婚式場のモデルのアルバイトとしてでした。しかし母の祐希とは違った結婚生活が自分には送れるのではないかという希望がツバサの胸に躍ります。 「ハッピーな人はもっと更にどんどんハッピーになっていってるというのに、どうして決断をしないんだろう。そんなにボンヤリできるほど人生は長くはないはずなのに。たくさん愛しあって、たくさん楽しんで、たくさんわかちあって、たくさん感動して、たくさん自分を謳歌して、たくさん自分を向上させなきゃならないのに。ハッピーな人達はそういうことを、同じ時間の中でどんどん積み重ねていっているのに、なんでわざわざ大切な時間を暗いもので覆うかな」 アスカに恋をしているのは確かでしたが、すべてを受け入れることができません。かつてアスカは不倫の恋をしていて、その体験が今の自分をつくったと感じています。それに対してツバサの母は不倫の恋の果てに、みずから命を絶ってしまったのです。 「そのときは望んでいないことが起きて思うようにいかずとても悲しんでいても、大きな流れの中では、それはそうなるべきことがらであって、結果的にはよい方向への布石だったりすることがある。そのとき自分が必死にその結果に反するものを望んでも、事態に否決されて、どんどん大きな力に自分が流されているなあと感じるときがあるんだ」 ツバサは幼いころから愛読していたミナトセイイチロウの作品の影響で、独特のロマンの世界をもっていました。そのロマンのゆえに劇団の主宰者キリヤに認められ、芝居の脚本をまかされることになります。自分に人を感動させることができる何かがあるのか、ツバサは思い悩みます。同時に友人のミカコと一緒に、インターネット・サイバーショップを立ち上げます。ブツを売るのではなくロマンを売るというコンセプトです。 「楽しい、うれしい、といった人間の明るい感情を掘り起こして、その「先」に到達させてあげるんだ。その到達を手伝う仕事なんだよ。やりがいのあることじゃないか」 惚れているけれど、受け入れられないアスカ。素直になれるけれど、惚れていないミカコ。三角関係にツバサはどう決着をつけるのでしょうか。アスカは劇団をやめて、精神科医になろうと勉強をしていました。心療内科の手法をツバサとの関係にも持ち込んで、すべてのトラウマを話して、ちゃんと向き合ってくれと希望してきます。自分の不倫は人生を決めた圧倒的な出来事だと認識しているのに、ツバサの母の不倫、自殺については、分類・整理して心療内科の一症例として片付けようとするアスカの態度にツバサは苛立ちます。つねに自分を無力と感じさせられるつきあいでした。人と人との相性について、ツバサは考えつづけます。そんな中、恋人のアスカはツバサのもとを去っていきました。 「離れたくない。離れたくない。何もかもが消えて、叫びだけが残った。離れたくない。その叫びだけが残った。全身が叫びそのものになる。おれは叫びだ」 劇団の主宰者であるキリヤに呼び出されて、離婚話を聞かされます。不倫の子として父を知らずに育ったツバサは、キリヤの妻マリアの不倫の話しに、自分の生い立ちを重ねます。 「どんな喜びも苦難も、どんなに緻密に予測、計算しても思いもかけない事態へと流れていく。喜びも未知、苦しみも未知、でも冒険に向かう同行者がワクワクしてくれたら、おれも楽しく足どりも軽くなるけれど、未知なる苦難、苦境のことばかり思案して不安がり警戒されてしまったら、なんだかおれまでその冒険に向かうよろこびや楽しさを見失ってしまいそうになる……冒険でなければ博打といってもいい。愛は博打だ。人生も」 ツバサの母は心を病んで自殺してしまっていました。 「私にとって愛とは、一緒に歩んでいってほしいという欲があるかないか」 ツバサはミカコから思いを寄せられます。しかし「結婚が誰を幸せにしただろうか?」とツバサは感じています。 「不倫って感情を使いまわしができるから。こっちで足りないものをあっちで、あっちで満たされないものをこっちで補うというカラクリだから、判断が狂うんだよね。それが不倫マジックのタネあかし」 「愛する人とともに歩んでいくことでひろがっていく自分の中の可能性って、決してひとりでは辿りつけない境地だと思うの。守る人がいるうれしさ、守られている安心感、自信。妥協することの意味、共同生活のぶつかり合い、でも逆にそれを楽しもうという姿勢、つかず離れずに……それを一つ屋根の下で行う楽しさ。全く違う人間同士が一緒に人生を作っていく面白味。束縛し合わないで時間を共有したい……けれどこうしたことも相手が同じように思っていないと実現できない」 尊敬する作家、ミナトセイイチロウの影響を受けてツバサは劇団で上演する脚本を書きあげましたが、芝居は失敗してしまいました。引退するキリヤから一人の友人を紹介されます。なんとその友人はミナトでした。そこにアスカが妊娠したという情報が伝わってきました。それは誰の子なのでしょうか? 真実は藪の中。証言が食い違います。誰かが嘘をついているはずです。認識しているツバサ自身が狂っていなければ、の話しですが……。 「妻のことが信頼できない。そうなったら『事実』は関係ないんだ」 そう言ったキリヤの言葉を思い出し、ツバサは真実は何かではなく、自分が何を信じるのか、を選びます。アスカのお腹の中の子は、昔の自分だと感じていました。死に際のミナトからツバサは病院に呼び出されます。そして途中までしか書いていない最後の原稿を託されます。ミナトの最後の小説を舞台上にアレンジしたものをツバサは上演します。客席にはミナトが、アスカが、ミカコが見てくれていました。生きることへの恋を書き上げた舞台は成功し、ツバサはミナトセイイチロウの後を継ぐことを決意します。ミナトから最後の作品の続きを書くように頼まれて、ツバサは地獄のような断崖絶壁の山に向かいます。 「舞台は変えよう。ミナトの小説からは魂だけを引き継ぎ、おれの故郷を舞台に独自の世界を描こう。自分の原風景を描いてみよう。目をそむけ続けてきた始まりの物語のことを。その原風景からしか、おれの本当の心の叫びは表現できない」 そこでミナトの作品がツバサの母と自分の故郷のことを書いていると悟り、自分のすべてを込めて作品を引きついて書き上げようとするのでした。 「おまえにその跡を引き継ぐ資格があるのか? 「ある」自分の中にその力があることをはっきりと感じていた。それはおれがあの人の息子だからだ。おれにはおれだけの何かを込めることができる。父の遺産のその上に」 そこにミカコから真相を告げる手紙が届いたのでした。 「それは言葉として聞いただけではその本当の意味を知ることができないこと。体験し、自分をひとつひとつ積み上げ、愛においても人生においても成功した人でないとわからない法則」 「私は、助言されたんだよ。その男性をあなたが絶対に逃したくなかったら、とにかくその男の言う通りにしなさいって。一切反論は許さない。とにかくあなたが「わかる」まで、その男の言う通りに動きなさいって。その男がいい男であればあるほどそうしなさいって。私は反論したんだ。『そんなことできない。そんなの女は男の奴隷じゃないか』って」
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読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
Bitly
×   ×   ×   ×   ×   × 
読書家が選ぶ死ぬまでに読むべきおすすめの名作文学 私的世界の十大小説
×   ×   ×   ×   ×   ×  (本文より)知りたかった文学の正体がわかった! かつてわたしは文学というものに過度な期待をしていました。世界一の小説、史上最高の文学には、人生観を変えるような力があるものと思いこんでいました。ふつうの人が知り得ないような深淵の知恵が描かれていると信じていました。文学の正体、それが私は知りたかったのです。読書という心の旅をしながら、私は書物のどこかに「隠されている人生の真理」があるのではないかと探してきました。たとえば聖書やお経の中に。玄奘が大乗のお経の中に人を救うための真実が隠されていると信じていたように。 しかし聖書にもお経にも世界的文学の中にも、そんなものはありませんでした。 世界的傑作とされるトルストイ『戦争と平和』を読み終わった後に、「ああ、これだったのか! 知りたかった文学の正体がわかった!」と私は感じたことがありました。最後にそのエピソードをお話ししましょう。 すべての物語を終えた後、最後に作品のテーマについて、トルストイ本人の自作解題がついていました。長大な物語は何だったのか。どうしてトルストイは『戦争と平和』を書いたのか、何が描きたかったのか、すべてがそこで明らかにされています。それは、ナポレオンの戦争という歴史的な事件に巻き込まれていく人々を描いているように見えて、実は人々がナポレオンの戦争を引き起こしたのだ、という逆説でした。 『戦争と平和』のメインテーマは、はっきりいってたいした知恵ではありません。通いなれた道から追い出されると万事休すと考えがちですが、実はその時はじめて新しい善いものがはじまるのです。命ある限り、幸福はあります——これが『戦争と平和』のメインテーマであり、戦争はナポレオンの意志が起こしたものではなく、時代のひとりひとりの決断の結果起こったのだ、というのが、戦争に関する考察でした。最高峰の文学といっても、たかがその程度なのです。それをえんえんと人間の物語を語り継いだ上で語っているだけなのでした。 その時ようやく文学の正体がわかりました。この世の深淵の知恵を見せてくれる魔術のような書なんて、そんなものはないのです。ストーリーをえんえんと物語った上で、さらりと述べるあたりまえの結論、それが文学というものの正体なのでした。
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×   ×   ×   ×   ×   × 
◎このブログの著者の随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

Bitly
随筆『帰国子女が語る第二の故郷 愛憎の韓国ソウル』

旅人が気に入った場所を「第二の故郷のような気がする」と言ったりしますが、私にとってそれは韓国ソウルです。帰国子女として人格形成期をソウルで過ごした私は、自分を運命づけた数々の出来事と韓国ソウルを切り離して考えることができません。無関係になれないのならば、いっそ真正面から取り組んでやれ、と思ったのが本書を出版する動機です。

私の第二の故郷、韓国ソウルに対する感情は単純に好きというだけではありません。だからといって嫌いというわけでもなく……たとえて言えば「無視したいけど、無視できない気になる女」みたいな感情を韓国にはもっています。

【本書の内容】
●ソウル日本人学校の学力レベルと卒業生の進路。韓国語習得
●韓国人が日本を邪魔だと思うのは地政学上、ある程度やむをえないと理解してあげる
●関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件
●僕は在日韓国人です。ナヌン・キョッポニダ。生涯忘れられない言葉
●日本人にとって韓国語はどれほど習得しやすい言語か
●『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』南北統一・新韓国は核ミサイルを手放すだろうか?
●天皇制にこそ、ウリジナルを主張すればいいのに
●「失われた時を求めて」プルースト効果を感じる地上唯一の場所
●韓国帰りの帰国子女の人生論「トウガラシ実存主義」人間の歌を歌え

韓国がえりの帰国子女だからこそ書けた「ほかの人には書けないこと」が本書にはたくさん書いてあります。私の韓国に対する思いは、たとえていえば「面倒見のよすぎる親を煙たく思う子供の心境」に近いものがあります。感謝はしているんだけどあまり近づきたくない。愛情はあるけど好きじゃないというような、複雑な思いを描くのです。

「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」韓国ソウルを、ソウル日本人学校出身の帰国子女が語り尽くします。

帰国子女は、第二の故郷に対してどのような心の決着をつけたのでしょうか。最後にどんな人生観にたどり着いたのでしょうか。

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●◎このブログ著者の書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』◎●
書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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書籍『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』
戦史に詳しいブロガーが書き綴ったロシア・ウクライナ戦争についての提言 『軍事ブロガーとロシア・ウクライナ戦争』 ●プーチンの政策に影響をあたえるという軍事ブロガーとは何者なのか? ●文化的には親ロシアの日本人がなぜウクライナ目線で戦争を語るのか? ●日本の特攻モーターボート震洋と、ウクライナの水上ドローン。 ●戦争の和平案。買戻し特約をつけた「領土売買」で解決できるんじゃないか? ●結末の見えない現在進行形の戦争が考えさせる「可能性の記事」。 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」を信条にする筆者が渾身の力で戦争を斬る! ひとりひとりが自分の暮らしを命がけで大切にすること。それが人類共通のひとつの価値観をつくりあげます。人々の暮らしを邪魔する行動は人類全体に否決される。いつの日かそんな日が来るのです。本書はその一里塚です。
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マラソン・ランニング
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