東京マラソン。抽選エントリーに当選するコツ(都市伝説)

東京マラソン ランニング・マラソン・ダイエット
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どうもハルトです。みなさん今日も元気に走っていますか?

みなさんは東京マラソンを走ったことがあるでしょうか?

現在のランニングブームを支えている大きな力に東京マラソンがあることは間違いありません。

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「出会い」がものごとをはじめるきっかけ

東京マラソンのテレビ中継はランナーの増加に絶大な影響をあたえました。

恋人が一緒に走ってゴールしたらその場でプロポーズするシーンをテレビ中継で見たり、自分の会社の運動音痴の友人が完走したという話を実際に聞いて「自分もできる」と思ったことが、マラソンに挑戦する大きなきっかけになっていることは間違いありません。

このことは、東京マラソン以前から走っていたランナーに聞けばよくわかることです。東京マラソン以降、あきらかにランナーの数は増えました。それ以前は福岡国際マラソンのような一流選手のテレビ中継はありましたが、市民の部の全国ネットでのテレビ中継なんてものはなかったからです。

それが銀座の目抜き通りを封鎖する日本を代表する大イベントになったことから、社会性があるため一般ニュースにもなり、ますます多くの人の目にふれることになりました。

墨田川花火大会を中継するような感覚で、市民ランナーをテレビ中継をしたものだから、マラソンは一般人でも走れるのだということが知れ渡るようになり、爆発的にランナーが増えたのです。

どんなものでもそうですが、何かきっかけがなければ、何かをはじめることはできません。

行動のきっかけというのは、やはり外の世界の出来事に触れて「自分もやってみよう」と思うことでしょう。

たとえば孤独な牢獄(書籍など何も差し入れのない外界の刺激のない状態)の中で、新しい何かを始めようと思うのはなかなか難しいことではないでしょうか。

やはり他人がやっているのを見て、自分もやってみようと思うことが、ものごとを始める大きなきっかけになります。

やはり友達というのは人生の決定的な要素のひとつです。あいつがやっているから軽音楽を、野球を、囲碁を、旅行をやってみよう、と思わせてくれるのが友達です。

目の前でそれを見せてくれることが、どれほど触発されることか。

多くの人に影響を与えることはできなくても、友達にならば影響をあたえることができます。

多趣味の人で、友達が少ないという人はいないのではないでしょうか。趣味が多いから友達が多いのではなく、友達がたくさんいるから趣味がたくさんあるのだと思います。

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東京マラソンの当選倍率は12.1倍(2018年)

かつて、日本で市民マラソンといえば「ホノルル・マラソン」でした。多くの芸能人が走って、ハワイに楽しそうなマラソン大会があるのだということは知れ渡っていました。

しかし行きにくいのが難点です。ハワイに行けない人には無縁の大会でした。誰でも出られる大会ではなかったのです。

家族がいれば「オレだけハワイに行ってくる」と言えるはずがありません。「マラソンにエントリーしているのはオレだけだろう!」とお父さんがいくら主張しても、お母さんや子供は絶対に納得してくれません。しばらく口をきいてくれなくなります。あるいは永遠に。

ところが東京マラソンは違います。マラソンついでに妻子を東京観光に連れていくことなどは誰にでもできることです。つまり本当の意味で誰でも出られるメジャー大会がはじめて誕生したのです。

東京マラソンに関しては「東京夢舞いマラソン」などの市民運動がありました。

大会のサイトをコピペしますと、

『2000年当時、世界のほとんどの大都市で市の中心を一般ランナーも走れる
シティマラソンがありました。東京にはエリートランナーのためのマラソン大会はあったものの、一般市民ランナーも走れるマラソン大会はありませんでした。「東京のど真ん中で誰でも走れる市民マラソン大会を」「世界の大都市と同じく祭りのようにマラソンを楽しもう」
そんな思いを抱くランニング仲間が、21世紀を迎えた2001年に、「都心を走ろう3万人で!」をスローガンに、「東京マラソン」実現の夢に向かってマラソン大会を企画、都心の名所を巡るコースを描き、第1回大会を開催することにより市民ランナーおよび都民の皆さんに
アピールしました。以降、年々参加ランナーもボランティアも増え大きな大会となりました。

2007年2月、東京都による「東京マラソン」が実現しました。我々の運動も実現達成できたので「東京夢舞いマラソン」を終了することにしました。』

とあります。

私はニューヨークシティマラソンの魅力に取りつかれて走り続けたランナーですので、東京にNYCMのようなマンモス大会を! という運動にはできる限りの協力をしてきました。

しかし、東京マラソンは市民ランナーの運動の成果というよりは、どちらかといえば東京オリンピックに向けた権力側の都合によって実現されたものと私は感じています。

あえて言えば石原慎太郎都知事の功績でしょう。

しかし、先ほどホノマラに比べて、本当の意味で日本人の誰でも出られるメジャー大会だと書きましたが、東京マラソンは本当の意味では「誰でも出られる」大会ではありません。

2018年の東京マラソンの当選倍率は12.1倍だそうです。エントリーした人12人のうち11人は走ることができないのです。ホノマラとは違った意味で、東京マラソンは「誰でも出られる」大会ではなくなってしまっています。

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人間にはピークというものがある

市民がマラソンを継続する大きなモチベーションのひとつに「自分への挑戦」「自己ベスト更新」というものがあります。

走れるかどうかわからない大会に向けてトレーニングを開始するというのは、受験できるかどうかわからない志望校のために勉強をするようなものです。これでは身が入るわけがありません。

9月下旬に抽選結果が出るから、10月のオクトーバー・ラン(本気の練習モードに入る月)には間に合うだろうというのが主催者側の理屈だと思われますが、やはり「出場できるかどうかわからない大会」では、シリアスランナーが年単位の準備をして勝負レースをするのにふさわしい大会だとは思えません。

人間にはピークというものがあります。

秒単位で削ってサブスリーを狙っていくシリアス市民ランナーには、ピーキングという技術が極めて重要です。レース当日に己の肉体能力がピークになるように調子を上げていくのです。カーボローディングなどが代表的なピーキング技術のひとつですが、もっとも重要なピーキング技術は実は『ダイエット』です。減量ほどタイムに直結するものはありません。

レース本番に向けて数ヶ月前から徐々に調子を上げていく(体重を落としていく)のです。そういう年単位の調整の中でメインレースを選ぶとき、走れるかどうかもわからない東京マラソンは真っ先に候補から除外されます。

減量こそ走力に直結しているという意味で、私にとってサブスリーとは瞬間芸であり、常時維持できる走力ではありません。レース本番は普段よりも5キロぐらい体重をそぎ落として臨んでいました。

みなさんも学生時代に合格した大学に今もう一度合格できないですよね? あの頃覚えていた英単語や公式をもう覚えていないわけですから。ピーキングとはそういうものです。一夜漬けのようなことをして、ギリギリ合格ラインを越えていくのです。

このようにピークを合わせてやっとサブスリーを狙うシリアスランナーにとっては、出られるか出られないかわからないようなレースは、勝負レースにすることはできません。

またピークというのは、人生にもあります。

若いうちは何をしていても成長を実感できるでしょうが、やがて老いてくると何をしていても衰退を実感するようになります。

それが人生です。登り詰めたらあとは下るしかないのです。

どんどん能力を伸ばしていったあなたの肉体の最盛期は2~3年しかなく、それ以降は衰えていくものです。それが自然の摂理なのです。

市民ランナーの場合は、肉体的なピークを意識するほど自分を追い込める人は稀なので、練習量でごまかすことができますが、それでもやがて下り坂がきます。

同じ練習をしても、タイムが出なくなる。あるいは練習後の疲労が抜けなくなり同じ練習を維持できなくなる。

それがピークというものです。

仕事が暇な時期には快速ランナーだった人が、忙しくなると全然走れなくなるというのはよく見聞きしたことでした。忙しくなってランナーを引退してしまった人もいました。

練習量あってのマラソンランナーですから。練習時間を確保できるかどうかも、実力のうちです。

人の世は「うつろい」。人間の能力も「うつろい」ます。無限にあるように思われた自分の時間も、やがてなくなってきます。恋人との時間に使う。家族との団らんに使う。仕事に使う。そうした自分の時間の「うつろい」によっても、自己ベストは出せなくなります。

自己ベストを出せる時には出しておきましょう。いつまでも自己ベストが更新できると思ったら大きな間違いです。

その目線から言えば、東京マラソンは「大きなお祭りだ」ぐらいに考えた方がいいのではないかと思っています。当たったらラッキーぐらいのスタンスで、勝負レースにはしない。走る楽しさを思いだすために、観客に手を振りながら楽しんで走る。脇目も振らず走る勝負レースは別のフラットな大会を厳選して。

別の勝負レースに向けてトレーニングしていた人が、ラッキーなことに当選したので、東京マラソンを勝負レースを切り替えた、というようなタナボタ大会だと私は位置づけています。

メインレースにピークを合わせて爆発するという発想だと「ほとんど確実に走れる」大会を選ぶことが前提となります。しかし確実に走れる大会なんて世の中にはありませんからシリアスランナーほど「すべり止め」「第二希望」を準備する傾向になります。

ただでさえ走るのが好きな人たちですから、こうして一人のランナーが複数の大会を渡り歩き(走り)、抽選倍率は膨れ上がることになるのです。

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渋滞レースは勝負レースにはできない

東京マラソンを勝負レースにしたくないもう一つの理由があります。

それは混み具合です。渋滞してたら、自分のペースで走れませんからね。人の波で塞がれてしまったらレースは終わりです。

東京マラソンは、日本中のランナーが走りたがっているレースですので、そのリクエストに応えるため、キャパぎりぎりまで走らせています。

位置によっては、道幅に対して人が多すぎて、追い抜くことさえ難しいのです。

まあ先頭から走られてもらえれば後ろに何人いようが関係ありませんが、そんないい位置から走らせてくれるわけがありません。

先頭はオリンピッククラスの招待選手、次に日本陸連の登録選手、そして運よく当選した一般市民ランナーの申告タイム順となっています。

やはり東京マラソンは楽しむためのレースであって、私にとっては自己ベストを狙えるようなレースとは思えません。

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東京マラソンがもたらした代走禁止というモラル

知っていますか? 東京マラソン以前は、ランナー同士の代走なんてあたりまえでした。

「エントリーしてたんだけど急に用事ができて走れなくなったから、代走しない?」

そういう申し出はあたりまえのようにありました。私もどれだけ代走でいろいろな大会を走ったか数え切れません。

もちろん代走で入賞するようなことがあってはなりませんが(遺憾ながら経験があります)、代わりに走るだけならば、大会側が把握しているランナー数が増えるわけじゃありませんから、給水などの補給が足りなくなるわけでもなく、特に何の問題もありませんでした。

私たち走友の間では「代走者は走るだけ。大会の記念品や完走Tシャツはエントリー代金を支払った人のもの」という代走のルールさえありました。

東京マラソン以前、人気のなかった各地のマラソン大会では客寄せのために「地元の名産」をプレゼントしてくれるようなことがよくあったのです。お金を払ったのに急遽走れなくなった人はせめて「地元の名産」や「大会の記念品」だけでも貰いたいじゃないですか。

だから予定のないランナーには「代走チケット」が回ってきたのです。回す方にも回される方にもメリットがあったからです。

私などは代走を期待して、わざとエントリーしなかったことすらありました。手賀沼エコマラソンという今では超人気マラソン大会でしたが、予想通り代走チケットが回ってきて走ったものでした。

そもそも当時は大会数にくらべてランナーの数がすくなかったのです。

地方のハーフマラソン大会なんて、なかなかランナーが集まらず、いつでもエントリー申し込み待ち状態でした。かつては、いつでも、どんな大会でも、走ることができました。

それが最近ではどうでしょう。人気のマラソン大会に出場するためには、人気アーティストのコンサートチケットを取るようにパソコンの前に待機していなければなりません。

日付が変わった瞬間、ランネットスポーツエントリーなどから一斉エントリー開始となりますので、仕事前にパソコンを立ち上げてエントリーしょうなどと考えていたら、朝の6時にはもうとっくに定員に達して〆切になっています。

まさかこんな時代がこようとは。。。

東京に大都市型市民マラソンを誕生させようと運動していた頃、ほとんどすべてのランナーたちは自分がそれを走りたいから運動していたのです。まさか自分が走れなくなるなんて想像もしていなかったのではないか。まさしく「想定外」でした。東京マラソンにはそれほどのインパクトがあったのです。

そこまで人気の大会ですから、ずるい手を使ってでも走りたいと考える人たちが出てきます。

「去年のナンバーカードをつけて走った人」「カラーコピーした偽造ナンバーカードをつけて走った人」など、いろいろな話があります。

スポーツ写真サイト・オールスポーツコミュニティ」はナンバーカード番号で自分の写真を検索して購入できるサービスですが、偽のナンバーカードをつかっていると、ここでバレてしまいます。

正規のランナーが頑張った自分の写真を求めてナンバーカードを打ち込むと、自分じゃない知らない人の写真がずらりと出てきたらそりゃあビックリしてしまうでしょう。そしてその中に「私と同じナンバーカードの人がいる!」と大会本部に通報した人がいるのです。

ズルした人たちは、1万円もするエントリー代金を支払っていない人たちですから、正規エントリーした人や、大会主催者側からすれば「許せない人」という扱いになります。

このようなことがあって「代走はモラルに反する」という社会的雰囲気ができあがってきました。それもこれも東京マラソンというプレミアチケットがあってこそのことでした。

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地方の女子ランナーは当選しやすいという都市伝説

何度か正式にエントリーしたことがありますが、私は一度も東京マラソンに当選したことはありません。確率的には12回エントリーしないと1回も走れないわけですから、むしろ落選して当然といったところです。

ところが東京マラソンには、どうしても当選したい人の怨念が生み出した、いくつかの都市伝説があります。

地方の女子ランナーは当選しやすい』というのが、その中のひとつです。

なるほど都市伝説化するのがよくわかります。可能性はあるな、と思ってしまうだけの理由があります。

前日受付であることを含めて、地方の人は東京に宿泊しないと東京マラソンに参加できません。地方の人ほど東京にたくさんのお金を落とします。宿泊費。交通費。外食費。また滅多に来られませんから観光にだって東京都民よりもお金を使うでしょう。より大きな経済効果をもたらします。

また、女子はファッションに気をつかいますから、アシックスやミズノやナイキなどのスポーツメーカーにとっては、男性ランナーよりもありがたい存在です。ほぼ下着姿みたいなランパン、ランシャツの男子ランナーに比べたら、オシャレな女子ランナーの全身コーディネートには、はるかにたくさんのお金が使われています。

また、自分が主催者だったら、オッサンばっかりのむさくるしい大会よりも、女性も走る華やかな大会の方がいいなあと思うはずです。ランナーの絶対数は男の方がずっと多いですから、まともに抽選をしたら男子ランナーばかりになってしまうはずです。男女平等社会の公道レースでは、男女同数が走った方がサマになります。主催者側が華やかな女子ランナーに増えて欲しいなと思ったら、女子の競争率は必然的に下がるはず、というわけです。

また、女子ランナーが増えることは結局、男子ランナーが増えることにもつながります。私の知り合いのテニス部の部長が「女子部員をひとり勧誘すれば、男子部員3人が勝手に入ってくる」と言っていたのと同じ理屈です。女子ランナーはランニング業界そのものを盛り上げてくれるのだから、日本陸連などから見てもいい戦略だというわけです。

だから「地方の女子は別枠で抽選しているのではないか」というのがこの都市伝説です。

実際、私の知り合いの「地方の女子ランナー」はこれまでに3回東京マラソンに当選しています。偶然にしては当たりすぎな気がします。

もちろんそんなことはないと思いますが、そうかもしれないと思ってしまうところが都市伝説ですね。

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サブスリーランナーは当選しやすいという都市伝説

正式に東京マラソンに当選したことはありませんが、私は東京マラソンを完走しています。

ある日、ふとしたツテから、全く期待していなかった東京マラソンを走ることになりました。いわゆる代走ですね。

ある日、走友の1人から連絡がありました。

「東京マラソンに当たったから走らないか」

私は驚きました。そんなプレミアチケットを手放す人がいるとは信じられません。

「お前は走らないのか?」

「オレも走るよ。どうしても走りたかったから、住んでいるアパートと実家の両方でエントリーしたら、ラッキーなことに両方当選したから、片方の当選権利をあげるよ」

というのです。ダブル当選したのは私ではありませんので詳しい二重当選のシステムはわかりませんが(代走を推奨するために、このブログを書いているのではありません。代走はやめてください)、彼としては入金した参加料さえもらえればチケットを回してやるというのです。

なかなか当選しないプレミアチケットです。私は了承しました。

まだ今ほど代走がやかましくない時代でしたし、そもそもあまり代走に抵抗がない旧世代のランナーだということもあります。

代走ということは他人の名前で走るということであり、自己ベストが代走だったりしたら記録が他人名義になってしまい、やりきれない思いをすることになります(遺憾ながら経験があります)。

また、代走チケットをくれた相手にとっても、自分ではとうてい出せないような凄いタイムで走られてしまうと、記録上の自己ベストは赤の他人が走ったタイムということになってしまい誠に残念なことになります。

ですから、代走はしない方がよいのです。

滅多に当選しないはずの東京マラソンのチケットをダブル当選することができた走友のことは、当時、こう噂されていました。

東京マラソンは、めちゃくちゃ速い人(サブスリーランナー)は当選しやすい』。

なるほど、もっともらしい都市伝説です。これも都市伝説になるだけの理論的な根拠があるのです。

主催者側が、渋滞をなくしてスムーズにランナーを走らせたいと思ったとしたら、走力順に同じボリュームでスタートさせればいいはずです。タイム別に同じぐらいの人数が同じスピードでゴールするように設定すれば、動く歩道が渋滞しないように、理論上はレースは滞らないはずです。

同タイムの人が極端に多ければ、道を塞いでしまいます。便秘と同じです。

一般市民ランナーのマラソンのゴールタイムは平均4時間30分ぐらいと言われています。まともに抽選したら、ほとんどのランナーは4時間30分ぐらいのところに固まって糞詰まりのようになり、レースは大渋滞してしまうはずです。

ところが実際にはそうはなっていません。そこそこ散らばってゴールしているのはどうしてでしょうか。

主催者側がこの便秘渋滞を避けたいがために、同じぐらいのタイムの人が同じぐらいのボリュームになるように抽選前にタイム別に分けているはずだ、というのが、『東京マラソンは、めちゃくちゃ速い人(サブスリーランナー)は当選しやすい』という都市伝説の正体です。

同じ人数が当選するとしたら、2時間台のランナーは、4時間台のランナーよりも当選しやすいはずです。サブスリーランナーなんてそんなにいないんですから。

この都市伝説を聞いた走友の一人が本当は4時間をちょっと切るぐらいの実力なのに、1時間書き間違えちゃったことにして3時間をちょっと切るぐらいの自己申告タイムでエントリーしてみたのですが、結果は落選でした。やっぱり都市伝説に過ぎないのでしょう。

都市伝説の真偽はともかく、こうして私はエントリーもしていないのに東京マラソンを走ることになりました。

走友がチケットを回してくれたから、それがきっかけで東京マラソンを走ることができたのです。

やはり友達というのは人生の重要な要素のひとつですね。

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マラソン初心者におすすめするのはやっぱり東京マラソン

別府大分毎日マラソンや北海道マラソンなど日本のさまざまなマラソンの大会を走ってきた私ですが、マラソン未経験者にどれかひとつだけ大会を推薦するとすれば(当たるなら)やっぱり東京マラソンを勧めます。

よくある河川敷の大会とは「お祭り度」が全然違います。レースそのものが山車行列のようなものです。ランナーは阿波踊りの勝手連のようなものです。青森ねぶた祭の跳人ハネトのようなものです。岸和田だんじり祭りだって綱先(前方で綱を曳いて走る人)だったら即戦力です。お祭りを練り歩くようにして走ることができます。

時々日本中の「お祭り」を渡り歩いているお祭り愛好家がいますけれど、我々ランナーも似たようなものです。お祭りは盛り上がってナンボですから、参加するなら(参加できるなら)東京マラソンがだんぜん面白い。ニューヨークシティマラソンにもっとも近いのは、間違いなく東京マラソンです。観客の数が違います。我々旧世代が夢に見た大都市型マラソンが実現したのです。それが東京マラソンです。

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ボストンマラソンのノーゼッケンのランナーたち

世界でもっとも歴史があり、もっとも有名なマラソンコース「心臓破りの丘(ハートブレイクヒル)」があるボストンマラソンには三つの集団があります。

第一集団は正式選手。ボストンマラソンは出走資格タイムをクリアした選ばれたランナーしか正式選手のゼッケンで出場することはできません。「ボストンを(正式選手として)走った」というだけでアメリカでは実力のあるランナーの証となっています。

第二集団に資格タイムをクリアできていない非正式選手。日本人が海外マラソンツアーに申し込めば、資格がなくてもこの第二集団で走ることができますが、正式選手とはナンバーカードの色が違います。

そして第三にノーゼッケンの選手です。完全なる野良の選手です。市民ランナーが勝手に最後尾からボストンマラソンのコースを走っているのです。

東京マラソンでは完全にコースをヒモで塞いでたくさんの人が見はっているので、ノーゼッケンの市民が勝手に乱入して走ることはできませんが、アメリカでもっとも伝統あるボストンマラソンでは、ノーゼッケンの選手が走ることが許されていました。

おそらくアメリカでは「市民が勝手にジョギングして何が悪い。普段から走っているんだ。たまたまボストンマラソンと同日だっただけだ」という理屈なんだと思いますが、主催者からも排除はなく、観客からも、ゼッケン選手からも何の苦情もなく完全に許されていました。

みなさん、ボストンマラソンのこういうことは知らないでしょう? 知らないと、変わるきっかけにならないのです。「出会い」がものごとをはじめるきっかけなのです。最初に言った通り。世界にはそういうレースがあるのだということを知れば、東京マラソンが変わるきっかけになるかもしれない。

正式選手は正式選手のプライドの別色ナンバーカードを胸につけて走ります。その横をノーゼッケンの選手が追い抜いていくこともあるのです。それが世界一歴史のあるボストン・マラソンです。このようなレースではもちろんナンバーカードを不正にカラーコピーして偽造するような選手が現れるわけがありません。ノーゼッケンで勝手に走ればいいのですから。

もちろん第二集団の非正式選手(エントリー代金は支払っている)が第三集団に抜かれて「邪魔だな」と思うことはあるでしょうが、もともと正式選手じゃないんだから文句も言えません。

第一集団の正式選手には、ノーゼッケン選手は邪魔になりません。なぜなら第二集団の非正式選手が後方で壁になって、野良選手の進出を邪魔しているからです。

もともと正式選手は一緒にスタートしても、野良選手に負けるような弱い人たちではありません。ボストンに出るために必死に練習して、記録を持った強い選手ばかりだからです。

東京マラソンとは違って、こういうレースもあるのだということを書き記しておきます。

東京マラソンも、最後尾からノーゼッケンの選手が走れるぐらいオープンな雰囲気のレースだったらといいなと思うのは私だけでしょうか。

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プロフィール


温人ハルト。雑誌『ランナーズ』等に執筆歴のある物書き。サブスリーランナー。グランドスラム達成者(100kmサブテン。富士登山競争登頂)。スイス・ブライトホルン。台湾・玉山。南アルプス全山縦走など登山歴も豊富。キャンプ・車中泊マニア。西天取経の旅人

このサイトについて

はたして放浪のバックパッカーは社会復帰できるのか!? 自由と社会との折り合いを模索するブログです。

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